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44 役立たずな存在
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「レイは優しい女だから、はっきり言わないだろうから私から教えてやろう」
着替えのために財前さんが席を外し、二人切りになった途端、王子が私に言った。
「同郷…同じ世界から来た者同士とは言え、彼女は期待の聖女。一方お前はただのおまけ。父上…陛下がお前に国賓に近い待遇を約束したとしても、何の力も持たない役立たずのお前に価値はない」
「役立たず…」
わかっていたことでも、面と向かって他人から言われるとやはり多少なりと堪える。
アドルファスさんやレディ・シンクレアが親切にしてくれたので、自分がどういう立ち場なのか忘れていた。
ここでも私は役立たずと思われていることを。
「聖女と会う権利を主張しているが、この国だけでなくこの世界の希望である聖女に各国の王族に豪商、高位神官、会いたいという者は五万といるのだ。魔巣窟の撲滅という大事な任を追った彼女の邪魔はするな」
アドルファスさんの祖母が王族ならエルウィン王子とも親戚。よく見れば表情の中に似ているところもある。
なのに私に対する態度は真逆なのが不思議だ。
「それでも、彼女が望むなら彼女の心の支えになりたい」
「ふん、強情だな。ならレイがお前を必要としないと言えば会わない。そういうことだな」
彼がここまで私を排除しようとするのは、財前さんに取って自分が一番になりたいからかも知れない。
「聖女という存在が大切で必要だということは理解できます。でも彼女にも意思はあって、それは他人が無理矢理曲げていいものではありません」
「なっ…!」
私が黙って自分の言うことに従わないことに王子は驚きを見せた。
「財前さんは責任感が強くて賢い子です。逃げずにあなた達が求める役割を全うしようと努力する子です」
「そ、そんなこと、お前に言われなくとも…」
「今日のところは帰ります。ですが財前さんを追い込んだり、無理に彼女の望まないことを押し付けたりしないでください」
「生意気な」
王子はまだ何か言いたそうだったが、男が口で女に勝てるわけがない。
「先生、ごめんなさい」
そこへ着替えを終えた財前さんが戻ってきた。
白に金糸の縁取りをしたローブを肩に羽織り、髪もきちんと結えられている。額には宝石が散りばめられた金のサークレットが輝き、黒髪に映えている。
「財前さん、とても素敵ね。似合っているわ」
「当然だ。レイはこの世界を救う聖女だ。お前とは違う」
財前さんが何か言うより先に、王子がお前とは格が違うのだとはっきり言った。
私の言うことなすこと、存在自体が気に入らないのがひしひしと伝わってくる。
「エルウィン、先生にそんなこと言わないでください」
「いいのよ、財前さん。本当のことだから」
生まれも育ちもお嬢様の財前さん。対して向先家は貧乏ではないが、子ども3人を大学にやるにはぎりぎりの財政だった。
「そうだ。レイが気にする必要はない」
王子の不遜な態度も年下な分、可愛く思える。腹芸のできない性格なんだろう。
「行こう、皆待ちくたびれていることだろう。我が国が迎えた聖女がどれほど美しく崇高なのか、見せつけてやろう」
財前さんはアクセサリーでも見世物でもないと言いたかったが、そこはぐっと堪えた。
「頑張ってね、財前さん」
「はい、ありがとうございます」
謁見もそうだが、潔斎の儀も彼女ならうまく対処するだろう。
二人がいなくなると、神殿の人たちがさっさと食事を片付けに来た。
いつまでいるのだと言っている目で睨まれ、「お世話になりました」とお礼を言って外へ出た。
神殿の外に出るとまだ日は高かった。
相変わらず神殿の参拝者の列は続いていて、階段下には豪華な馬車が連なっている。馬車の周りには長いローブを着た人が控えていて、財前さんに会いに来たという各国のお偉方たちが乗って来た馬車なんだろう。
ここに着いた時に対応してくれた門番の人たちも、一度に詰めかけた要人の対応に大わらわしている。
階段上から見渡すと、家の屋根が建ち並んでいるのが見えて、ここへ来るまでに馬車の窓から見えた通りの角に市場のような場所があったのを思い出した。
ここで使えるお金は一銭も持っていないけど、少し見てくるだけの時間ならあるだろうか。
人の混雑を避けて通りを進むと、すぐに目当ての場所に行き当たった。
外国のマルシェのようなテントがいくつも通りの両脇に並び、買い物客で賑わっている。
店仕舞いした所もあるのか、ちらほらと空いているスペースもあるが、出回る品数や量も豊富で国が豊かなのがわかる。
言語理解の魔法のお陰で文字は読める。ただ物の値段が高いのか安いのかはわからない。
売っているのは食材や金物、衣料品や安価な装飾品など。食料品は肉は肉、パンはパン、野菜は野菜とそれぞれ専門があるようで、すぐに食べられるものを売っている屋台は見当たらない。
醤油や味噌があるなら、日本人の主食、お米があるんじゃないかとあちこちの店を見て回ったけど、目当てのものを売っている店は見つけられなかった。
時刻はお昼を少し過ぎた頃で、日差しがきつい。
通りを少し行くか、戻るか考えた。
「あれ、あそこ…人が固まってるなんだろう」
もう少し通りを進んだ先で、人が何か騒いでいる。
凄いものでも売っているのかもと近づいて行った。
着替えのために財前さんが席を外し、二人切りになった途端、王子が私に言った。
「同郷…同じ世界から来た者同士とは言え、彼女は期待の聖女。一方お前はただのおまけ。父上…陛下がお前に国賓に近い待遇を約束したとしても、何の力も持たない役立たずのお前に価値はない」
「役立たず…」
わかっていたことでも、面と向かって他人から言われるとやはり多少なりと堪える。
アドルファスさんやレディ・シンクレアが親切にしてくれたので、自分がどういう立ち場なのか忘れていた。
ここでも私は役立たずと思われていることを。
「聖女と会う権利を主張しているが、この国だけでなくこの世界の希望である聖女に各国の王族に豪商、高位神官、会いたいという者は五万といるのだ。魔巣窟の撲滅という大事な任を追った彼女の邪魔はするな」
アドルファスさんの祖母が王族ならエルウィン王子とも親戚。よく見れば表情の中に似ているところもある。
なのに私に対する態度は真逆なのが不思議だ。
「それでも、彼女が望むなら彼女の心の支えになりたい」
「ふん、強情だな。ならレイがお前を必要としないと言えば会わない。そういうことだな」
彼がここまで私を排除しようとするのは、財前さんに取って自分が一番になりたいからかも知れない。
「聖女という存在が大切で必要だということは理解できます。でも彼女にも意思はあって、それは他人が無理矢理曲げていいものではありません」
「なっ…!」
私が黙って自分の言うことに従わないことに王子は驚きを見せた。
「財前さんは責任感が強くて賢い子です。逃げずにあなた達が求める役割を全うしようと努力する子です」
「そ、そんなこと、お前に言われなくとも…」
「今日のところは帰ります。ですが財前さんを追い込んだり、無理に彼女の望まないことを押し付けたりしないでください」
「生意気な」
王子はまだ何か言いたそうだったが、男が口で女に勝てるわけがない。
「先生、ごめんなさい」
そこへ着替えを終えた財前さんが戻ってきた。
白に金糸の縁取りをしたローブを肩に羽織り、髪もきちんと結えられている。額には宝石が散りばめられた金のサークレットが輝き、黒髪に映えている。
「財前さん、とても素敵ね。似合っているわ」
「当然だ。レイはこの世界を救う聖女だ。お前とは違う」
財前さんが何か言うより先に、王子がお前とは格が違うのだとはっきり言った。
私の言うことなすこと、存在自体が気に入らないのがひしひしと伝わってくる。
「エルウィン、先生にそんなこと言わないでください」
「いいのよ、財前さん。本当のことだから」
生まれも育ちもお嬢様の財前さん。対して向先家は貧乏ではないが、子ども3人を大学にやるにはぎりぎりの財政だった。
「そうだ。レイが気にする必要はない」
王子の不遜な態度も年下な分、可愛く思える。腹芸のできない性格なんだろう。
「行こう、皆待ちくたびれていることだろう。我が国が迎えた聖女がどれほど美しく崇高なのか、見せつけてやろう」
財前さんはアクセサリーでも見世物でもないと言いたかったが、そこはぐっと堪えた。
「頑張ってね、財前さん」
「はい、ありがとうございます」
謁見もそうだが、潔斎の儀も彼女ならうまく対処するだろう。
二人がいなくなると、神殿の人たちがさっさと食事を片付けに来た。
いつまでいるのだと言っている目で睨まれ、「お世話になりました」とお礼を言って外へ出た。
神殿の外に出るとまだ日は高かった。
相変わらず神殿の参拝者の列は続いていて、階段下には豪華な馬車が連なっている。馬車の周りには長いローブを着た人が控えていて、財前さんに会いに来たという各国のお偉方たちが乗って来た馬車なんだろう。
ここに着いた時に対応してくれた門番の人たちも、一度に詰めかけた要人の対応に大わらわしている。
階段上から見渡すと、家の屋根が建ち並んでいるのが見えて、ここへ来るまでに馬車の窓から見えた通りの角に市場のような場所があったのを思い出した。
ここで使えるお金は一銭も持っていないけど、少し見てくるだけの時間ならあるだろうか。
人の混雑を避けて通りを進むと、すぐに目当ての場所に行き当たった。
外国のマルシェのようなテントがいくつも通りの両脇に並び、買い物客で賑わっている。
店仕舞いした所もあるのか、ちらほらと空いているスペースもあるが、出回る品数や量も豊富で国が豊かなのがわかる。
言語理解の魔法のお陰で文字は読める。ただ物の値段が高いのか安いのかはわからない。
売っているのは食材や金物、衣料品や安価な装飾品など。食料品は肉は肉、パンはパン、野菜は野菜とそれぞれ専門があるようで、すぐに食べられるものを売っている屋台は見当たらない。
醤油や味噌があるなら、日本人の主食、お米があるんじゃないかとあちこちの店を見て回ったけど、目当てのものを売っている店は見つけられなかった。
時刻はお昼を少し過ぎた頃で、日差しがきつい。
通りを少し行くか、戻るか考えた。
「あれ、あそこ…人が固まってるなんだろう」
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