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30 せっかくですから美味しく頂きましょう

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アドキンス氏からの花はベラが持ってきたひとつだけではなかった。
玄関ポーチに大量の薔薇が入った籠が三っつ。
赤や白、黄、色も種類も様々な薔薇が籠に入っていた。

『魔塔で咲かせた花です。美しい花を見て心を和ませてください  ロイン・アドキンス』

薔薇の花束にはそう書かれたカードが添えられていた。ご丁寧にそれは魔法で書かれたものなので、開くと文字が踊り彼の声になって読み上げられた。

「魔塔では魔法の修練に花を魔法で育てていると聞きます。きっとこれらはその花なんでしょう」

魔法で成長を促し、長持ちするように育てる。
うまくできなければ咲かなかったり、歪な形に咲いたりと加減が難しいそうで、魔塔に入りたての魔法使い見習いが世話をしながら修練するそうだ。

「売ったお金の半分は自分のものになるそうですから、きれいに咲かせて出来るだけ高く売れるよう努力しているそうですよ」

「と言うことは、これだけの数だとかなりの額になりますね」

「そのアドキンスという者と何かあったの?」

昨日一度会っただけの人から、大量の高価な花が贈られて来たことに何故という疑問しかない。

「さあ…国王様や誰かに贈るようにと指示されたとか…もしくはお詫びとか…」

彼と魔塔主が聖女召喚を行った。国の命令だけど、私まで引き寄せたのは誤算だった。それを申し訳なく思ってのことだろうか。

「それなら魔塔主の名前で贈るでしょう。これは彼個人からのものでしょ」
「そう…なりますか?」

もう一度レディ・シンクレアはカードを開いた。
開く度にアドキンス氏の書いた文字が宙に舞い、彼の声が響き渡る。

「どちらにしろ、これだけの花があるのなら、あなたがさっき言っていたことが出来るのではなくて?」
「食べるということですか?」
「そう。魔法で育てたのなら薬を使っていないはずよ」
「じゃあ…薔薇でジャムでもつくりましょうか。花びらの砂糖漬けも出来ますよ」
「まあ、薔薇でジャムができるの?」
「私も実際作ったことはないのですが、友人が作ったのをもらって作り方は聞いたことがあります」
「素敵ね。早速作りましょう」

思い立ったが吉日とでも言おうか、レディ・シンクレアはこうと思ったら迷わす突き進む人なのか。すぐに人を呼び集め、アドキンス氏がくれたすべての薔薇をジャムと砂糖漬けにするため、花びらだけにするよう命じた。

薔薇ジャムと砂糖漬けを作るのに余った分は湯船に浮かべて使うと言って、薔薇はすべて使い切った。

薔薇ジャムは瓶に詰めて冷ますのも、砂糖漬けの花びらを洗って水分を取るのも、卵白を刷毛で塗って砂糖をかけて乾かすのもすべて魔法を使い、人手もあったため夕方には作業が終わった。

「本当に食べられるのね」

ジャムはクラッカーに塗ってそれをもう一枚のクラッカーで挟んだ。
砂糖漬けは紅茶に浮かべた。

ジャムは食感を出すためにりんごと一緒に混ぜた。

それらをレディ・シンクレアが堪能する。

「吐く息からも薔薇の香りがしてくるわ。異世界の料理と言っていいのかしら。あなたのおかげて珍しいものを食すことができましたわ。早速お茶仲間にも知らせないと」

彼女には時折集まっては共にお茶やお芝居を楽しむお仲間がいるそうで、彼女たちを呼んで今度一緒にお茶を飲もうと私を誘ってくれた。
私も財前さんにあげようとひと瓶ずつ用意した。

「全部使ってしまって良かったのでしょうか」

紅茶を飲みながら、殻になった籠を眺めた。鑑賞用に少し残せば良かった。

「食用なら新鮮な内に使うべきですし、鑑賞用なら我が家の庭にあります。飾る場所も限られていますし、これでいいのです」
「ジャムとか…アドキンス様にもお渡しした方がいいでしょうか」
「その件は私に任せてくだらさない? 仕来たりやお付き合いは私の得意分野ですから」
「そうですね。お願いいたします」

この世界の制度や貴族の方への礼儀など知らないので、彼女の申し出を受けることにした。

「何だか楽しそうですね」

お茶を飲み終えた頃、アドルファスさんが帰ってきた。

「あら、アドルファス。本当に早く帰ってきたのね」
「私は嘘はつきません。帰ってきた孫に他に言うことがありますよね」
「お帰りなさい、アドルファスさん」
「ただいま、ユイナさん」
「お帰り」
「何かいい香りがしますが、薔薇ですか? この部屋にはないのに、どうして?」

部屋を見渡し、薔薇の花が一輪もないのに、香りがすることを彼は不思議がった。

アドルファスさんが怪訝な顔が面白くて、レディ・シンクレアと二人で顔を見合わせクスクスと笑った。
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