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第3章 討伐依頼
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あちらこちらでエミリオの悪事とフェルの武勇伝が囁かれる中、お昼過ぎに副ギルド長が戻ってきた。
その表情は険しく、口元はぎゅっと引き結ばれていた。
見つかった死体がエミリオだったのか、それとも別人だったのか、その顔からはどちらかわからなかった。
一同が固唾を飲んで彼が入口から奥へ入っていく姿を見守った。
それから一時間後、ギルド長と副ギルド長が揃って受付に降りてきた。
「皆、作業を止めてちょっと聞いてほしい」
ギルド長の声に皆がそちらに注目する。
「昨日の件は皆も知っていると思うが、今朝、行方不明になっていたエミリオ=トーチスらしき遺体が街外れの森で発見され、副ギルド長が検分に行ってきた」
そこまで言ってギルド長が副ギルド長の方を見る。副ギルド長は頷いて、一歩前へ進み出た。
「遺体は間違いなくエミリオだった」
しんと静まり返ったその場が一気に大騒ぎになった。
(エミリオ…死んだのね)
涙は出なかったが、黒焦げになっていたなんて、どんな辛い最後だったのかと想像すると、悼む気持ちはあった。
「静粛に!」
ギルド長が叫び、ピタリと皆口を閉じた。
「残念な結果だった。私もこれまで多くの冒険者が依頼途中で命を失ったり、怪我で再起不能となったのを見てきた。どんな依頼も、常に危険と隣り合わせであることを、肝に銘じてほしい。冒険者諸君もくれぐれも無理な依頼を引き受けたりせず、命を大事にしてくれ。受付の者たちも依頼の内容を十分精査し、対応にあたってほしい」
「はい。承知いたしました」
「しかし、彼がどうしてそのようにして命を落としたのか、事故か魔物の仕業かもしくは殺人か、詳しいことはわかっていない」
殺人という言葉を聞いてまたもやざわめきが起こった。冒険者だから依頼中に亡くなったりすることはあって、人の死が身近にあるとは言え、やはり人が人を殺すという行為は憲兵の取り締まりがある。
身分制度の厳しい世界で、高位の者が下の身分の者に対して一方的に理由もなく命を奪うことは、一応は取り締まりの対象にはなるが、証拠不十分や情状酌量などで罪に問われないことはあるのが現実だ。
「暫くは戒厳令を出す。皆も不用意に夜出歩いたり、人気のない場所に立ち入ったりしないように。話は以上だ。手を止めてもらって悪かった。作業に戻ってくれ」
ギルド長がそう言い、副ギルド長と二人で上の階へ戻っていった。
「怖いわね。事故だと思う?」
キャシーが近づいてきて話しかけた。
「エミリオ個人への恨みなら有りかも。何しろ色々酷いことしてたみたいだし」
「わからないけど、キャシーも気をつけて」
「マリベルもね。わたしは家族と住んでるからいいけど、あなた一人暮らしでしょ。あ、まあ今は隣に恋人がいるからいいか。あなたたち、どうせなら一緒に住めば?」
「え、や、そ、そこまでは…まだ付き合い始めたばかりだよ。どうなるかわからないもの」
エミリオとプリシラの目を逸らすための偽装だったのだから、エミリオが死んだことでフェルとの関係も考えないといけないかもしれない。
それはちょっと嫌だな。そんな風に考えて自分でも驚く。
(え、な、なんで、わたし…フェルさんと恋人じゃなくなるの、残念がってる?)
「でも実力に見合った依頼か…当然と言えば当然だけど、エミリオって、ほんとにA級の実力があったのかな」
「キャシー?」
「さっきの話、ほら、本当なら一人で達成出来る依頼も、下級ランクの冒険者に手伝わせてたわけでしょ? 勉強代だって手数料引いて」
「でもC級以下ならまだしも、B級やA級は認定試験があるから誤魔化せないでしょ」
「そっか、そうだよね」
実力もないのに昇級させたとあれば、それはギルド側にも非があることになる。
「でも、ほんとに叩けばいくらでも埃が出てくるわね。ちょっと顔が良かったとは言え、クズでしかないわ。そう思うでしょマリベル」
「そ、そうね、でも、これ以上彼のことを悪く言うのはやめましょ。亡くなった人はその汚名を返上することもできないんだから」
「マリベルってそういうとこあるよね。お人好しといか、それがいいところなんだけど、見ていて歯痒くなるわ。この前あんな言い掛かりつけられたのに、庇うの?」
「別に庇うわけじゃ…でも良いところもあったかも知れないのに、最後の印象で悪人で評価されるのは可哀相だと思うだけよ」
偽善と思われるかも知れないが、今は嫌いな相手にも自分が知らないいいところがあったかも知れない。少なくともプリシラは彼と親密な時間があったわけだから。
彼女にエミリオの死がどう伝わるのか。
その日、マリベルは昨日医務室に運ばれた人たちの様子を見に行った際に、彼らからもエミリオの悪口を散々聞かされた。
それと共にフェルへの尊敬と賛辞も聞かされ、彼と恋人だと聞いた。あなたは人を見る目がある。と、マリベルへの評価も上がっていた。
(どうしよう。フェルさんのこと、相談しないと)
その表情は険しく、口元はぎゅっと引き結ばれていた。
見つかった死体がエミリオだったのか、それとも別人だったのか、その顔からはどちらかわからなかった。
一同が固唾を飲んで彼が入口から奥へ入っていく姿を見守った。
それから一時間後、ギルド長と副ギルド長が揃って受付に降りてきた。
「皆、作業を止めてちょっと聞いてほしい」
ギルド長の声に皆がそちらに注目する。
「昨日の件は皆も知っていると思うが、今朝、行方不明になっていたエミリオ=トーチスらしき遺体が街外れの森で発見され、副ギルド長が検分に行ってきた」
そこまで言ってギルド長が副ギルド長の方を見る。副ギルド長は頷いて、一歩前へ進み出た。
「遺体は間違いなくエミリオだった」
しんと静まり返ったその場が一気に大騒ぎになった。
(エミリオ…死んだのね)
涙は出なかったが、黒焦げになっていたなんて、どんな辛い最後だったのかと想像すると、悼む気持ちはあった。
「静粛に!」
ギルド長が叫び、ピタリと皆口を閉じた。
「残念な結果だった。私もこれまで多くの冒険者が依頼途中で命を失ったり、怪我で再起不能となったのを見てきた。どんな依頼も、常に危険と隣り合わせであることを、肝に銘じてほしい。冒険者諸君もくれぐれも無理な依頼を引き受けたりせず、命を大事にしてくれ。受付の者たちも依頼の内容を十分精査し、対応にあたってほしい」
「はい。承知いたしました」
「しかし、彼がどうしてそのようにして命を落としたのか、事故か魔物の仕業かもしくは殺人か、詳しいことはわかっていない」
殺人という言葉を聞いてまたもやざわめきが起こった。冒険者だから依頼中に亡くなったりすることはあって、人の死が身近にあるとは言え、やはり人が人を殺すという行為は憲兵の取り締まりがある。
身分制度の厳しい世界で、高位の者が下の身分の者に対して一方的に理由もなく命を奪うことは、一応は取り締まりの対象にはなるが、証拠不十分や情状酌量などで罪に問われないことはあるのが現実だ。
「暫くは戒厳令を出す。皆も不用意に夜出歩いたり、人気のない場所に立ち入ったりしないように。話は以上だ。手を止めてもらって悪かった。作業に戻ってくれ」
ギルド長がそう言い、副ギルド長と二人で上の階へ戻っていった。
「怖いわね。事故だと思う?」
キャシーが近づいてきて話しかけた。
「エミリオ個人への恨みなら有りかも。何しろ色々酷いことしてたみたいだし」
「わからないけど、キャシーも気をつけて」
「マリベルもね。わたしは家族と住んでるからいいけど、あなた一人暮らしでしょ。あ、まあ今は隣に恋人がいるからいいか。あなたたち、どうせなら一緒に住めば?」
「え、や、そ、そこまでは…まだ付き合い始めたばかりだよ。どうなるかわからないもの」
エミリオとプリシラの目を逸らすための偽装だったのだから、エミリオが死んだことでフェルとの関係も考えないといけないかもしれない。
それはちょっと嫌だな。そんな風に考えて自分でも驚く。
(え、な、なんで、わたし…フェルさんと恋人じゃなくなるの、残念がってる?)
「でも実力に見合った依頼か…当然と言えば当然だけど、エミリオって、ほんとにA級の実力があったのかな」
「キャシー?」
「さっきの話、ほら、本当なら一人で達成出来る依頼も、下級ランクの冒険者に手伝わせてたわけでしょ? 勉強代だって手数料引いて」
「でもC級以下ならまだしも、B級やA級は認定試験があるから誤魔化せないでしょ」
「そっか、そうだよね」
実力もないのに昇級させたとあれば、それはギルド側にも非があることになる。
「でも、ほんとに叩けばいくらでも埃が出てくるわね。ちょっと顔が良かったとは言え、クズでしかないわ。そう思うでしょマリベル」
「そ、そうね、でも、これ以上彼のことを悪く言うのはやめましょ。亡くなった人はその汚名を返上することもできないんだから」
「マリベルってそういうとこあるよね。お人好しといか、それがいいところなんだけど、見ていて歯痒くなるわ。この前あんな言い掛かりつけられたのに、庇うの?」
「別に庇うわけじゃ…でも良いところもあったかも知れないのに、最後の印象で悪人で評価されるのは可哀相だと思うだけよ」
偽善と思われるかも知れないが、今は嫌いな相手にも自分が知らないいいところがあったかも知れない。少なくともプリシラは彼と親密な時間があったわけだから。
彼女にエミリオの死がどう伝わるのか。
その日、マリベルは昨日医務室に運ばれた人たちの様子を見に行った際に、彼らからもエミリオの悪口を散々聞かされた。
それと共にフェルへの尊敬と賛辞も聞かされ、彼と恋人だと聞いた。あなたは人を見る目がある。と、マリベルへの評価も上がっていた。
(どうしよう。フェルさんのこと、相談しないと)
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