【完結】異世界召喚 (聖女)じゃない方でしたがなぜか溺愛されてます

七夜かなた

文字の大きさ
上 下
86 / 118

86 暗い闇の中

しおりを挟む
 どこまでも深い谷底へ落下してく。
 毛穴という毛穴を鋭い針で突かれるような痛みを伴い、黒い靄が体に侵食していく。

『痛い、痛い痛い…』

 叫ぼうと口を開けば口からも靄が入り込んできて、喉に拳を突っ込まれたような衝撃に吐きそうになり、蒸せる。

『いやだ、助けて…誰か』

 手足を拘束する縄をどうにかしようと、必死で手足を擦り動かす。硬く荒い縄のせいで手足の皮膚らズル剥けて血が滲んできて、それがまた痛みを増大させる。
 叫んでも声は周りの靄に防音壁のように吸収され、自分の耳にさえ響かない。

 痛みに気が遠くなりかけては、痛みでまた覚醒する。無限に続くとも思える繰り返しの中、何かの音を拾った。

 最初は聴覚検査の時に聞こえてくる耳鳴りのようなものだった。
 しかし、それが徐々にボリュームを上げ、はっきりと聞こえてくる。

「唯奈が行方不明ってどういうことですか!」

 聞き覚えのある声は、母のものだった。

「まあ、お母様、落ち着いてください」

 見知らぬ男性がそれを宥めている。

「落ち着けですって! あなたお子さんがいらっしゃらないの!? 突然警察から電話が来て娘が生徒さんと二人職場からいなくなったと聞かされて、これが落ち着いていられるというんですか!」
「妻の言うとおりだ、その一緒にいなくなった生徒さんは大企業のお偉方の娘さんだと言うじゃないか、まさか誘拐とかではないのか?」

 あの声はお父さん?

 相変わらず痛みは続いていたが、いつの間にか落下は止まり、今はフワフワと水中のクラゲのように漂っている。

「それはまだ何とも…何しろ身代金の要求がどこにもないんですから」
「刑事さん、じゃあ、どこかの過激派組織とか、その生徒さんの親が勤めている会社に対する嫌がらせとかではないんですか」

 そう言って男性に詰め寄るのはお兄ちゃん。

 パチリと目を開けると、目の前にモニターに映し出された映像のように、彼らの姿が浮かび上がった。

「それもまだはっきりとは…我々はお嬢さんが手引きしたのではと…」
「はあ! 唯奈がそんなことするわけないでしょ。今の仕事を失う危険を侵してまで、そんな馬鹿なこと、するわけないじゃない! 警察はいったい何を調べてるのよ」

 そう怒鳴るのはお姉ちゃん。

 私の家族四人が固まって、無精髭の男性二人に抗議している。

「そうだ! うちの唯奈は責任感があって、今の仕事に誇りを持っている。第一、他所様に迷惑をかけるようなことをする子じゃない」
「そうです、家族の中で一番優しい子なんです」

 これはどういった状況だろう。

 ー突然職場から生徒と一緒に消えた。

 保健室で寝ていた財前さんと共に異世界へ召喚された時のことを言っているんだろうか。

 もしや私と財前さんが急にいなくなったことで、家族が呼び出されたんだろうか。

 お父さん…いつも髪を後ろに撫で付け、びっしりしているのに、今は前髪が簾のようになっている。
 お母さん…休みの日も完璧なお化粧を崩したことがないのに、今は化粧すらしていない。
 お兄ちゃん…横の髪の寝癖がすごい。
 お姉ちゃん…お洒落さんなのに、部屋着みたいなラフな格好をしている。
 四人とも、いつもとは全然違う。
 何日も寝ていないのか、クマも酷い。
 まさか、皆、私を心配してくれているの?

「ここが唯奈の部屋」
「そうだよ、お母さん」
「初めて…来たな」

 次に四人は私が借りている部屋にいた。

 お兄ちゃんがベランダに面した窓を開けて空気を入れ替える。

 案の定、ベランダのコンテナガーデンの野菜は枯れてしまっている。

「お前たちは時々来てたんだろ?」
「たまにね。お父さんたちも無理矢理にでも来れば良かったのに。意地張っちゃって、ほんと、そっくりなんだから、お父さんたちも唯奈も」
「綺麗にしているのね。あなたたちは自分の部屋ですら掃除しないのに」
「しようと思う前に母さんが片付けるから」
「ほんと、唯奈を見習うべきね」
「これからは…ちゃんとするわ」

 じわりとお姉ちゃんが涙ぐむ。

「唯奈…どうしちゃったのかな…まさか、もう殺されてどこかの山中に…」
「ばか!縁起でもないこと言うな」

 お兄ちゃんが不吉なことを考えて呟いたお姉ちゃんに怒鳴った。

「だって、2週間よ、何の手がかりも無くって、どこからも身代金の要求もなくて…」
「一緒にいなくなった財前という子の家にも、何の連絡もないそうだ」
「このまま、もうあの子に会えないのかしら…」

 お母さんが机の上に飾られた写真立てに向かって呟く。

「これ、あの子が幼稚園の時に皆で遊園地に行った時の写真…」
「あの子、そんなの飾ってたの」

 全員がお母さんが手に持った写真に見入る。

「私達…あの子に厳しくし過ぎたかしら。あなたたち二人と同じように育てたつもりだけど」
「そうだな。私達が選んだ学校に通い、私達と同じような職に就けば安定した将来が送れると思ったから、色々あの子に足らないと思うことを教えてやろうとしたんだが」
「何もかも、思う通りにいかなかったわね」
「お父さんたちが心配しているから帰って来たらって、何度も行ったんだけど」
「うざがられたかな」

 写真立てを元の場所に置いて、お母さんはもう一度主のいない部屋を見渡した。

「唯奈…どこにいるの?」

 もう何度も泣いたのだろう。腫れきった目がこちらを見つめていた。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜

二階堂吉乃
ファンタジー
 瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。  白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。  後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。  人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話7話。

キャベツとよんでも

さかな〜。
恋愛
由緒だけはある貧乏男爵令嬢ハイデマリーと、執事として雇われたのにいつの間にか職務が増えていた青年ギュンターの日常。 今日も部屋を調える――お嬢様の疲れが癒えるように、寛いでもらえる様に―― 一見ゆったりとした緩い日常の話です。設定もユルいです。

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

処理中です...