16 / 118
16 異世界の食事情
しおりを挟む
「あの、他にもお客様が来られるのでしょうか?」
「いいや、我々だけだ」
「え…でもこの量…」
眼の前の料理は軽く十人前くらいはありそうな量だ。
大きな肉切り包丁で別の給仕がお皿に取り分け、レインズフォード卿から順番に配っていった。
「どうぞ、召し上がれ」
肉、肉、肉。牛や豚か鶏か、もはや何の肉かわからないものが、ひと皿にこんもりと盛られた肉祭りのようなお皿を唖然として見つめた。まるでフードファイター並の量だ。
ベジタリアンでもビーガンでもないが、一度にこれだけの種類の違う肉を食べたことはない。
二人を見ると、ナイフとフォークできれいに口に運んでいる。
特別でも何でもなく、これが彼らの普段の食事のメニューらしい。
鶏肉は少しぱさついている。牛肉らしき肉は少し筋があって、昔旅行先で食べたティーボーンステーキみたい。パイの中には何かの内臓が入っている。キドニーパイというのがあるが、それと似ている。
味付けは塩とコショウのみ。
油も多く硬い肉を噛み切れず、ワインで流し込んだ。
お酒もいつも飲むお酒よりかなり度数が高い。
何とか三分の一食べたが、そこで手が止まった。
横に添えられたパンに手を出すものの、ハード過ぎて食べにくい。
私がモタモタと食べている間に、レインズフォード卿はふた皿目に取り掛かっている。
レディ・シンクレアの方も殆どひと皿目を平らげている。
服のサイズもそうだが、ここの食事情も私には馴染めなさそうだった。
がっつりと豪快に食べる人を見るのは気持ちがいい。
見た目は華奢な大食いのフードファイターたちが、あり得ない量の食べ物を平らげていくのをあ然と見つめている人達の顔が面白くて笑った。
多分私の顔はあの時の人達と同じ顔をしている。
「あまり食が進みませんね」
私の手が止まっているのを見てレインズフォード卿が声をかけた。
「まだ半分以上残っている。お口に合いませんでしたか」
「もうお腹がいっぱいで…私には量が少し多いみたいで…」
「かなり小柄でいらっしゃいますものね。気づきませんでしたわ」
歳を取ってもお肉を好んで食べる人はいつまでも元気なように、あれだけの量のお肉を食べることができるなんて、レディ・シンクレアが若々しいのも納得だ。
「すいません。せっかくのおもてなしを…」
「無理に食べなくてもいいですよ。こちらも配慮が足りませんでした」
かえってレインズフォード卿たちの方が恐縮している。気を遣わせてしまった。
「それ以上無理なら、残りは私がいただきましょう」
「でも…食べかけ…」
「構いません。ロドニー、彼女のお皿をこっちへ」
そう言って私の半分以上残ったお皿を食べだした。
「すみません」
「次からはあなたの食べられる分だけ取り分けるようにしましょう」
レインズフォード卿は私が気にしないように笑ってくれた。
子供が残したご飯をもったいないと食べる母親みたい。
結婚して子供が生まれた友人の所へ行った時、子供の食べ残しを食べるおかげで痩せる暇がないと愚痴を零していたことを思い出した。
よほど燃費がいいのか、レインズフォード卿の体型はがっしりとしているが、お腹も出ていなさそうなのは驚きだ。
私のお皿の肉もあっという間に彼の胃袋に消えて行った。
「レインズフォード卿こそ、無理をなさっていませんか?」
「無理はしていません。これくらい普通です」
「でも…」
あれだけの量を食べて苦しくないのだろうか。
「私なら大丈夫。あなたが気にする必要はありません。私があなたのためにしたいことをしているだけですから」
これがこの国のもてなしなのだろうか。それとも、レインズフォード卿が特別親切なのだろうか。
『気にする必要はない』という言葉には二通りのとり方がある。
ひとつは、あなたには関係ないことだからと、拒絶の意味で言うもの。
もうひとつは、全てあなたのためにすることだから、いちいち気にかける必要はない。してもらって当然と思ってくれればいいと捉える意味。
彼の言葉はどちらかと言えば二つ目の意味に聞こえる。
「でも、あなたが気になるなら、『すみません』という謝罪ではなく、『ありがとう』と、感謝の言葉をかけてください。同じあなたの口から聞くならそっちがいい」
「ところで…」
そんな私とレインズフォード卿のやり取りを眺めていたレディ・シンクレアが話を切り出した。
「ユイナさんとお呼びしてもいいかしら。私のことは何て呼ぶかアドルファスから聞いてくれているわね」
「はい、レディ・シンクレア」
「結構。女性に伺うのも失礼なことだけど、これから暫くひとつ屋根の下で住むことになるし、はっきりさせておきたいことがあります」
「何でしょう」
何を訊かれるのか緊張する。せっかく出された食事も食べきれず、孫に残飯処理のようなことをさせたことを叱責されるのだろうか。
「ユイナさんはおいくつなのかしら」
叱責でなかったのでホッとする。
「今年で二十九歳になります」
「ニ十九歳!?」
なぜかレインズフォード卿が驚いた。
「いいや、我々だけだ」
「え…でもこの量…」
眼の前の料理は軽く十人前くらいはありそうな量だ。
大きな肉切り包丁で別の給仕がお皿に取り分け、レインズフォード卿から順番に配っていった。
「どうぞ、召し上がれ」
肉、肉、肉。牛や豚か鶏か、もはや何の肉かわからないものが、ひと皿にこんもりと盛られた肉祭りのようなお皿を唖然として見つめた。まるでフードファイター並の量だ。
ベジタリアンでもビーガンでもないが、一度にこれだけの種類の違う肉を食べたことはない。
二人を見ると、ナイフとフォークできれいに口に運んでいる。
特別でも何でもなく、これが彼らの普段の食事のメニューらしい。
鶏肉は少しぱさついている。牛肉らしき肉は少し筋があって、昔旅行先で食べたティーボーンステーキみたい。パイの中には何かの内臓が入っている。キドニーパイというのがあるが、それと似ている。
味付けは塩とコショウのみ。
油も多く硬い肉を噛み切れず、ワインで流し込んだ。
お酒もいつも飲むお酒よりかなり度数が高い。
何とか三分の一食べたが、そこで手が止まった。
横に添えられたパンに手を出すものの、ハード過ぎて食べにくい。
私がモタモタと食べている間に、レインズフォード卿はふた皿目に取り掛かっている。
レディ・シンクレアの方も殆どひと皿目を平らげている。
服のサイズもそうだが、ここの食事情も私には馴染めなさそうだった。
がっつりと豪快に食べる人を見るのは気持ちがいい。
見た目は華奢な大食いのフードファイターたちが、あり得ない量の食べ物を平らげていくのをあ然と見つめている人達の顔が面白くて笑った。
多分私の顔はあの時の人達と同じ顔をしている。
「あまり食が進みませんね」
私の手が止まっているのを見てレインズフォード卿が声をかけた。
「まだ半分以上残っている。お口に合いませんでしたか」
「もうお腹がいっぱいで…私には量が少し多いみたいで…」
「かなり小柄でいらっしゃいますものね。気づきませんでしたわ」
歳を取ってもお肉を好んで食べる人はいつまでも元気なように、あれだけの量のお肉を食べることができるなんて、レディ・シンクレアが若々しいのも納得だ。
「すいません。せっかくのおもてなしを…」
「無理に食べなくてもいいですよ。こちらも配慮が足りませんでした」
かえってレインズフォード卿たちの方が恐縮している。気を遣わせてしまった。
「それ以上無理なら、残りは私がいただきましょう」
「でも…食べかけ…」
「構いません。ロドニー、彼女のお皿をこっちへ」
そう言って私の半分以上残ったお皿を食べだした。
「すみません」
「次からはあなたの食べられる分だけ取り分けるようにしましょう」
レインズフォード卿は私が気にしないように笑ってくれた。
子供が残したご飯をもったいないと食べる母親みたい。
結婚して子供が生まれた友人の所へ行った時、子供の食べ残しを食べるおかげで痩せる暇がないと愚痴を零していたことを思い出した。
よほど燃費がいいのか、レインズフォード卿の体型はがっしりとしているが、お腹も出ていなさそうなのは驚きだ。
私のお皿の肉もあっという間に彼の胃袋に消えて行った。
「レインズフォード卿こそ、無理をなさっていませんか?」
「無理はしていません。これくらい普通です」
「でも…」
あれだけの量を食べて苦しくないのだろうか。
「私なら大丈夫。あなたが気にする必要はありません。私があなたのためにしたいことをしているだけですから」
これがこの国のもてなしなのだろうか。それとも、レインズフォード卿が特別親切なのだろうか。
『気にする必要はない』という言葉には二通りのとり方がある。
ひとつは、あなたには関係ないことだからと、拒絶の意味で言うもの。
もうひとつは、全てあなたのためにすることだから、いちいち気にかける必要はない。してもらって当然と思ってくれればいいと捉える意味。
彼の言葉はどちらかと言えば二つ目の意味に聞こえる。
「でも、あなたが気になるなら、『すみません』という謝罪ではなく、『ありがとう』と、感謝の言葉をかけてください。同じあなたの口から聞くならそっちがいい」
「ところで…」
そんな私とレインズフォード卿のやり取りを眺めていたレディ・シンクレアが話を切り出した。
「ユイナさんとお呼びしてもいいかしら。私のことは何て呼ぶかアドルファスから聞いてくれているわね」
「はい、レディ・シンクレア」
「結構。女性に伺うのも失礼なことだけど、これから暫くひとつ屋根の下で住むことになるし、はっきりさせておきたいことがあります」
「何でしょう」
何を訊かれるのか緊張する。せっかく出された食事も食べきれず、孫に残飯処理のようなことをさせたことを叱責されるのだろうか。
「ユイナさんはおいくつなのかしら」
叱責でなかったのでホッとする。
「今年で二十九歳になります」
「ニ十九歳!?」
なぜかレインズフォード卿が驚いた。
5
お気に入りに追加
953
あなたにおすすめの小説
30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。
ひさまま
ファンタジー
前世で搾取されまくりだった私。
魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。
とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。
これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。
取り敢えず、明日は退職届けを出そう。
目指せ、快適異世界生活。
ぽちぽち更新します。
作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。
脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜
光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。
それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。
自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。
隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。
それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。
私のことは私で何とかします。
ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。
魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。
もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ?
これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。
表紙はPhoto AC様よりお借りしております。

異世界に落ちたら若返りました。
アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。
夫との2人暮らし。
何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。
そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー
気がついたら知らない場所!?
しかもなんかやたらと若返ってない!?
なんで!?
そんなおばあちゃんのお話です。
更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

私は聖女(ヒロイン)のおまけ
音無砂月
ファンタジー
ある日突然、異世界に召喚された二人の少女
100年前、異世界に召喚された聖女の手によって魔王を封印し、アルガシュカル国の危機は救われたが100年経った今、再び魔王の封印が解かれかけている。その為に呼ばれた二人の少女
しかし、聖女は一人。聖女と同じ色彩を持つヒナコ・ハヤカワを聖女候補として考えるアルガシュカルだが念のため、ミズキ・カナエも聖女として扱う。内気で何も自分で決められないヒナコを支えながらミズキは何とか元の世界に帰れないか方法を探す。

【完結】魔術師なのはヒミツで薬師になりました
すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
ティモシーは、魔術師の少年だった。人には知られてはいけないヒミツを隠し、薬師(くすし)の国と名高いエクランド国で薬師になる試験を受けるも、それは年に一度の王宮専属薬師になる試験だった。本当は普通の試験でよかったのだが、見事に合格を果たす。見た目が美少女のティモシーは、トラブルに合うもまだ平穏な方だった。魔術師の組織の影がちらつき、彼は次第に大きな運命に飲み込まれていく……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる