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5 国としての責任
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財前さんをどこに連れて行くのか。少し前に私が質問した内容だった。
「少し強引だったことは謝りますが、殿下も、そして私達もあなた方に不利益になることをするつもりは毛頭ありません。その点はご理解ください」
「さよう、我々は望んで聖女を召喚したのだ。それなのに無体なことをするはずがない。エルウィンは少しでも早く聖女様を居心地の良い場所へ案内したかっただけなのだ。そうだな、エルウィン」
国王が息子に同意を求める。
「そ、そうだ」
不承不承ながら王子も同意する。アドルファスと名乗った人の立場がどんなものかわからないが、父であり国王の言葉にはさすがの王子も頷くしかないのだろう。
「あの、先生…」
これまであまり喋らなかった財前さんが私の袖を引いた。
「何? 財前さん」
「私のことを気にかけてくれているのは嬉しいのですが、もし、私が本当に聖女なら、皆さんの言うとおりにしようかと思います」
大人しいが自分の意見はきちんと言える子だ。考えてここは彼らに従った方がいいと思ったのだろう。
「本当にそれでいいの?」
念の為確認する。
「はい」
「わかった。ならあなたの思う通りにしなさい。先生はあなたの意見を尊重するわ」
不安はあったが、彼らの言うことが正しいなら、私と彼女はここでは異邦人…異世界人で、ここのことは何も知らない。
用心は必要だが、ここでいつまでもごねても仕方ない。
「納得していただけたかな」
国王が訊ね、私達は頷いた。
「では、エルウィン、聖女様を控えの間にお連れしなさい」
「はい、父上。さあ、聖女様、こちらへ」
命令されて王子が近づき財前さんに手を差し出す。私の近くに来たときに軽く睨まれた。
普段人にあんな風に問い詰めることはしないのだけど、どうも彼とは相性が悪い。
でも今はこれ以上彼と言い合いをするのは得策ではない。
私の方が大人なのだからと、無視することにした。
若さゆえなのか、財前さんは自分の置かれた状況をすんなりと受け入れているようだ。
「じゃあ、先生、また」
「わかった。気を付けてね」
他にも何人かが二人の後に続き、その場には私と国王、魔塔の主とアドルファスさん、そしてもう一人魔塔の主だと言う人とよく似た服装の人と、白いローブの男性だけが残った。
「それで…私は帰してもらえるんですよね」
聖女として召喚されたのは財前さんで、私はその場に運悪く居合わせただけなら、ここではもう私は用無しになる。
財前さんのことは気になるが、ここに私の居場所はない。
戻ったところで行方不明となった財前さんのことをどう報告すればいいかわからないので、頭は痛いけれど。
しかし私の問いに対して彼らは渋い顔を見せた。
「え、まさか…」
悪い予感がして問いかけた。
「今すぐ帰る方法はありません」
魔塔の主がはっきりと言った。
「でも…私は聖女では…」
「聖女召喚にあたり、過去の文献を読み漁りましたが、過去に聖女召喚で共に誰かが一緒に来たことは、一度もありません。ですのであなたを今すぐこの場で帰す呪文も魔法陣も存在しません」
「そ、そんな…」
「危ない!」
では聖女でもない私はここでどうすればいいのか。絶望に目眩が襲ってきて思わずよろめいたのを、アドルファスさんが肩を支えてくれた。
「慰めになるかわかりませんが、召喚したのはこちらの責任です。だから国としてきちんとあなたのことは面倒を見るつもりです。そうですよね、陛下」
「当然だ。悪いようにはしない」
なぜかアドルファスさんがこの場を取り仕切っているように思える。国王と言えばここで一番偉いはず。年齢的にも国王の方が上なのは間違いない。
けれどその違和感も、帰る手立てが今すぐにないと聞かされた私は深く考える余裕はなかった。
「取り敢えず、我々も場所を移動しましょう。それからあなたの処遇について話し合いをしますので、それまでゆっくり体を休めてください。それでよろしいですね、陛下」
「もちろんだ。国賓待遇でもてなそう」
「あ、ありがとうございます。よろしくお願いします」
とにかくいきなりお前は用無しだと外に放り出されることはなさそうだとほっとした。
「あ、あの…アドルファスさん、もう大丈夫ですから」
いつまでも肩に手を添えられたままなことに気づいて、体を動かした。
「これは失礼しました」
アドルファスさんも言われて気づいたのか、ぱっと手を離し謝った。手を離した時、左手だけ皮の手袋を嵌めているのが見えた。
「いえ…こちらこそ、すいませんでした」
ショックでよろけたのは初めてだった。
これまでも辛いことはあったが、今回のことは今までのように、ただ耐えればいいというものではない。
「気になさらないでください。あなた一人支えるくらい、なんてことはありません」
さっきの王子の態度とは真逆で、彼はどこまでも親切だった。
すごく責任感のある人なのだろう。
聖女召喚に巻き込まれた私にここまで気を使ってくれる。
この時の私は彼が笑顔の裏で何を考えているのか、知る由もなかった。
「少し強引だったことは謝りますが、殿下も、そして私達もあなた方に不利益になることをするつもりは毛頭ありません。その点はご理解ください」
「さよう、我々は望んで聖女を召喚したのだ。それなのに無体なことをするはずがない。エルウィンは少しでも早く聖女様を居心地の良い場所へ案内したかっただけなのだ。そうだな、エルウィン」
国王が息子に同意を求める。
「そ、そうだ」
不承不承ながら王子も同意する。アドルファスと名乗った人の立場がどんなものかわからないが、父であり国王の言葉にはさすがの王子も頷くしかないのだろう。
「あの、先生…」
これまであまり喋らなかった財前さんが私の袖を引いた。
「何? 財前さん」
「私のことを気にかけてくれているのは嬉しいのですが、もし、私が本当に聖女なら、皆さんの言うとおりにしようかと思います」
大人しいが自分の意見はきちんと言える子だ。考えてここは彼らに従った方がいいと思ったのだろう。
「本当にそれでいいの?」
念の為確認する。
「はい」
「わかった。ならあなたの思う通りにしなさい。先生はあなたの意見を尊重するわ」
不安はあったが、彼らの言うことが正しいなら、私と彼女はここでは異邦人…異世界人で、ここのことは何も知らない。
用心は必要だが、ここでいつまでもごねても仕方ない。
「納得していただけたかな」
国王が訊ね、私達は頷いた。
「では、エルウィン、聖女様を控えの間にお連れしなさい」
「はい、父上。さあ、聖女様、こちらへ」
命令されて王子が近づき財前さんに手を差し出す。私の近くに来たときに軽く睨まれた。
普段人にあんな風に問い詰めることはしないのだけど、どうも彼とは相性が悪い。
でも今はこれ以上彼と言い合いをするのは得策ではない。
私の方が大人なのだからと、無視することにした。
若さゆえなのか、財前さんは自分の置かれた状況をすんなりと受け入れているようだ。
「じゃあ、先生、また」
「わかった。気を付けてね」
他にも何人かが二人の後に続き、その場には私と国王、魔塔の主とアドルファスさん、そしてもう一人魔塔の主だと言う人とよく似た服装の人と、白いローブの男性だけが残った。
「それで…私は帰してもらえるんですよね」
聖女として召喚されたのは財前さんで、私はその場に運悪く居合わせただけなら、ここではもう私は用無しになる。
財前さんのことは気になるが、ここに私の居場所はない。
戻ったところで行方不明となった財前さんのことをどう報告すればいいかわからないので、頭は痛いけれど。
しかし私の問いに対して彼らは渋い顔を見せた。
「え、まさか…」
悪い予感がして問いかけた。
「今すぐ帰る方法はありません」
魔塔の主がはっきりと言った。
「でも…私は聖女では…」
「聖女召喚にあたり、過去の文献を読み漁りましたが、過去に聖女召喚で共に誰かが一緒に来たことは、一度もありません。ですのであなたを今すぐこの場で帰す呪文も魔法陣も存在しません」
「そ、そんな…」
「危ない!」
では聖女でもない私はここでどうすればいいのか。絶望に目眩が襲ってきて思わずよろめいたのを、アドルファスさんが肩を支えてくれた。
「慰めになるかわかりませんが、召喚したのはこちらの責任です。だから国としてきちんとあなたのことは面倒を見るつもりです。そうですよね、陛下」
「当然だ。悪いようにはしない」
なぜかアドルファスさんがこの場を取り仕切っているように思える。国王と言えばここで一番偉いはず。年齢的にも国王の方が上なのは間違いない。
けれどその違和感も、帰る手立てが今すぐにないと聞かされた私は深く考える余裕はなかった。
「取り敢えず、我々も場所を移動しましょう。それからあなたの処遇について話し合いをしますので、それまでゆっくり体を休めてください。それでよろしいですね、陛下」
「もちろんだ。国賓待遇でもてなそう」
「あ、ありがとうございます。よろしくお願いします」
とにかくいきなりお前は用無しだと外に放り出されることはなさそうだとほっとした。
「あ、あの…アドルファスさん、もう大丈夫ですから」
いつまでも肩に手を添えられたままなことに気づいて、体を動かした。
「これは失礼しました」
アドルファスさんも言われて気づいたのか、ぱっと手を離し謝った。手を離した時、左手だけ皮の手袋を嵌めているのが見えた。
「いえ…こちらこそ、すいませんでした」
ショックでよろけたのは初めてだった。
これまでも辛いことはあったが、今回のことは今までのように、ただ耐えればいいというものではない。
「気になさらないでください。あなた一人支えるくらい、なんてことはありません」
さっきの王子の態度とは真逆で、彼はどこまでも親切だった。
すごく責任感のある人なのだろう。
聖女召喚に巻き込まれた私にここまで気を使ってくれる。
この時の私は彼が笑顔の裏で何を考えているのか、知る由もなかった。
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