35 / 118
35 夜の貴婦人
しおりを挟む
枝を広げ、その先にいくつもの白い花を付けた木が目の前に生えていた。
甘い香りはその木から漂ってくる。
「これは夜光香、別名『夜の貴婦人』と言われている木で、夜に花を開かせるんです」
あたり一面クチナシのような甘い香りがして、その白い花はソルの光を浴びて宝石のように輝いている。細い笹のような葉はもともと薄いのか、光を受けて透き通るようだ。
「朝になると花弁は閉じてしまうが、この香りは残るので、トーマスが昨日この花が咲いたようだから、今夜ここに来てみてはと教えてくれました」
さっきトーマスさんはこのことをアドルファスさんに伝えていたのだった。
「いいことを教えてもらいました。とても綺麗ですね」
夜光香を眺めうっとりとして呟く。
甘い香りに包まれ、噎せ返るようだ。
「ああ、ソルの光に照らされて、とても美しい」
でも、『頑張って』とか『百戦錬磨』とか言ってませんでしたか? アドルファスさんも『うまくいくか分からない』とか何とか花を見に来いと言われたにしては会話がおかしいことを言っていた。
「夜光香の花は滅多に咲かない。世話が難しい。だから貴婦人とも言われる。でも夜光香の開花を一緒に見ることが出来たら…」
そこで何故かアドルファスさんは話すのを止めた。
「出来たら?」
花から彼に視線を移して仰ぎ見ると、彼と目が合った。花を見ていると思ったのに、彼はこちらを見ている。いつからこっちを見ていたんだろう。
「夜光香の花を一緒に見た者は両思いの者なら末永く共に関係を続けることができる。片想いの者なら、恋が成就すると言われている」
「へ、こ、コイ!」
驚いて声が裏返った。
「大丈夫ですか?」
「ゴ…ゴホン…す、すいません…」
恥ずかしくて咳払いで誤魔化した。
「こ、こっちの世界でもそんなジンクスみたいなのあるんですね」
「あなたの世界でもあるんですか?」
「そうですね。恋愛成就の御守や触ると良縁に恵まれるという石なんかもあります。素敵な恋人を望む人はたくさんいます」
「世界は違っても人の求めるものは同じなんですね」
「アドルファスさんは、信じているんですか?」
彼の口から恋が成就するという言葉が出るとは思わなかった。
「どうでしょう。あなたはどうですか? 女性は好きなのでは?」
「そういう話を聞くのは楽しいですし、好きです。夢があっていいと思います。私が若かったらもっと喜んだかもしれません」
恋は素敵なものだが、誰かと付き合うということは綺麗事ばかりではない。期待しても相手から望む反応が返ってくるとは限らないし、人は心変わりする。
私の恋はいつもいい終わり方ではなかった。
「夢を見るのに年齢は関係ありません。美しいものを好きな人と眺めることが出来たら素敵ではないですか。もちろん、どんな場所だって好きな人と一緒なら楽しいでしょうが。時にはこういう演出も役に立ちます」
冬のイルミネーションや夏の花火。一面の花畑や赤や黄色に染まる木々。高い場所から見下ろす夜景など、雰囲気のいい場所は確かに恋人たちのデートスポットだった。
「アドルファスさんなら、そんな演出に頼らなくても成功しそうですけど」
「買い被りです。かつてはそうだったかも知れませんが、今の私には簡単なことではありません」
そう言って仮面に触れる。その下にある傷がどの程度のものかわからないが、それが今の彼の足枷になっている。
「ごめんなさい…そんなつもりは…」
「謝らないでください。あなたはこの仮面のことが気にならないのですか」
「目には写っていますから、もちろん気にはなります。でも、目の悪い人が眼鏡を掛けるのと変わらないと思えばそんなものかと…」
盲目でない限り彼と向き合えば嫌でも視界に入る。
彼にとっても辛い過去の出来事。それを彷彿とさせる傷を覆い隠す仮面。
私がここにいる間は彼と毎日顔を会わせることになる。
痣やホクロだって、そこにあればつい目が行ってしまう。眼鏡も変わったデザインだと気になるのだから、それが彼の顔の特徴だと思えばいいだけだ。
「なぜ仮面を被っているのかは話して下さいましたよね。あなたが頑張ったお陰で救われた命があるんです。それを隠さなければいけないのは残念ですけど、隠したいと思っているなら…それでアドルファスさんが世間から背を向けず顔を上げていられるんです。それをあなたが汚点のように言わないで…あ…すいません…」
説教みたいになってしまった。傷は彼自身の問題で、昨日出会ったばかりの私がそれについてとやかく言うことではないのに。
あなたには関係ないとか、あなたに何がわかると逆ギレされたらと気づいた。
甘い香りはその木から漂ってくる。
「これは夜光香、別名『夜の貴婦人』と言われている木で、夜に花を開かせるんです」
あたり一面クチナシのような甘い香りがして、その白い花はソルの光を浴びて宝石のように輝いている。細い笹のような葉はもともと薄いのか、光を受けて透き通るようだ。
「朝になると花弁は閉じてしまうが、この香りは残るので、トーマスが昨日この花が咲いたようだから、今夜ここに来てみてはと教えてくれました」
さっきトーマスさんはこのことをアドルファスさんに伝えていたのだった。
「いいことを教えてもらいました。とても綺麗ですね」
夜光香を眺めうっとりとして呟く。
甘い香りに包まれ、噎せ返るようだ。
「ああ、ソルの光に照らされて、とても美しい」
でも、『頑張って』とか『百戦錬磨』とか言ってませんでしたか? アドルファスさんも『うまくいくか分からない』とか何とか花を見に来いと言われたにしては会話がおかしいことを言っていた。
「夜光香の花は滅多に咲かない。世話が難しい。だから貴婦人とも言われる。でも夜光香の開花を一緒に見ることが出来たら…」
そこで何故かアドルファスさんは話すのを止めた。
「出来たら?」
花から彼に視線を移して仰ぎ見ると、彼と目が合った。花を見ていると思ったのに、彼はこちらを見ている。いつからこっちを見ていたんだろう。
「夜光香の花を一緒に見た者は両思いの者なら末永く共に関係を続けることができる。片想いの者なら、恋が成就すると言われている」
「へ、こ、コイ!」
驚いて声が裏返った。
「大丈夫ですか?」
「ゴ…ゴホン…す、すいません…」
恥ずかしくて咳払いで誤魔化した。
「こ、こっちの世界でもそんなジンクスみたいなのあるんですね」
「あなたの世界でもあるんですか?」
「そうですね。恋愛成就の御守や触ると良縁に恵まれるという石なんかもあります。素敵な恋人を望む人はたくさんいます」
「世界は違っても人の求めるものは同じなんですね」
「アドルファスさんは、信じているんですか?」
彼の口から恋が成就するという言葉が出るとは思わなかった。
「どうでしょう。あなたはどうですか? 女性は好きなのでは?」
「そういう話を聞くのは楽しいですし、好きです。夢があっていいと思います。私が若かったらもっと喜んだかもしれません」
恋は素敵なものだが、誰かと付き合うということは綺麗事ばかりではない。期待しても相手から望む反応が返ってくるとは限らないし、人は心変わりする。
私の恋はいつもいい終わり方ではなかった。
「夢を見るのに年齢は関係ありません。美しいものを好きな人と眺めることが出来たら素敵ではないですか。もちろん、どんな場所だって好きな人と一緒なら楽しいでしょうが。時にはこういう演出も役に立ちます」
冬のイルミネーションや夏の花火。一面の花畑や赤や黄色に染まる木々。高い場所から見下ろす夜景など、雰囲気のいい場所は確かに恋人たちのデートスポットだった。
「アドルファスさんなら、そんな演出に頼らなくても成功しそうですけど」
「買い被りです。かつてはそうだったかも知れませんが、今の私には簡単なことではありません」
そう言って仮面に触れる。その下にある傷がどの程度のものかわからないが、それが今の彼の足枷になっている。
「ごめんなさい…そんなつもりは…」
「謝らないでください。あなたはこの仮面のことが気にならないのですか」
「目には写っていますから、もちろん気にはなります。でも、目の悪い人が眼鏡を掛けるのと変わらないと思えばそんなものかと…」
盲目でない限り彼と向き合えば嫌でも視界に入る。
彼にとっても辛い過去の出来事。それを彷彿とさせる傷を覆い隠す仮面。
私がここにいる間は彼と毎日顔を会わせることになる。
痣やホクロだって、そこにあればつい目が行ってしまう。眼鏡も変わったデザインだと気になるのだから、それが彼の顔の特徴だと思えばいいだけだ。
「なぜ仮面を被っているのかは話して下さいましたよね。あなたが頑張ったお陰で救われた命があるんです。それを隠さなければいけないのは残念ですけど、隠したいと思っているなら…それでアドルファスさんが世間から背を向けず顔を上げていられるんです。それをあなたが汚点のように言わないで…あ…すいません…」
説教みたいになってしまった。傷は彼自身の問題で、昨日出会ったばかりの私がそれについてとやかく言うことではないのに。
あなたには関係ないとか、あなたに何がわかると逆ギレされたらと気づいた。
8
お気に入りに追加
953
あなたにおすすめの小説
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-
ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。
自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。
そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。
安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。
いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して!
この世界は無い物ばかり。
現代知識を使い生産チートを目指します。
※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。

異世界に落ちたら若返りました。
アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。
夫との2人暮らし。
何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。
そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー
気がついたら知らない場所!?
しかもなんかやたらと若返ってない!?
なんで!?
そんなおばあちゃんのお話です。
更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)
おまけ娘の異世界チート生活〜君がいるこの世界を愛し続ける〜
蓮条緋月
ファンタジー
ファンタジーオタクな芹原緋夜はある日異世界に召喚された。しかし緋夜と共に召喚された少女の方が聖女だと判明。自分は魔力なしスキルなしの一般人だった。訳の分からないうちに納屋のような場所で生活することに。しかも、変な噂のせいで食事も満足に与えてくれない。すれ違えば蔑みの眼差ししか向けられず、自分の護衛さんにも被害が及ぶ始末。気を紛らわすために魔力なしにも関わらず魔法を使えないかといろいろやっていたら次々といろんな属性に加えてスキルも使えるようになっていた。そして勝手に召喚して虐げる連中への怒りと護衛さんへの申し訳なさが頂点に達し国を飛び出した。
行き着いた国で出会ったのは最強と呼ばれるソロ冒険者だった。彼とパーティを組んだ後獣人やエルフも加わり賑やかに。しかも全員美形というおいしい設定付き。そんな人達に愛されながら緋夜は冒険者として仲間と覚醒したチートで無双するー!
※他サイトにて重複掲載しています

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!
桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。
「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。
異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。
初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

できれば穏便に修道院生活へ移行したいのです
新条 カイ
恋愛
ここは魔法…魔術がある世界。魔力持ちが優位な世界。そんな世界に日本から転生した私だったけれど…魔力持ちではなかった。
それでも、貴族の次女として生まれたから、なんとかなると思っていたのに…逆に、悲惨な将来になる可能性があるですって!?貴族の妾!?嫌よそんなもの。それなら、女の幸せより、悠々自適…かはわからないけれど、修道院での生活がいいに決まってる、はず?
将来の夢は修道院での生活!と、息巻いていたのに、あれ。なんで婚約を申し込まれてるの!?え、第二王子様の護衛騎士様!?接点どこ!?
婚約から逃れたい元日本人、現貴族のお嬢様の、逃れられない恋模様をお送りします。
■■両翼の守り人のヒロイン側の話です。乳母兄弟のあいつが暴走してとんでもない方向にいくので、ストッパーとしてヒロイン側をちょいちょい設定やら会話文書いてたら、なんかこれもUPできそう。と…いう事で、UPしました。よろしくお願いします。(ストッパーになれればいいなぁ…)
■■

『完結・R18』公爵様は異世界転移したモブ顔の私を溺愛しているそうですが、私はそれになかなか気付きませんでした。
カヨワイさつき
恋愛
「えっ?ない?!」
なんで?!
家に帰ると出し忘れたゴミのように、ビニール袋がポツンとあるだけだった。
自分の誕生日=中学生卒業後の日、母親に捨てられた私は生活の為、年齢を偽りバイトを掛け持ちしていたが……気づいたら見知らぬ場所に。
黒は尊く神に愛された色、白は"色なし"と呼ばれ忌み嫌われる色。
しかも小柄で黒髪に黒目、さらに女性である私は、皆から狙われる存在。
10人に1人いるかないかの貴重な女性。
小柄で黒い色はこの世界では、凄くモテるそうだ。
それに対して、銀色の髪に水色の目、王子様カラーなのにこの世界では忌み嫌われる色。
独特な美醜。
やたらとモテるモブ顔の私、それに気づかない私とイケメンなのに忌み嫌われている、不器用な公爵様との恋物語。
じれったい恋物語。
登場人物、割と少なめ(作者比)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる