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13 レディ・シンクレア
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学校の廊下より広い毛の短い絨毯の敷き詰められた廊下を、レインズフォード卿と共に歩いていく。
今度は最初から歩幅を合わせてくれる。
エスコートなど生まれてこの方されたことがなく、ぎこちなさを隠せない。マントは羽織ったまま、第三者から見れば背の高い人に掴まってヒョコヒョコ歩いて滑稽に見えるだろう。
住む人たちが大きいから建物の何もかもが大きい。日本の建築基準なら確実に鴨居に頭をぶつけるくらいの身長のレインズフォード卿でも、ここの天井までかなり高いので、その心配はない。
「『お祖母様』と呼ぶと老け込むからと嫌がる。だから彼女のことは『レディ』『レディ・シンクレア』と呼んでいる。レインズフォード夫人と言うと私の母も当て嵌まるから紛らわしいからね。亡くなった祖父は『シンディ』と呼んでいたが、今はそう呼べる者はいない」
「初対面なら『レディ・シンクレア』で大丈夫ですか?」
「それでいいと思います。アドルファスです」
レディ・シンクレアが待つ部屋の前にたどり着き、レインズフォード卿がノックすると、中から「お入りなさい」と返事がした。
開ける前に彼が私の方を見て小さく励ますように微笑んだ。
出会ってから彼は何度も私に微笑んでくれる。一人ではなかったとは言え、いきなり右も左もわからない異世界に来て、もっと悲嘆にくれたり心細く感じてもいいのに、不思議とそうならないのは、彼がこうして側に寄り添い笑顔を向けてくれるからだ。
「ただいま戻りました」
「待ちくたびれましたよ。それで、お客様もご一緒なのかしら」
先に彼が部屋に入り、その後ろについて部屋に足を踏み入れたが、前に背の高いレインズフォード卿がいるので、お互いの姿は見えない。
「はい、ユイナ殿、こちらへ」
レインズフォード卿が更に部屋の中へ進み動いたので、部屋の中央のソファに座る女性の姿が見えた。
「まあ…」
背筋をピンと伸ばしソファに姿勢よく座っていた女性は、私を見ると驚きの声を漏らした。
レインズフォード卿の髪と瞳の色はどうやら遺伝らしい。彼と同じ銀髪を美しく結い上げ、彼よりはいくらか濃い青い瞳をしている。その瞳がまじまじと私を見つめる。
少し離れているので細かい皺もわからず、ここから見ると祖母と言うよりは母親でも通る若々しさだ。
「レディ・シンクレア」
「あら、失礼。ようこそ、お客様と聞いていたけれど、女性とは思わなくて…変わった衣装をお召ね」
座っていても彼女も背が高い。レインズフォード卿に続いて彼女に近づく。
マントは入り口のところで脱いでいた。
私の姿を見てスカート丈に注目する。彼女の基準から見ればきっと短すぎると思われているんだろう。
「ユイナ・ムコサキと言います」
「あら、名前も変わっているのですね。どちらのお国の方なのかしら」
その質問は私でなくレインズフォード卿に向けたものだった。
「立ち話もなんですから、座って話しませんか」
「長くなりそうね」
レインズフォード卿が提案し、彼女も頷く。
レディ・シンクレアの向かいにレインズフォード卿が座る。私はどこへ座ればいいのかと考えていると、こちらへと彼が自分の隣を勧めた。
レディ・シンクレアは何も言わなかったが、ピクリと眉を動かした。
「実は…」
彼は私がどこから来たのかレディ・シンクレアに掻い摘んで説明した。
「聖女召喚? 本当にやったの?」
「はい」
「そのうちやると思っていたけど、そう…災難だったわね、あなた」
聖女召喚はこの世界に必要な儀式だと思っていたのに、レディ・シンクレアの反応は違った。
「そんな風に堂々と陛下の決断に異議を唱えるのはあなたくらいですよ」
「周りが無能なんです。たまに厳しい反論をしないとつけ上がりますからね、あの子は」
『あの子』とは国王のことみたい。彼女は今の国王の叔母にあたる。だから歯にきぬきせない物言いが出来るのだという。
「あの、聖女召喚は皆さんが必要だと望まれていたことではないのですか?」
訊いてもいいのかわからないが、二人の話を聞いて疑問が湧いた。
聖女召喚を望まない人もいるとは思わなかった。
「もちろん、魔巣窟の一掃と世界の平安は皆の共通の願いです」
「ですが、それは聖女の犠牲に成り立つもの。いくらこの世界のためとは言え、召喚して異世界から強制的に同意もなく連れてくることが果たして正義と言えるか。私もアドルファスもそういう考えを抱いているのです」
今度は最初から歩幅を合わせてくれる。
エスコートなど生まれてこの方されたことがなく、ぎこちなさを隠せない。マントは羽織ったまま、第三者から見れば背の高い人に掴まってヒョコヒョコ歩いて滑稽に見えるだろう。
住む人たちが大きいから建物の何もかもが大きい。日本の建築基準なら確実に鴨居に頭をぶつけるくらいの身長のレインズフォード卿でも、ここの天井までかなり高いので、その心配はない。
「『お祖母様』と呼ぶと老け込むからと嫌がる。だから彼女のことは『レディ』『レディ・シンクレア』と呼んでいる。レインズフォード夫人と言うと私の母も当て嵌まるから紛らわしいからね。亡くなった祖父は『シンディ』と呼んでいたが、今はそう呼べる者はいない」
「初対面なら『レディ・シンクレア』で大丈夫ですか?」
「それでいいと思います。アドルファスです」
レディ・シンクレアが待つ部屋の前にたどり着き、レインズフォード卿がノックすると、中から「お入りなさい」と返事がした。
開ける前に彼が私の方を見て小さく励ますように微笑んだ。
出会ってから彼は何度も私に微笑んでくれる。一人ではなかったとは言え、いきなり右も左もわからない異世界に来て、もっと悲嘆にくれたり心細く感じてもいいのに、不思議とそうならないのは、彼がこうして側に寄り添い笑顔を向けてくれるからだ。
「ただいま戻りました」
「待ちくたびれましたよ。それで、お客様もご一緒なのかしら」
先に彼が部屋に入り、その後ろについて部屋に足を踏み入れたが、前に背の高いレインズフォード卿がいるので、お互いの姿は見えない。
「はい、ユイナ殿、こちらへ」
レインズフォード卿が更に部屋の中へ進み動いたので、部屋の中央のソファに座る女性の姿が見えた。
「まあ…」
背筋をピンと伸ばしソファに姿勢よく座っていた女性は、私を見ると驚きの声を漏らした。
レインズフォード卿の髪と瞳の色はどうやら遺伝らしい。彼と同じ銀髪を美しく結い上げ、彼よりはいくらか濃い青い瞳をしている。その瞳がまじまじと私を見つめる。
少し離れているので細かい皺もわからず、ここから見ると祖母と言うよりは母親でも通る若々しさだ。
「レディ・シンクレア」
「あら、失礼。ようこそ、お客様と聞いていたけれど、女性とは思わなくて…変わった衣装をお召ね」
座っていても彼女も背が高い。レインズフォード卿に続いて彼女に近づく。
マントは入り口のところで脱いでいた。
私の姿を見てスカート丈に注目する。彼女の基準から見ればきっと短すぎると思われているんだろう。
「ユイナ・ムコサキと言います」
「あら、名前も変わっているのですね。どちらのお国の方なのかしら」
その質問は私でなくレインズフォード卿に向けたものだった。
「立ち話もなんですから、座って話しませんか」
「長くなりそうね」
レインズフォード卿が提案し、彼女も頷く。
レディ・シンクレアの向かいにレインズフォード卿が座る。私はどこへ座ればいいのかと考えていると、こちらへと彼が自分の隣を勧めた。
レディ・シンクレアは何も言わなかったが、ピクリと眉を動かした。
「実は…」
彼は私がどこから来たのかレディ・シンクレアに掻い摘んで説明した。
「聖女召喚? 本当にやったの?」
「はい」
「そのうちやると思っていたけど、そう…災難だったわね、あなた」
聖女召喚はこの世界に必要な儀式だと思っていたのに、レディ・シンクレアの反応は違った。
「そんな風に堂々と陛下の決断に異議を唱えるのはあなたくらいですよ」
「周りが無能なんです。たまに厳しい反論をしないとつけ上がりますからね、あの子は」
『あの子』とは国王のことみたい。彼女は今の国王の叔母にあたる。だから歯にきぬきせない物言いが出来るのだという。
「あの、聖女召喚は皆さんが必要だと望まれていたことではないのですか?」
訊いてもいいのかわからないが、二人の話を聞いて疑問が湧いた。
聖女召喚を望まない人もいるとは思わなかった。
「もちろん、魔巣窟の一掃と世界の平安は皆の共通の願いです」
「ですが、それは聖女の犠牲に成り立つもの。いくらこの世界のためとは言え、召喚して異世界から強制的に同意もなく連れてくることが果たして正義と言えるか。私もアドルファスもそういう考えを抱いているのです」
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