78 / 118
78 置いてきたもの、置いていくもの
しおりを挟む
二日後、私はアドルファスさんと共に魔巣窟浄化の壮行会の宴に出るべく、王宮に向かった。
レディ・シンクレアは彼女をエスコートするレスタード卿と共に別で向かう。
卿とレディは幼馴染で、互いの伴侶が亡くなった今は、いいお茶飲み友達としての関係を築いているらしい。
私は四角い襟ぐりにレースをあしらったウエストを絞ったデザインで、ウエストが濃い紫で、裾に向かって薄くなるグラデーションのペティコート。その上から銀色の刺繍が施された紫紺のローブを羽織っている。
髪は短いので、襟足のところで纏め、大きなヴァレッタで留めている。
「ユイナ、綺麗ですよ」
何度もアドルファスさんが私を褒める。それは王宮についてからも続いていた。
「アドルファスさんも、素敵です」
アドルファスさんは儀礼用の宝飾品が付いた紺色のテイルコートにグレーのベストと白いシャツ、シルクのブルークラヴァットと足にピッタリとした白のスラックスという出で立ち。髪は首の後ろでクラヴァットと同じ生地のリボンで纏めている。
左顔面を覆う仮面も、黒に縁に銀糸で刺繍が施してある夜会仕様だ。
馬車から降りて歩く廊下は、ここに召喚された日に、アドルファスさんと歩いた所だった。今はその逆を歩く。あの時からほんの数日しか経っていないなんて信じられない。
不安だった日々もアドルファスさんのお陰で楽しく過ごせている。
「また見ているのですか?」
「だって、とても綺麗ですもの」
私は手首のブレスレットを何度も見つめていた。
屋敷を出るときにアドルファスさんがプレゼントしてくれたもの。
細い銀の輪のブレスレットに、小指の爪くらいのブルーのダイヤモンドがぐるりと散りばめられている。
宝石の価値はわからなくても、アドルファスさんの髪と瞳の色に似てとても美しい一品だった。
「今夜の宴に間に合って良かった。この前のブレスレットのお礼です」
「革の端切れで作ったものなのに、釣り合いが取れません」
「それほど私には価値があったということです。どうか返すなんて言わないでくださいね。あなたの手首を飾ることが出来なければ、そのブレスレットの価値は屑も同然です」
そこまで言われては断れない。
元の世界に帰る時まで、預かる気持ちで受け取った。
スマートウォッチの電源はもう無くなり、使えなくなった。一回の充電で7日は保つタイプだった。もっと保つものもあったが、デザインが気に入って購入したものなのでそこまで長持ちしない。
変わりにこれからはアドルファスさんからのブレスレットを付けることになる。
日本から持ってきたものが使用できなくなり、異世界のものを身につけている。
最初に着ていたシャツドレスやカーディガンは衣装棚にしまってある。今はボルタンヌさんが作ったドレスを着ている。
少しずつ元の世界にあったものを捨てて、新しい世界に塗り替えられていく感じがする。
いつになるかわからないけど、帰る日のことを思うと胸苦しくなる。
果たして私はその時に帰りたいと思っているのだろうか。
向こうの世界に置いてきたものと、こちらの世界に置いていくもの。どちらを名残惜しく思うのだろう。
「ユイナ?」
隣に座るアドルファスさんを見上げ、変な感傷に浸ってしまう。
今は王宮内の部屋で、財前さんたちが来るのをアドルファスさんと二人で待っている。
宴が始まり、陛下が口上を述べられてから聖女を紹介する。その時私は彼女の後ろに控え、陛下から紹介されることになっている。
「どうしました?」
一番の変化はアドルファスさんとのこと。かつてここまで大事にされたことがあっただろうか。また、私もこの人のそんな想いに報い、彼が背負ってきたものを少しでも軽くしてあげたいとまで思うようになった。
「大丈夫ですか?」
「ええ、緊張しているだけ」
テレビなどでしか見たことのない王宮での宴の様子に、少なからず圧倒さてれいるのも本当だった。
財前さんは聖女として魔巣窟浄化に向かうため、人々の前に立ち激励を受ける。
そして私も彼女と共に異世界から来た者として、国に保護されている身であることを紹介される。
「アドルファス、ずっと傍にいてくださいね」
ぎゅっと彼の手を握ると、「もちろんです」と、握り返してくれる。
それから周囲を窺い、そっと顔を寄せて口づけをくれた。
「あまり深くすると、紅が取れてしまいますから」
フワリと羽が触れるようなキスだった。初恋同士の甘酸っぱいキスのような。それだけで胸がいっぱいになった。
レディ・シンクレアは彼女をエスコートするレスタード卿と共に別で向かう。
卿とレディは幼馴染で、互いの伴侶が亡くなった今は、いいお茶飲み友達としての関係を築いているらしい。
私は四角い襟ぐりにレースをあしらったウエストを絞ったデザインで、ウエストが濃い紫で、裾に向かって薄くなるグラデーションのペティコート。その上から銀色の刺繍が施された紫紺のローブを羽織っている。
髪は短いので、襟足のところで纏め、大きなヴァレッタで留めている。
「ユイナ、綺麗ですよ」
何度もアドルファスさんが私を褒める。それは王宮についてからも続いていた。
「アドルファスさんも、素敵です」
アドルファスさんは儀礼用の宝飾品が付いた紺色のテイルコートにグレーのベストと白いシャツ、シルクのブルークラヴァットと足にピッタリとした白のスラックスという出で立ち。髪は首の後ろでクラヴァットと同じ生地のリボンで纏めている。
左顔面を覆う仮面も、黒に縁に銀糸で刺繍が施してある夜会仕様だ。
馬車から降りて歩く廊下は、ここに召喚された日に、アドルファスさんと歩いた所だった。今はその逆を歩く。あの時からほんの数日しか経っていないなんて信じられない。
不安だった日々もアドルファスさんのお陰で楽しく過ごせている。
「また見ているのですか?」
「だって、とても綺麗ですもの」
私は手首のブレスレットを何度も見つめていた。
屋敷を出るときにアドルファスさんがプレゼントしてくれたもの。
細い銀の輪のブレスレットに、小指の爪くらいのブルーのダイヤモンドがぐるりと散りばめられている。
宝石の価値はわからなくても、アドルファスさんの髪と瞳の色に似てとても美しい一品だった。
「今夜の宴に間に合って良かった。この前のブレスレットのお礼です」
「革の端切れで作ったものなのに、釣り合いが取れません」
「それほど私には価値があったということです。どうか返すなんて言わないでくださいね。あなたの手首を飾ることが出来なければ、そのブレスレットの価値は屑も同然です」
そこまで言われては断れない。
元の世界に帰る時まで、預かる気持ちで受け取った。
スマートウォッチの電源はもう無くなり、使えなくなった。一回の充電で7日は保つタイプだった。もっと保つものもあったが、デザインが気に入って購入したものなのでそこまで長持ちしない。
変わりにこれからはアドルファスさんからのブレスレットを付けることになる。
日本から持ってきたものが使用できなくなり、異世界のものを身につけている。
最初に着ていたシャツドレスやカーディガンは衣装棚にしまってある。今はボルタンヌさんが作ったドレスを着ている。
少しずつ元の世界にあったものを捨てて、新しい世界に塗り替えられていく感じがする。
いつになるかわからないけど、帰る日のことを思うと胸苦しくなる。
果たして私はその時に帰りたいと思っているのだろうか。
向こうの世界に置いてきたものと、こちらの世界に置いていくもの。どちらを名残惜しく思うのだろう。
「ユイナ?」
隣に座るアドルファスさんを見上げ、変な感傷に浸ってしまう。
今は王宮内の部屋で、財前さんたちが来るのをアドルファスさんと二人で待っている。
宴が始まり、陛下が口上を述べられてから聖女を紹介する。その時私は彼女の後ろに控え、陛下から紹介されることになっている。
「どうしました?」
一番の変化はアドルファスさんとのこと。かつてここまで大事にされたことがあっただろうか。また、私もこの人のそんな想いに報い、彼が背負ってきたものを少しでも軽くしてあげたいとまで思うようになった。
「大丈夫ですか?」
「ええ、緊張しているだけ」
テレビなどでしか見たことのない王宮での宴の様子に、少なからず圧倒さてれいるのも本当だった。
財前さんは聖女として魔巣窟浄化に向かうため、人々の前に立ち激励を受ける。
そして私も彼女と共に異世界から来た者として、国に保護されている身であることを紹介される。
「アドルファス、ずっと傍にいてくださいね」
ぎゅっと彼の手を握ると、「もちろんです」と、握り返してくれる。
それから周囲を窺い、そっと顔を寄せて口づけをくれた。
「あまり深くすると、紅が取れてしまいますから」
フワリと羽が触れるようなキスだった。初恋同士の甘酸っぱいキスのような。それだけで胸がいっぱいになった。
7
お気に入りに追加
954
あなたにおすすめの小説
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜
二階堂吉乃
ファンタジー
瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。
白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。
後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。
人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話7話。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
キャベツとよんでも
さかな〜。
恋愛
由緒だけはある貧乏男爵令嬢ハイデマリーと、執事として雇われたのにいつの間にか職務が増えていた青年ギュンターの日常。
今日も部屋を調える――お嬢様の疲れが癒えるように、寛いでもらえる様に――
一見ゆったりとした緩い日常の話です。設定もユルいです。
転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜
家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。
そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?!
しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...?
ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...?
不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。
拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。
小説家になろう様でも公開しております。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!
桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。
「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。
異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。
初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる