恋人は謎多き冒険者

七夜かなた

文字の大きさ
上 下
22 / 47
第3章 討伐依頼

しおりを挟む
「まるで新婚の夫を見送る新妻ね」

フェルの行動がよく分からずボーっとしていると、キャシーが横から話しかけた。

「え、し、新婚って、そんな」

動揺すると、キャシーが更に身を寄せてきた。

「今朝は仲良く歩いていたし、マリベルもやるわね。彼って顔はいいけど話しかけても殆ど無視されるって評判だったわよ。昨日からすごく喋るし、マリベルを見る目がとっても優しいわ」
「そんなこと…た、たまたま彼が契約したのが私と同じアパートの隣だったから…」
「え、確かお隣って新婚さんだったんじゃ…」
「それが王都でいい仕事が見つかったって昨日引っ越ししてしまって、空いた部屋に越してきたのが彼なの」
「へえ、でもマリベルがそこに住んでいるって、彼も知っていたんでしょ?」
「え、う、ううん…何処に住んでいるかは、彼にはまだ話してなかったから…」
「恋人なのに?」

キャシーに言われてマリベルは押し黙った。
恋人ならどこに住んでいるか知っていても可笑しくないが、フェルとは話の流れで恋人を演じているだけなのだ。
当然、彼に住処を教えてはいなかったから、彼が隣人になったのはあくまで偶然のことだ。

「引っ越したと言ったけど、彼とはまだ付き合い始めたばかりで、場所までは言ってなかったの」
「そうなのね」
「マリベル、キャシー、おしゃべりはそこまでよ。マリベルは今日は午後から医務室でしょ、仕事は山積みなんだからね」

ミランダがおしゃべりをしていた二人に物腰柔らかく注意する。

「はあい」
「すみません、ミランダさん」

それからマリベルは午前中いっぱい受付で仕事をして、午後からギルド直営の医務室で勤務した。

回復術士はギルドに十人いる。五人は正規の回復術士として常勤で勤務していて、後の五人は非常勤だ。マリベルは受付でもあるため、非常勤の方だった。
彼女の術士としてのレベルは中の上。魔力量はそこそこあるが、まだまだ見習いのレベルを出ない。

医務室では冒険者の怪我だけでなく、一般の人たちも治療する。その日の患者は荷運びをしていて荷物を足の上に落とした人や、依頼の途中で高い所から落ちた冒険者などだった。
今日もそろそろ終わりかなと思っているところへ「術士はいるか!」と扉を勢いよく開けて人が入ってきた。

「は、はい」

慌てて診察室を出ると、待合室に男性が二人いた。
一人は額から血を流していて、もうひとりはその男性の首に腕を回して抱えられながら、ぐったりと項垂れている。よく見れば右手首から先が変色している。

「マリベル、休憩室にいるジョーダンたちを呼んできて」
「は、はい!」

他の術士たちを呼んで共に戻ってくると、医務室の中は大騒ぎになっていた。

「一体なにが」
「ベアドウルフだ」
「え?」
「おれたちは、ベアドウルフ退治に向かったんだ」
「それって、今朝エミリオが言っていた?」
「そう、おれたちはあいつに声をかけられて、一緒に森へ行ったんだ。だが、思っていた以上にいて、しかもウルフキングもいたんだ」
「ウルフキング!」

その場にいた全員が驚きの声を上げる。
ウルフキングはベアドウルフの最上位種。個体の強さもさることながら、それが一体いるだけで群れの強さは格段に上がる。ウルフキングの遠吠えで強さのステータスは爆発的に跳ね上がる。

「しかも群れの数も十匹どころか五十匹近くもいた。転移魔法を使えるやつがいなけりゃ全滅だった」
「殆どB級ばかりで、A級はエミリオだけだったのに、エミリオのやつ」
「形勢が不利だとわかると、おれたちを盾に一番先に逃げたんだ。A級が聞いて呆れる」

憎々しげに彼らはエミリオへの恨みを吐き出した。

「それで、他の人達は? 逃げ遅れた人たちはいないの?」

メンバーはエミリオを入れて六人。一人は彼らが逃げる直前に亡くなったそうだ。でも戻ってきたのは二人。エミリオともう一人、偵察役のシーカーが戻ってきていないという。

「もう、きっとだめだ。俺たちだって逃げるのに精一杯だったのに」
「そんな…」

医務室には重苦しい空気が立ち込めた。
右手が変色した冒険者は、ベアドウルフの冷気にやられていた。もう少し早く処置できれば何とかなったが、親指と人差し指は神経もやられていて、最上位の回復魔法エクストラヒールでなければ回復は見込めない。
しかし、ここにいる術士が使えるのはハイヒールまで。エクストラヒールを使う術士は王都の魔導騎士団にしかいない。

「ごめんなさい、わたしたちの力が足りなくて」
「いや、命が助かっただけでもおれたちはまだましだ。それに指の一本や二本くらいなら、何とかランクが落ちても冒険者としてやっていける」

額と肩に傷を負ったガービーが役不足を詫びるマリベルたちに言った。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!

ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、 1年以内に妊娠そして出産。 跡継ぎを産んで女主人以上の 役割を果たしていたし、 円満だと思っていた。 夫の本音を聞くまでは。 そして息子が他人に思えた。 いてもいなくてもいい存在?萎んだ花? 分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。 * 作り話です * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

運命の番?棄てたのは貴方です

ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。 番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。 ※自己設定満載ですので気を付けてください。 ※性描写はないですが、一線を越える個所もあります ※多少の残酷表現あります。 以上2点からセルフレイティング

御機嫌ようそしてさようなら  ~王太子妃の選んだ最悪の結末

Hinaki
恋愛
令嬢の名はエリザベス。 生まれた瞬間より両親達が創る公爵邸と言う名の箱庭の中で生きていた。 全てがその箱庭の中でなされ、そして彼女は箱庭より外へは出される事はなかった。 ただ一つ月に一度彼女を訪ねる5歳年上の少年を除いては……。 時は流れエリザベスが15歳の乙女へと成長し未来の王太子妃として半年後の結婚を控えたある日に彼女を包み込んでいた世界は崩壊していく。 ゆるふわ設定の短編です。 完結済みなので予約投稿しています。

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

王子妃だった記憶はもう消えました。

cyaru
恋愛
記憶を失った第二王子妃シルヴェーヌ。シルヴェーヌに寄り添う騎士クロヴィス。 元々は王太子であるセレスタンの婚約者だったにも関わらず、嫁いだのは第二王子ディオンの元だった。 実家の公爵家にも疎まれ、夫となった第二王子ディオンには愛する人がいる。 記憶が戻っても自分に居場所はあるのだろうかと悩むシルヴェーヌだった。 記憶を取り戻そうと動き始めたシルヴェーヌを支えるものと、邪魔するものが居る。 記憶が戻った時、それは、それまでの日常が崩れる時だった。 ★1話目の文末に時間的流れの追記をしました(7月26日) ●ゆっくりめの更新です(ちょっと本業とダブルヘッダーなので) ●ルビ多め。鬱陶しく感じる方もいるかも知れませんがご了承ください。  敢えて常用漢字などの読み方を変えている部分もあります。 ●作中の通貨単位はケラ。1ケラ=1円くらいの感じです。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界の創作話です。時代設定、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

貴方が選んだのは全てを捧げて貴方を愛した私ではありませんでした

ましゅぺちーの
恋愛
王国の名門公爵家の出身であるエレンは幼い頃から婚約者候補である第一王子殿下に全てを捧げて生きてきた。 彼を数々の悪意から守り、彼の敵を排除した。それも全ては愛する彼のため。 しかし、王太子となった彼が最終的には選んだのはエレンではない平民の女だった。 悲しみに暮れたエレンだったが、家族や幼馴染の公爵令息に支えられて元気を取り戻していく。 その一方エレンを捨てた王太子は着々と破滅への道を進んでいた・・・

裏切りの代償

志波 連
恋愛
伯爵令嬢であるキャンディは婚約者ニックの浮気を知り、婚約解消を願い出るが1年間の再教育を施すというニックの父親の言葉に願いを取り下げ、家出を決行した。 家庭教師という職を得て充実した日々を送るキャンディの前に父親が現れた。 連れ帰られ無理やりニックと結婚させられたキャンディだったが、子供もできてこれも人生だと思い直し、ニックの妻として人生を全うしようとする。 しかしある日ニックが浮気をしていることをしり、我慢の限界を迎えたキャンディは、友人の手を借りながら人生を切り開いていくのだった。 他サイトでも掲載しています。 R15を保険で追加しました。 表紙は写真AC様よりダウンロードしました。

処理中です...