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84 暗闇の荒野
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頭が割れるように痛む。その上、体が酷く強張っていてうまく動かせない。
「う・・」
背中が痛い。固い場所で自分が横たわっているとわかり、目を開けた。
「こ、ここは?」
真っ暗で何も見えない。
煌びやかな王宮の広場にいたはずなのに、自分は夢でも見ているのだろうか。それとも、さっきまでが夢だったのか。
「な・・」
起き上がろうとして手首が縛られていることに気づく。足も足首のところで縛られている。
手を突いた場所が土の地面だとわかった。風が吹いて砂埃が舞う。カサカサと何かが転がる音が聞こえる。枯れ葉か何かだろうか。
「どうし・・なぜ?」
一生懸命記憶を巡らせ、何があったのか思い出す。
王宮の宴にいて、大勢の貴婦人達に囲まれて、彼女たちがお互い牽制し合うのを見ていた。
そこへ後ろから腕を掴まれた。
「こちらへ」
私の腕を掴んであの場から救い出してくれたのは、魔塔主のマルシャルさんだった。
「大丈夫ですか?」
まだ言い合いを続けている人々を横目に、彼に引っ張られてバルコニーに出た。
さっきレディ・シンクレアもバルコニーに出たと聞いたが、いくつもあるみたいで彼女はそこにはいなかった。
もしかしたらもう他の場所に移動したのかも知れない。
「あ、ありがとうございます」
連れ出してもらったことにお礼を言おうとして、彼を振り返った。
そこで記憶が途絶えた。
「おや、気がつきましたか」
聞き覚えのある声が聞こえて振り返ると、真っ暗な中に更に濃い色を纏った人物が立っていた。
「マ、マルシャル・・さん?」
「そうです」
近づいてくる足音が聞こえ、すぐ目の前に灯りが点った。眩しさに顔を背け一瞬目を瞑った。
恐る恐るゆっくりと目を開けると、片手にランタンを持って立つマルシャルさんの姿が浮かび上がった。
「こ、ここは? なぜ?」
私をここに連れてきたのはマルシャルさんで間違いない。ただその理由と今居る場所がどこなのかわからない。
「ここはバセデンダという村の近くです」
「村?」
「そう。かつてそこは百人近くの人々が住む村でした。しかし今は魔巣窟に飲み込まれてしまいました。そしてこの先には明日聖女殿が向かう予定の魔巣窟があります」
「ま、魔巣窟?」
彼がランタンを高く持ち上げ、その先を照らす。しかし光が届く限界があって全てを見通すことはできない。
ただ、この星ひとつ無い暗闇より、さらに濃い禍々しい空気を感じる。
グルルルルル
「ひっ!」
その時、反対方向から獣の唸り声が聞こえ、振り向くと闇の中で光る無数の目の光が見えた。
それらから逃れようと自由の利かない手足を必死に動かした。
「大丈夫です。魔獣除けの石を配置していますから、これ以上は近づいてきません」
「で、でも・・お、お願いします。私を帰してください」
野生の獣の匂いが漂ってくる。
いくら襲ってこないと言われても、こんな所にはいられない。
「帰す?」
獣たちから視線を私に戻して魔塔主が私の言葉を繰り返す。
一体彼の目的は何なのだろう。
個人的に私に対して恨みがあるとも思えない。なら目的はなんなのか。
恐怖で萎縮する中で、必死に考えた。
「帰すとはどこへですか? 王宮? それとも、元いた世界? どちらも無理です、せっかくあなたを呼び寄せたのに、帰すはずがないじゃありませんか」
下からランタンの灯りを受け、魔塔主の顔に陰影がくっきりと浮かぶ。
にやりと口角を上げて笑っている。
「え?」
どういうことだろう。呼び寄せた? それは財前さんと共にということだろうか。
「元の世界に帰す方法などありませんよ。あるかも知れませんが、帰すつもりはありません」
「え、あ、イタ!」
呆然とする私の前に膝を突いてランタンを地面に置くと、手組の縄を掴んでぐいっと私の体を起こした。
「い、痛い」
縄が手首に食い込み痛みを訴える。
「あなたはここで、その身を投じて魔巣窟の浄化のための贄になるんです」
「に、贄?」
聞こえてきた言葉が信じられず、痛みに涙を浮かべながら必死の思いで声を絞り出した。
「繰り返し繰り返し、聖女を何度召喚し、浄化をしても魔巣窟は完全には無くならない。これまでの方法ではまた同じ事の繰り返しになるだけ。やり方が間違っているのでしょうか」
「そ、そんなの・・」
わからない。わかるはずがない。
「魔塔主となってから私はずっと考えていました。ここでやり方を変えなければと。そして、私は見つけたのです。過去の魔塔主が考えついたが、実行できなかった方法を」
クククと彼は感極まって笑い出した。笑い声が未だこちらを伺っている魔獣の唸り声と共に荒野の闇夜に響き渡り、反響する。
「それが・・生け贄?」
「浄化の力が備わった聖女を魔巣窟に捧げればどうなるか? 残念なことにその者は怖じ気づいて実行できなかったようですが、私は違う。もしこの方法が成功すれば、魔巣窟を浄化するだけで無く撲滅するほどの聖女を召喚した者として、私の名は後生に語り継がれるでしょう」
その目は完全に正気を失っているように見えた。私は恐怖で震え、ただ見つめているしかできなかった。
「う・・」
背中が痛い。固い場所で自分が横たわっているとわかり、目を開けた。
「こ、ここは?」
真っ暗で何も見えない。
煌びやかな王宮の広場にいたはずなのに、自分は夢でも見ているのだろうか。それとも、さっきまでが夢だったのか。
「な・・」
起き上がろうとして手首が縛られていることに気づく。足も足首のところで縛られている。
手を突いた場所が土の地面だとわかった。風が吹いて砂埃が舞う。カサカサと何かが転がる音が聞こえる。枯れ葉か何かだろうか。
「どうし・・なぜ?」
一生懸命記憶を巡らせ、何があったのか思い出す。
王宮の宴にいて、大勢の貴婦人達に囲まれて、彼女たちがお互い牽制し合うのを見ていた。
そこへ後ろから腕を掴まれた。
「こちらへ」
私の腕を掴んであの場から救い出してくれたのは、魔塔主のマルシャルさんだった。
「大丈夫ですか?」
まだ言い合いを続けている人々を横目に、彼に引っ張られてバルコニーに出た。
さっきレディ・シンクレアもバルコニーに出たと聞いたが、いくつもあるみたいで彼女はそこにはいなかった。
もしかしたらもう他の場所に移動したのかも知れない。
「あ、ありがとうございます」
連れ出してもらったことにお礼を言おうとして、彼を振り返った。
そこで記憶が途絶えた。
「おや、気がつきましたか」
聞き覚えのある声が聞こえて振り返ると、真っ暗な中に更に濃い色を纏った人物が立っていた。
「マ、マルシャル・・さん?」
「そうです」
近づいてくる足音が聞こえ、すぐ目の前に灯りが点った。眩しさに顔を背け一瞬目を瞑った。
恐る恐るゆっくりと目を開けると、片手にランタンを持って立つマルシャルさんの姿が浮かび上がった。
「こ、ここは? なぜ?」
私をここに連れてきたのはマルシャルさんで間違いない。ただその理由と今居る場所がどこなのかわからない。
「ここはバセデンダという村の近くです」
「村?」
「そう。かつてそこは百人近くの人々が住む村でした。しかし今は魔巣窟に飲み込まれてしまいました。そしてこの先には明日聖女殿が向かう予定の魔巣窟があります」
「ま、魔巣窟?」
彼がランタンを高く持ち上げ、その先を照らす。しかし光が届く限界があって全てを見通すことはできない。
ただ、この星ひとつ無い暗闇より、さらに濃い禍々しい空気を感じる。
グルルルルル
「ひっ!」
その時、反対方向から獣の唸り声が聞こえ、振り向くと闇の中で光る無数の目の光が見えた。
それらから逃れようと自由の利かない手足を必死に動かした。
「大丈夫です。魔獣除けの石を配置していますから、これ以上は近づいてきません」
「で、でも・・お、お願いします。私を帰してください」
野生の獣の匂いが漂ってくる。
いくら襲ってこないと言われても、こんな所にはいられない。
「帰す?」
獣たちから視線を私に戻して魔塔主が私の言葉を繰り返す。
一体彼の目的は何なのだろう。
個人的に私に対して恨みがあるとも思えない。なら目的はなんなのか。
恐怖で萎縮する中で、必死に考えた。
「帰すとはどこへですか? 王宮? それとも、元いた世界? どちらも無理です、せっかくあなたを呼び寄せたのに、帰すはずがないじゃありませんか」
下からランタンの灯りを受け、魔塔主の顔に陰影がくっきりと浮かぶ。
にやりと口角を上げて笑っている。
「え?」
どういうことだろう。呼び寄せた? それは財前さんと共にということだろうか。
「元の世界に帰す方法などありませんよ。あるかも知れませんが、帰すつもりはありません」
「え、あ、イタ!」
呆然とする私の前に膝を突いてランタンを地面に置くと、手組の縄を掴んでぐいっと私の体を起こした。
「い、痛い」
縄が手首に食い込み痛みを訴える。
「あなたはここで、その身を投じて魔巣窟の浄化のための贄になるんです」
「に、贄?」
聞こえてきた言葉が信じられず、痛みに涙を浮かべながら必死の思いで声を絞り出した。
「繰り返し繰り返し、聖女を何度召喚し、浄化をしても魔巣窟は完全には無くならない。これまでの方法ではまた同じ事の繰り返しになるだけ。やり方が間違っているのでしょうか」
「そ、そんなの・・」
わからない。わかるはずがない。
「魔塔主となってから私はずっと考えていました。ここでやり方を変えなければと。そして、私は見つけたのです。過去の魔塔主が考えついたが、実行できなかった方法を」
クククと彼は感極まって笑い出した。笑い声が未だこちらを伺っている魔獣の唸り声と共に荒野の闇夜に響き渡り、反響する。
「それが・・生け贄?」
「浄化の力が備わった聖女を魔巣窟に捧げればどうなるか? 残念なことにその者は怖じ気づいて実行できなかったようですが、私は違う。もしこの方法が成功すれば、魔巣窟を浄化するだけで無く撲滅するほどの聖女を召喚した者として、私の名は後生に語り継がれるでしょう」
その目は完全に正気を失っているように見えた。私は恐怖で震え、ただ見つめているしかできなかった。
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