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第十章 ヴァレンタインの秘密

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「私に復讐って?」
「なあに、簡単だ。お前も日陰の身になるんだ」
「どういう意味?」
「これからお前には法を犯してもらう」
「え?」

 訝しむベルテの前にアレッサンドロは懐から出した小さな袋を取り出した。

「それは?」
「今からお前はこの薬を飲む。そしたらどうなると思う?」

 クククとアレッサンドロが笑う。絶対いいことではない。

「これは麻薬だ。一度飲んだだけで、虜になって止められなくなるらしい。しかも治療魔法でも簡単には治らない。これは精神に影響するからな」
「麻薬って、違法…」

 体に負った傷なら魔法で治せるが、精神はそうはいかない。
 心が壊れたら、治す術はないのだ。

「そう、違法だ。お前はこれを飲んで、そして憲兵に捕まる。王女が法を犯して薬に手を出したとあれば、大騒ぎになるだろうな」
「そ、そんなの無理矢理飲まされたとわかれば」
「一度薬に手を出した者の言葉を、誰が信じる? しかも証人だっているのに」
「ど、どういうこと?」

 パチンとアレッサンドロが指を鳴らすと、バラバラと大勢の人間が物陰から現われた。

「だ、誰?」

 明らかに悪人顔の男達の登場に、ベルテは一歩後ずさった。

「こいつらは薬の売人だ。彼らが口を揃えてベルテに薬を売ったと言えば、どうなると思う?」

 ベルテはアレッサンドロの周りにいる男達をざっと見回した。売人の言葉を憲兵が簡単に信じるとは思えないが、それでも皆がそう言い張ったら、たとえ後で嘘だったとわかったとして、一度傷ついた信用は取り戻せない。王女としては公的な場所にはもう出ることは出来ないだろう。

「お前だけは許せない」
「そ、そんなの。元はと言えばあなたが全部やったことでしょ。私はそれを明らかにしただけよ」

 逆恨みもいいところだ。

「うるさい! お前が邪魔しなければばれなかったんだ。私は今も王太子の地位にいて、いずれはカトリーヌを妻に迎える。それを潰したのはお前だ」
「そうよ。私だって、この国で一番位の高い女性になる筈だったのに、全部あなたのせいよ」
「お前達、あいつを掴まえろ!」

 アレッサドロが叫んで、男達が走り出した。

「こ、来ないで!」

 ベルテは氷の礫を作り、男達に飛ばしたが、それは誰にも当たらず地面に砕け散った。

「おいおい、どこに飛ばしている。お前がコントロールが悪いってことはわかっているんだ。こんな近くでこんなものか」

 馬鹿にしたアレッサンドロの高笑いが響く。
 ベルテはコントロールが下手で、狭い範囲に狙いを定めて魔法を放つのが苦手だ。しかも相手は動いている人間だ。
 なかなか当たらない。

 そうだ。

 礫が当たらないなら、広範囲に広げれば良い。ベルテは地面に氷を張り巡らせて、足止めをさせようとした。

「無駄だ」

 氷を張ったところから、それを割るように地面が盛り上がる。アレッサンドロの土魔法だ。

「大人しく諦めろ」
「やだ、離して!」

 男二人に腕を掴まれ、ベルテは彼らの腕を凍らせる。

「うわぁ!」
「こいつ!」

 別の男がベルテの頬をぶった。
 強い力でぶたれて、頭がクラクラして血の味もする。
 その隙をついて、大きな手がベルテの顔を掴んだ。

「ん、んんん」

 両頬を挟み込まれ、口をこじ開けようとされるのを、必死で抵抗する。

「こいつ、しぶといな」
「ベルテ、痛い目にあいたくなければ、大人しく従え」

 はいそうですかと、従えるわけがない。
 しかし力では彼らに適わない。このままアレッサンドロの思うとおりになるのかと、悔しさを感じる。

ドオオオオオオン

 その時、大きな爆発音がして、突風が巻き起こった。

「うわああああ」
「きゃあああああ」
「わあああああ」

 あまりの強風に立っていることが出来ず、全員がその場ですっころんだ。

 また倒れるの。

 ベルテも風に煽られて地面に倒れ込む。

「あれ?」

 しかし目の前に地面が迫って目を閉じたベルテは、地面にぶつかることはなかった。
 目を開けると、すぐ目の前に地面があって、すんでの所で浮いている。

 ふわりと体が縦になり、ストンと足が地面に着いた。

「え? どういうこと?」
 
 周りを見ると、アレッサンドロ達は全員倒れている。

「姉上!」

 そこへ声を掛けてきたのはディランだった。
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