【完結】異世界召喚 (聖女)じゃない方でしたがなぜか溺愛されてます

七夜かなた

文字の大きさ
上 下
107 / 118

107 ご対面

しおりを挟む
 馬車が到着する前に、すでに表にはたくさんの人々が立っていた。
 皆、軽く頭を下げて俯いて待っている。
 馬車が停まると、すかさず声がかかる。

「アドルファス様、トレヴァスでございます。よろしいでしょうか」

 アドルファスを抱き締めていた私は、ぱっと彼から離れた。

「構わない」

 アドルファスが返事をすると、ガチャリと外から大きく扉が開かれた。

 お仕着せの燕尾服を着た壮年の男性が胸に片手を当てて、丁寧にお辞儀する。

「お久しぶりで御座います。ご到着、一同心待ちにしておりました」
「ああ、本当に久し振りだな」

 さっと男性が体をずらすと、アドルファスが席から立って優雅な仕草で馬車から降りた。

「さあ、ユイナ」

 アドルファスが差し出してくれた手に支えられ、私も席から立ち上がった。

 馬車の入口から広いポーチにずらりと並ぶ人達の頭が見えた。
 一瞬躊躇する私の腰にアドルファスが手を添えて、ふわりと地面に降ろしてくれた。

「トレヴァス、ユイナだ」
「ユイナ様、領地の筆頭執事をしております、トレヴァスと申します」
「ユイナです。宜しくお願いします」

 彼と挨拶を交わすと、立ち並ぶ人々の中から、長いスカートに詰襟のブラウスを着た女性が前に進み出て来た。

「アドルファス様、ハンナマリナです。お久しぶりで御座います」
「ハンナマリナ、お前も変わらないな」
「ありがとうございます。若…旦那様もお変わりなく」

 降りる直前、アドルファスはまた仮面を付けていた。

「ハンナマリナ、ユイナだ」
「ユイナです」
「このお屋敷のメイド頭をしております、ハンナマリナです。お見知りおきを」

 長い髪を首の後ろで団子状に纏めたハンナマリナは、どこかレディ・シンクレアに雰囲気が似ている。

「さあ、お父上がお待ちです」

 お父上、とトレヴァスは言った。それがそこに母親がいないことを安易に伝えている。

「大丈夫、まだこれから。それに、今回はお父様に会えれば目的は達成、でしょ?」

 彼の手に触れきゅっと握る。

「そうだな」

 さらりと彼の銀髪が流れる。

 トレヴァスの後ろについて、アドルファスの父の待つ居間へと向かう。

「お館様、アドルファス様とユイナ様がお着きになりました」
「入れ」

 その声でトレヴァスが扉を開けて、私達を促す。

 アドルファスに付いて入ると、男性が部屋の中央に立ってこちらを見つめている。

 面差しはアドルファスに似ている。長い銀髪を後ろでひとつに纏め、きっちりとスーツを着ている。

「どこかへお出かけですか?」

 そうアドルファスが尋ねる。

「いや、息子の結婚相手に初めて会うのだから、きちんとしないとと思ってな」

 ちらりと私の方に視線を向ける。
 笑ってはいるが、緊張しているのがわかる。
 彼も私と同じように緊張してくれているのがわかり、いくらか気楽になった。

「アドルファスの父のカーライル・レインズスワンプです」

 互いに歩み寄り、対面する。好きな人のお父様、この人がいたから彼が生まれたのだと思うと、感謝の気持ちが溢れてくる。

「ユイナ…ムコサキです」

 この世界の人達には発音が難しい私の家名。でもきちんとフルネームで挨拶しないといけない。
 何事も始めが肝心だ。

「ムオ…? あ、失礼した。難しいお名前ですね」
「はい。ですから、気軽にユイナとお呼びください」
「では私のこともカーライルと、あ、それともお父様かな」
「まだ気が早いですよ父上」
「そ、そうか? しかし、娘が出来るとは嬉しいものだ」

 どうやら娘認定してもらえたようでホッとする。

「それで、手紙にもあったが、もう少し詳しく説明してくれ」

 三人で長椅子へと移動し、アドルファスのお父様の向かいに二人並んで座った。

「はい、聖女召喚の話は父上もご存知ですよね」
「無論だ。彼女がその時この世界に来たことも聞いている。しかし、リングの変化については、具体的にはどういうことなのだ?」
「あ、あの、私、お庭を見せて頂いてもよろしいでしょうか」
「ユイナ?」
「あの、アドルファス…後はお父様と二人でお話して、やっぱり恥ずかしいから」
「よろしいですか? 父上。これから先の話は、男同士で」

 私の戸惑いを察して、アドルファスが父親に尋ねる。

「ああ、そうか…庭か…今、庭には彼女が居るはずだ」

「彼女」とは一人しかいない。
 アドルファスの顔に緊張が走る。

「母上は…」
「最近は落ち着いている。ここの気候が性にあっているのだろう。記憶の方は相変わらずだがな」

 それは、アドルファスのことを憶えていないということだ。

「初対面のユイナさんなら、大丈夫ではないだろうか。女性や子どもには彼女から近づいて話しかけるのだ」
「えっと、アドルファス構わない?」

 息子の彼より先に私が会っていいものか気になった。

「大丈夫です。後で様子を聞かせてください」

 そう言ってくれたので、トレヴァスさんに案内してもらって、庭の方へと向かった。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜

二階堂吉乃
ファンタジー
 瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。  白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。  後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。  人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話7話。

キャベツとよんでも

さかな〜。
恋愛
由緒だけはある貧乏男爵令嬢ハイデマリーと、執事として雇われたのにいつの間にか職務が増えていた青年ギュンターの日常。 今日も部屋を調える――お嬢様の疲れが癒えるように、寛いでもらえる様に―― 一見ゆったりとした緩い日常の話です。設定もユルいです。

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

処理中です...