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92 この世界に来た意味
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足を止めていた力が無くなったので、私は当初の目的どおり、窓に行ってカーテンを開けた。
ソルの明かりが光の帯になって部屋に入り込み、ホコリがキラキラと舞う。
明るくなった部屋の中、その光が寝台に上半身を起こして座っているアドルファスさんの銀髪を輝かせる。
「…………!!!」
私は息を呑んだ。
さっとアドルファスさんが顔を背けて見えないようにしただけだ、一瞬見えた仮面を外した彼の顔は、私の記憶にあったものより更に色味を濃くしていた。座る彼の膝の上に置かれている長袖の先に出ている手も、明らかに黒ずんでいるのが見える。
ふらりと近づいてよく見れば、その指先はミイラのように水分が失われ、指も枯れ枝のように骨と皮だけになっている。
「醜くて気持ち悪いでしょう? さすがのあなたもそう思うはずです」
左腕がうまく動かせないのか、右手を使ってシーツの中に隠しす。
「私の…せい…なのよね。私を…助けるために魔巣窟へ飛び込んだ」
そうでなければ、あんな風に悪化するはずがない。
「レディがあなたに何か? それとも聖女、あ、あなたも聖女でしたね。おめでとうございます」
はっきり認めない。けれど否定もしなかった。
「どうしてあなたはそうなのよ!」
寝台の上に勢いよく飛び込み、彼の左頬に手を添えて自分の方を向かせた。
彼の左頬は干からびたミイラのような肌触りだったが、確かに血は通っていた。
「私があなたのいまの姿を見て悲鳴を上げるとでも思った? お生憎様、私のことを見くびらないでください」
「ユイナ…」
左頬から手を離すと、シーツの下に隠した左手を掴んでそこから引っ張り出す。
力が入っていないのがわかる。だらりと幽霊の手のように手首から垂れ下がった手は、老人の手より更に皺くちゃだ。
「私を魔巣窟から救い出してくれましたよね」
もう諦めたのか、こくりと彼は頷く。
「他の皆もグルですか?」
「私が、もしあなたが覚えていないようなら、黙っていてほしいとお願いしました」
「どうして」
「このようになった私を見てあなたが気に病むと思ったからです」
「でも、いつかはわかってしまいますよね」
「今、毎日神官に治療を受けています。もう少し良くなれば…」
「その間、私は放置ですか」
「治療を受けたら暫くは楽になるんです。その時にお会いすれば気づかれないかと」
「夜中にも来てました?」
そう言うと彼はビクリとした。図星だったようだ。
「気がついていたのですか…直接話すと気づかれてしまうと思って、様子を見にだけ」
「それで私が納得するとでも? 第一、なぜこんなことに…」
「神官が言うには、あなたの場合、浄化の力が元々備わっていたからだと。魔巣窟に浸っていた時間はあなたの方が長かったので、あなたの方が状態も酷く、だから聖女殿が浄化し、完璧に処理できたのだろうということでした」
「じゃあ…あなたが後回しに?」
「いえ、カザールがほぼ完璧に浄化してくれましたが、私の中に残った毒素が悪影響を及ぼしたようです。あれは五年の間に私の中で凝りのように溜まり、今回のことで更に変異したようです」
その結果、また傷が悪化したのだと。
「治るん…ですよね?」
私の問にかれは曖昧に微笑む。
「そもそもどうしてわかったんですか? 私が落ちたって」
「あなたに差し上げた腕輪。あれにあなたに何かあればわかるように細工をしていました。マルシャルが壊したことにより、位置が特定できたのです」
今はない私の手首にあった腕輪を想像し、私の手首に視線を落とす。
マルシャルも腕輪がどうとか言っていた。
「異変に気付くのがもう少し早ければ…あの場に駆けつけた時、マルシャルは一人で高笑いしていました」
アドルファスさんとアドキンスさん、カザールさんと財前さん、その他数人であの場にたどり着き、狂気の笑いを上げる彼だけが立っていた。
「直ちに私とアドキンスで彼を取り押さえ、自白の魔法で彼を問い詰めました。あなたを生贄として落としたと」
後は何も考えず飛び込んだのだと彼は言った。
「無茶なことを…落ちた時点で私のことなんて助ける必要なんか…」
「でもこうしてあなたを取り戻すことが出来ました。どこの世界にいても、あなたが生きていれな、それでいい」
右手が私の頬に触れる。私の目から止めどなく涙が溢れた。
「何度も聞きますけど、本当に治るんですか? その…浄化を続けたら」
「憶測ですが…」
「なら、私でも治療できますか?」
私も聖女だと言われて戸惑ったけど、なら私に彼を助ける力があるということ。
何の力もないと思っていたけど、それが出来るなら、私がこの世界に来た意味は、このためなのだと思った。
ソルの明かりが光の帯になって部屋に入り込み、ホコリがキラキラと舞う。
明るくなった部屋の中、その光が寝台に上半身を起こして座っているアドルファスさんの銀髪を輝かせる。
「…………!!!」
私は息を呑んだ。
さっとアドルファスさんが顔を背けて見えないようにしただけだ、一瞬見えた仮面を外した彼の顔は、私の記憶にあったものより更に色味を濃くしていた。座る彼の膝の上に置かれている長袖の先に出ている手も、明らかに黒ずんでいるのが見える。
ふらりと近づいてよく見れば、その指先はミイラのように水分が失われ、指も枯れ枝のように骨と皮だけになっている。
「醜くて気持ち悪いでしょう? さすがのあなたもそう思うはずです」
左腕がうまく動かせないのか、右手を使ってシーツの中に隠しす。
「私の…せい…なのよね。私を…助けるために魔巣窟へ飛び込んだ」
そうでなければ、あんな風に悪化するはずがない。
「レディがあなたに何か? それとも聖女、あ、あなたも聖女でしたね。おめでとうございます」
はっきり認めない。けれど否定もしなかった。
「どうしてあなたはそうなのよ!」
寝台の上に勢いよく飛び込み、彼の左頬に手を添えて自分の方を向かせた。
彼の左頬は干からびたミイラのような肌触りだったが、確かに血は通っていた。
「私があなたのいまの姿を見て悲鳴を上げるとでも思った? お生憎様、私のことを見くびらないでください」
「ユイナ…」
左頬から手を離すと、シーツの下に隠した左手を掴んでそこから引っ張り出す。
力が入っていないのがわかる。だらりと幽霊の手のように手首から垂れ下がった手は、老人の手より更に皺くちゃだ。
「私を魔巣窟から救い出してくれましたよね」
もう諦めたのか、こくりと彼は頷く。
「他の皆もグルですか?」
「私が、もしあなたが覚えていないようなら、黙っていてほしいとお願いしました」
「どうして」
「このようになった私を見てあなたが気に病むと思ったからです」
「でも、いつかはわかってしまいますよね」
「今、毎日神官に治療を受けています。もう少し良くなれば…」
「その間、私は放置ですか」
「治療を受けたら暫くは楽になるんです。その時にお会いすれば気づかれないかと」
「夜中にも来てました?」
そう言うと彼はビクリとした。図星だったようだ。
「気がついていたのですか…直接話すと気づかれてしまうと思って、様子を見にだけ」
「それで私が納得するとでも? 第一、なぜこんなことに…」
「神官が言うには、あなたの場合、浄化の力が元々備わっていたからだと。魔巣窟に浸っていた時間はあなたの方が長かったので、あなたの方が状態も酷く、だから聖女殿が浄化し、完璧に処理できたのだろうということでした」
「じゃあ…あなたが後回しに?」
「いえ、カザールがほぼ完璧に浄化してくれましたが、私の中に残った毒素が悪影響を及ぼしたようです。あれは五年の間に私の中で凝りのように溜まり、今回のことで更に変異したようです」
その結果、また傷が悪化したのだと。
「治るん…ですよね?」
私の問にかれは曖昧に微笑む。
「そもそもどうしてわかったんですか? 私が落ちたって」
「あなたに差し上げた腕輪。あれにあなたに何かあればわかるように細工をしていました。マルシャルが壊したことにより、位置が特定できたのです」
今はない私の手首にあった腕輪を想像し、私の手首に視線を落とす。
マルシャルも腕輪がどうとか言っていた。
「異変に気付くのがもう少し早ければ…あの場に駆けつけた時、マルシャルは一人で高笑いしていました」
アドルファスさんとアドキンスさん、カザールさんと財前さん、その他数人であの場にたどり着き、狂気の笑いを上げる彼だけが立っていた。
「直ちに私とアドキンスで彼を取り押さえ、自白の魔法で彼を問い詰めました。あなたを生贄として落としたと」
後は何も考えず飛び込んだのだと彼は言った。
「無茶なことを…落ちた時点で私のことなんて助ける必要なんか…」
「でもこうしてあなたを取り戻すことが出来ました。どこの世界にいても、あなたが生きていれな、それでいい」
右手が私の頬に触れる。私の目から止めどなく涙が溢れた。
「何度も聞きますけど、本当に治るんですか? その…浄化を続けたら」
「憶測ですが…」
「なら、私でも治療できますか?」
私も聖女だと言われて戸惑ったけど、なら私に彼を助ける力があるということ。
何の力もないと思っていたけど、それが出来るなら、私がこの世界に来た意味は、このためなのだと思った。
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