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50 唯一無二
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名前を呼ばれたと思ったのは気のせいではなかった。
「街中で使うのは本来なら禁止されています」
「え、では…」
私を探すためにアドルファスさんは禁じられていることをしたのか。
「大丈夫、そのために警備兵を巻き込んだんです。彼らに事前に許可を取ってあります」
「そうなんですね」
「反応が弱かったので、もしかして返事ができない状態なのではと焦りました」
「すみません…気のせいかと」
「知らなかったのです。ただ、呼ばれたからと何でも返事していいものではありません。不埒な目的で呼びかける者もいますから」
「わかりました」
知らない人についていかないように。
子どもがよく言われる言葉だ。それも仕方ない。この世界に来たばかりで、当たり前の常識さえ私には持ち合わせていない。
治安のいい日本とここでは違うのだ。
「僅かに反応があった方向に今度は別の魔法を使ってあなたの姿を探しました」
「もしかして、あのダイヤモンドダストみたいなものも…」
多くの人を動かし、禁じられている魔法まで使って私を捜索してくれた。それほどに心配させてしまった。
「何もなくて良かった」
膝の上に置いた手をアドルファスさんの大きな手が包む。
心の底から安堵した様子の彼を見て、本当に心配させてしまったんだと更に罪悪感が募った。
けれど門番たちを責めた時の、アドルファスさんの容赦ない厳しい態度には驚いた。
「私が軽率だったことは認めます。でもそのことで第三者をあんな風に怒るのはやめてください。アドルファスさんが損をするだけです」
彼らの怯えた顔。あれではアドルファスさんが暴君のように思われる。とても親切でいい人なのに、彼への心象が悪くなるのは申し訳なかった。
「外へ出ようとしたのが聖女なら、彼らは絶対に気づいたでしょう。忙しかったからは言い訳です。神殿内であなたを軽んじる気風があるから、今回のようなことになったんです」
「でも、それは仕方がありません。聖女と私では…」
「いいえ、聖女同様、あなたも唯一無二です。異世界に無理矢理引っ張り込んでおきながら、後は知らぬ存ぜぬなど…それはあまりに無責任です。その上、怪我などさせたなら…」
唯一無二なんて言われ、思わず息を呑んだ。
他に代わりのない存在。人でも物でも大切な存在に対して使われる言葉だ。
聖女にならわかるが、アドルファスさんに取っては私もそうだと言うこと?恋人にならないかという話からそんな言葉を吐かれると、更に意識してしまう。
「どうかしましたか?」
意識して言った言葉ではなかったのか、当の本人は涼しい顔をしている。まさか昨夜のことを忘れてるなんてことは…
「い、いえ…」
でも昨夜のこともあるし、彼は私を異世界人の向先唯奈というだけでなく、異性として認識しているんだろうか。
「そのブレスレット、他にはないのですか」
「え、ブレスレットですか?」
ドキドキしていると、不意にブレスレットの話になった。
「はい。ブレスレットでも何でもいいですが」
「えっとないことはないのですが…」
もう一つ少し幅広の革の切れ端で作った分をポケットから出した。
「それもあなたが作ったものですか?」
「そうです」
「私にいただげすか?」
「え、それは、構いませんが…でも私よりファビオさんの方が格段に上手なので、そっちを買った方が…」
「いいえ、これがいいです」
「じゃ、じゃあどうぞ…」
「ありがとうございます」
アドルファスさんは嬉しそうに私の手からブレスレットを取り、それを自分の右手首に巻いて感触を確かめるように撫でた。
「自分で作っておいてなんですが、大したものでは…アドルファスさんなら宝石が付いた立派なものをお持ちなのでは?」
そもそもアクセサリーを付けるのかどうかもわからない。
「ジャラジャラしたのは好きではありません。もともと魔法の付与が付いた実用的なものしか付けませんから」
「魔法付与?」
「身体防御、魔法防御、状態異常の無効化、魔法効果の増幅、身体強化など、魔石などに術式を組み込んでそれらを装身具として身につけるんです。女性はそんなものがなくても美しさだけで装飾品として持っていますが」
パワーストーンを使ってアクセサリーを作るみたいなものだろうか。それらよりずっと確実な効果が得られそう。
「なら尚更そんな余り物みたいなものは…」
「いいえ、ユイナさんが作ったものだからほしいのであって、それ以外に興味はありません」
手を後ろに回して、私の手が届かないようにする姿は、おもちゃを取り上げられまいとする子どもみたい。
ダダをこねる姿がさっきとギャップがあり過ぎる。
「アドルファスさんが構わないなら…」
「あなたの手作りがいいんです」
私が諦めたのがわかり、腕を前に出して愛しそうにブレスレットを触る。
まるで愛撫しているみたいに見えるのは錯覚だろうか。
「あなたの体温が伝わってくるようです」
腕を上げて口づけまでする始末だ。
アドルファスさんの唇が目に入り、ふいに昨晩のことが思い出された。
アイスブルーの瞳と目が合い、何を考えているか見透かされそうで顔を背けた。
あまり勢いよく顔を背けたので、かえって意識していることがばれたのか、クスリとアドルファスさんから忍び笑いが洩れた。
「少しは考えてくれましたか?」
「へ?」
ドストレートに訊ねられ、振り向いて間抜けな返事をしてしまった。
「恋人になる、という話です」
やっぱり忘れていなかった。
「街中で使うのは本来なら禁止されています」
「え、では…」
私を探すためにアドルファスさんは禁じられていることをしたのか。
「大丈夫、そのために警備兵を巻き込んだんです。彼らに事前に許可を取ってあります」
「そうなんですね」
「反応が弱かったので、もしかして返事ができない状態なのではと焦りました」
「すみません…気のせいかと」
「知らなかったのです。ただ、呼ばれたからと何でも返事していいものではありません。不埒な目的で呼びかける者もいますから」
「わかりました」
知らない人についていかないように。
子どもがよく言われる言葉だ。それも仕方ない。この世界に来たばかりで、当たり前の常識さえ私には持ち合わせていない。
治安のいい日本とここでは違うのだ。
「僅かに反応があった方向に今度は別の魔法を使ってあなたの姿を探しました」
「もしかして、あのダイヤモンドダストみたいなものも…」
多くの人を動かし、禁じられている魔法まで使って私を捜索してくれた。それほどに心配させてしまった。
「何もなくて良かった」
膝の上に置いた手をアドルファスさんの大きな手が包む。
心の底から安堵した様子の彼を見て、本当に心配させてしまったんだと更に罪悪感が募った。
けれど門番たちを責めた時の、アドルファスさんの容赦ない厳しい態度には驚いた。
「私が軽率だったことは認めます。でもそのことで第三者をあんな風に怒るのはやめてください。アドルファスさんが損をするだけです」
彼らの怯えた顔。あれではアドルファスさんが暴君のように思われる。とても親切でいい人なのに、彼への心象が悪くなるのは申し訳なかった。
「外へ出ようとしたのが聖女なら、彼らは絶対に気づいたでしょう。忙しかったからは言い訳です。神殿内であなたを軽んじる気風があるから、今回のようなことになったんです」
「でも、それは仕方がありません。聖女と私では…」
「いいえ、聖女同様、あなたも唯一無二です。異世界に無理矢理引っ張り込んでおきながら、後は知らぬ存ぜぬなど…それはあまりに無責任です。その上、怪我などさせたなら…」
唯一無二なんて言われ、思わず息を呑んだ。
他に代わりのない存在。人でも物でも大切な存在に対して使われる言葉だ。
聖女にならわかるが、アドルファスさんに取っては私もそうだと言うこと?恋人にならないかという話からそんな言葉を吐かれると、更に意識してしまう。
「どうかしましたか?」
意識して言った言葉ではなかったのか、当の本人は涼しい顔をしている。まさか昨夜のことを忘れてるなんてことは…
「い、いえ…」
でも昨夜のこともあるし、彼は私を異世界人の向先唯奈というだけでなく、異性として認識しているんだろうか。
「そのブレスレット、他にはないのですか」
「え、ブレスレットですか?」
ドキドキしていると、不意にブレスレットの話になった。
「はい。ブレスレットでも何でもいいですが」
「えっとないことはないのですが…」
もう一つ少し幅広の革の切れ端で作った分をポケットから出した。
「それもあなたが作ったものですか?」
「そうです」
「私にいただげすか?」
「え、それは、構いませんが…でも私よりファビオさんの方が格段に上手なので、そっちを買った方が…」
「いいえ、これがいいです」
「じゃ、じゃあどうぞ…」
「ありがとうございます」
アドルファスさんは嬉しそうに私の手からブレスレットを取り、それを自分の右手首に巻いて感触を確かめるように撫でた。
「自分で作っておいてなんですが、大したものでは…アドルファスさんなら宝石が付いた立派なものをお持ちなのでは?」
そもそもアクセサリーを付けるのかどうかもわからない。
「ジャラジャラしたのは好きではありません。もともと魔法の付与が付いた実用的なものしか付けませんから」
「魔法付与?」
「身体防御、魔法防御、状態異常の無効化、魔法効果の増幅、身体強化など、魔石などに術式を組み込んでそれらを装身具として身につけるんです。女性はそんなものがなくても美しさだけで装飾品として持っていますが」
パワーストーンを使ってアクセサリーを作るみたいなものだろうか。それらよりずっと確実な効果が得られそう。
「なら尚更そんな余り物みたいなものは…」
「いいえ、ユイナさんが作ったものだからほしいのであって、それ以外に興味はありません」
手を後ろに回して、私の手が届かないようにする姿は、おもちゃを取り上げられまいとする子どもみたい。
ダダをこねる姿がさっきとギャップがあり過ぎる。
「アドルファスさんが構わないなら…」
「あなたの手作りがいいんです」
私が諦めたのがわかり、腕を前に出して愛しそうにブレスレットを触る。
まるで愛撫しているみたいに見えるのは錯覚だろうか。
「あなたの体温が伝わってくるようです」
腕を上げて口づけまでする始末だ。
アドルファスさんの唇が目に入り、ふいに昨晩のことが思い出された。
アイスブルーの瞳と目が合い、何を考えているか見透かされそうで顔を背けた。
あまり勢いよく顔を背けたので、かえって意識していることがばれたのか、クスリとアドルファスさんから忍び笑いが洩れた。
「少しは考えてくれましたか?」
「へ?」
ドストレートに訊ねられ、振り向いて間抜けな返事をしてしまった。
「恋人になる、という話です」
やっぱり忘れていなかった。
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