49 / 71
第八章 約束
4
しおりを挟む
わあ~っという歓声と、きゃあ~、やめてぇという声が会場に溢れた。
「コホン、やけに積極的だな。婚約者だから、まあ…それも致し方ないか」
慌てて唇を外したベルテに、国王が言った。
「ち、ちが」
「ベルテ様」
焦って口元を拭おうとしたベルテの手首を、ヴァレンタインが掴んだ。
「駄目ですよ、そんなことをしては、皆が注目しています」
言われて周りを見渡すと、無数の目がこっちを見ていた。
彼はベルテが口元を拭うのを諦めたのを察すると、掴んでいた手を離した。
「わ、私……そんなつもりでは……」
顔を真っ赤にして、小声でベルテはヴァレンタインに訴えた。唇にキスするつもりはなかったのだと。
「わかっておりますが、これは失敗のうちに入りませんよ。陛下のおっしゃるとおり、私達は婚約者なのですからね」
にこりとヴァレンタインは笑い、とんでもないことを口走った。
「私にとっては、思いもかけないご褒美でしたけど」
「ご!」
ベルテはびっくりして言葉が出なかった。
「か、からかうのは…」
「からかってはおりません。私は…!!」
その時ヴァレンタインが低く呻き、そして手を覆い俄に咳き込みだした。
「ゴホッ!」
「ど、どう、! それは!」
どうしたのかと尋ねようとしたベルテは、口元を覆った彼の指の間から、赤い血が溢れるのを目にした。
「ヴァレンタイン様!」
ふらりと体が少し傾いだ。ベルテが慌てて彼の体を支える。
よく見ると真っ青になって震えている。
「だ、大……」
「大丈夫なわけありませんよ」
「どうか大事にしないでください。少々、魔力を使いすぎただけですから…」
「魔力を使いすぎたって……」
この顔色は少々どころではない。
「もしかして、途中からこんな状態だったのですか?」
途中、どこか違和感を感じた気がしたのは、気のせいではなかったのかもと、ベルテは思った。
「気づいていましたか? デルペシュ卿にも気づかれていたのですが、ベルテ様にも気づかれていたとは思いませんでした」
「前に授業で魔力切れになった人を見たことがあったから」
普通は魔力切れになるまで無理はしない。だが、その時、その生徒はポーションを作ろうとして、配合を間違えて錬成する際に魔力切れを起こしかけた。
「余計な騒ぎを起こしたくありませんから、お見逃しください」
「でも…」
「お願いします。ポーションを飲めばすぐ直りますから」
真剣な彼の表情に、ベルテは大事にしたくないという彼の願いを聞き入れるしかなかった。
「どうしたのだ?」
コソコソ話をしているベルテとヴァレンタインに国王が声をかけた。
「い、いえ、な、何でも」
「ベルテ様が、他に個人的に褒美をくださると仰っていただき、それでは二人で出掛けたいとお願いしていていたところです」
どう話せばいいかと戸惑うベルテに対し、ヴァレンタインがさらりと口から言葉が出た。
「えっ!」
「なるほど、それはいいことだ。婚約したばかりだから、互いを知るために時間を取ることはいいことだ」
驚いているベルテを尻目に、国王はそうかそうかとニコニコと頷いている。
それを見てベルテは違うと言えず、ヴァレンタインを睨んだ。
「ひとつ貸しですよ」
騎士として魔力切れまで戦うのは恥とでも思ったのだろうか。ベルテはふうっとため息を吐いた。
「どこでもベルテ様が行きたいところに、付き合います。したいこと、ほしいものを遠慮なく仰ってください」
「お前たち、いつまでイチャついている」
国王がまたもやからかってきた。
「イチャついてなど」
「申し訳ございません。優勝の喜びとベルテ様の祝福に感極まっておりました」
ヴァレンタインは少し持ち直したのか、すっと立ち上がった。
まだ少し顔色は悪いが、さっきよりは頬に赤味がさしている。
「ベルテ王女殿下」
そこへ惜しくも優勝を逃したバーラードがやってきた。
怪我も治り、衣服も綺麗に洗浄されている。
「何用だ、バーラード」
近づいてくるバーラードとベルテの間に、ヴァレンタインが立ちはだかり、彼の視線からベルテを隠す。
「そんな警戒をしなくてもいいだろう」
「お前は私に負けたのだ。ベルテ様からのキスは私のもの。今更何の用がある」
「確かに負けたが、ここまで頑張ったことを、少しは褒めていただこうと思ったんだ。それすらも許してもらえないのか。嫉妬深いと嫌われるぞ」
「ヴァレンタイン様、バーラード卿も頑張ったことな認めてあげましょう。お花、ありがとうございました」
ヴァレンタインは憮然とした表情だったが、そこから動くなと、牽制して渋々言葉を交わすことは認めた。
「とんでもございません。私もベルテ様に名前と顔を覚えていただけて、光栄でございます」
「すぐに忘れても構いませんよ」
すかさずヴァレンタインが応酬した。バーラードはピクッと右の眉を動かしたが、ふっと笑っただけで何も言わなかった。
「コホン、やけに積極的だな。婚約者だから、まあ…それも致し方ないか」
慌てて唇を外したベルテに、国王が言った。
「ち、ちが」
「ベルテ様」
焦って口元を拭おうとしたベルテの手首を、ヴァレンタインが掴んだ。
「駄目ですよ、そんなことをしては、皆が注目しています」
言われて周りを見渡すと、無数の目がこっちを見ていた。
彼はベルテが口元を拭うのを諦めたのを察すると、掴んでいた手を離した。
「わ、私……そんなつもりでは……」
顔を真っ赤にして、小声でベルテはヴァレンタインに訴えた。唇にキスするつもりはなかったのだと。
「わかっておりますが、これは失敗のうちに入りませんよ。陛下のおっしゃるとおり、私達は婚約者なのですからね」
にこりとヴァレンタインは笑い、とんでもないことを口走った。
「私にとっては、思いもかけないご褒美でしたけど」
「ご!」
ベルテはびっくりして言葉が出なかった。
「か、からかうのは…」
「からかってはおりません。私は…!!」
その時ヴァレンタインが低く呻き、そして手を覆い俄に咳き込みだした。
「ゴホッ!」
「ど、どう、! それは!」
どうしたのかと尋ねようとしたベルテは、口元を覆った彼の指の間から、赤い血が溢れるのを目にした。
「ヴァレンタイン様!」
ふらりと体が少し傾いだ。ベルテが慌てて彼の体を支える。
よく見ると真っ青になって震えている。
「だ、大……」
「大丈夫なわけありませんよ」
「どうか大事にしないでください。少々、魔力を使いすぎただけですから…」
「魔力を使いすぎたって……」
この顔色は少々どころではない。
「もしかして、途中からこんな状態だったのですか?」
途中、どこか違和感を感じた気がしたのは、気のせいではなかったのかもと、ベルテは思った。
「気づいていましたか? デルペシュ卿にも気づかれていたのですが、ベルテ様にも気づかれていたとは思いませんでした」
「前に授業で魔力切れになった人を見たことがあったから」
普通は魔力切れになるまで無理はしない。だが、その時、その生徒はポーションを作ろうとして、配合を間違えて錬成する際に魔力切れを起こしかけた。
「余計な騒ぎを起こしたくありませんから、お見逃しください」
「でも…」
「お願いします。ポーションを飲めばすぐ直りますから」
真剣な彼の表情に、ベルテは大事にしたくないという彼の願いを聞き入れるしかなかった。
「どうしたのだ?」
コソコソ話をしているベルテとヴァレンタインに国王が声をかけた。
「い、いえ、な、何でも」
「ベルテ様が、他に個人的に褒美をくださると仰っていただき、それでは二人で出掛けたいとお願いしていていたところです」
どう話せばいいかと戸惑うベルテに対し、ヴァレンタインがさらりと口から言葉が出た。
「えっ!」
「なるほど、それはいいことだ。婚約したばかりだから、互いを知るために時間を取ることはいいことだ」
驚いているベルテを尻目に、国王はそうかそうかとニコニコと頷いている。
それを見てベルテは違うと言えず、ヴァレンタインを睨んだ。
「ひとつ貸しですよ」
騎士として魔力切れまで戦うのは恥とでも思ったのだろうか。ベルテはふうっとため息を吐いた。
「どこでもベルテ様が行きたいところに、付き合います。したいこと、ほしいものを遠慮なく仰ってください」
「お前たち、いつまでイチャついている」
国王がまたもやからかってきた。
「イチャついてなど」
「申し訳ございません。優勝の喜びとベルテ様の祝福に感極まっておりました」
ヴァレンタインは少し持ち直したのか、すっと立ち上がった。
まだ少し顔色は悪いが、さっきよりは頬に赤味がさしている。
「ベルテ王女殿下」
そこへ惜しくも優勝を逃したバーラードがやってきた。
怪我も治り、衣服も綺麗に洗浄されている。
「何用だ、バーラード」
近づいてくるバーラードとベルテの間に、ヴァレンタインが立ちはだかり、彼の視線からベルテを隠す。
「そんな警戒をしなくてもいいだろう」
「お前は私に負けたのだ。ベルテ様からのキスは私のもの。今更何の用がある」
「確かに負けたが、ここまで頑張ったことを、少しは褒めていただこうと思ったんだ。それすらも許してもらえないのか。嫉妬深いと嫌われるぞ」
「ヴァレンタイン様、バーラード卿も頑張ったことな認めてあげましょう。お花、ありがとうございました」
ヴァレンタインは憮然とした表情だったが、そこから動くなと、牽制して渋々言葉を交わすことは認めた。
「とんでもございません。私もベルテ様に名前と顔を覚えていただけて、光栄でございます」
「すぐに忘れても構いませんよ」
すかさずヴァレンタインが応酬した。バーラードはピクッと右の眉を動かしたが、ふっと笑っただけで何も言わなかった。
22
お気に入りに追加
3,201
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください>
私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
最後に報われるのは誰でしょう?
ごろごろみかん。
恋愛
散々婚約者に罵倒され侮辱されてきたリリアは、いい加減我慢の限界を迎える。
「もう限界だ、きみとは婚約破棄をさせてもらう!」と婚約者に突きつけられたリリアはそれを聞いてラッキーだと思った。
限界なのはリリアの方だったからだ。
なので彼女は、ある提案をする。
「婚約者を取り替えっこしませんか?」と。
リリアの婚約者、ホシュアは婚約者のいる令嬢に手を出していたのだ。その令嬢とリリア、ホシュアと令嬢の婚約者を取り替えようとリリアは提案する。
「別にどちらでも私は構わないのです。どちらにせよ、私は痛くも痒くもないですから」
リリアには考えがある。どっちに転ぼうが、リリアにはどうだっていいのだ。
だけど、提案したリリアにこれからどう物事が進むか理解していないホシュアは一も二もなく頷く。
そうして婚約者を取り替えてからしばらくして、辺境の街で聖女が現れたと報告が入った。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
あなたには彼女がお似合いです
風見ゆうみ
恋愛
私の婚約者には大事な妹がいた。
妹に呼び出されたからと言って、パーティー会場やデート先で私を置き去りにしていく、そんなあなたでも好きだったんです。
でも、あなたと妹は血が繋がっておらず、昔は恋仲だったということを知ってしまった今では、私のあなたへの思いは邪魔なものでしかないのだと知りました。
ずっとあなたが好きでした。
あなたの妻になれると思うだけで幸せでした。
でも、あなたには他に好きな人がいたんですね。
公爵令嬢のわたしに、伯爵令息であるあなたから婚約破棄はできないのでしょう?
あなたのために婚約を破棄します。
だから、あなたは彼女とどうか幸せになってください。
たとえわたしが平民になろうとも婚約破棄をすれば、幸せになれると思っていたのに――
※作者独特の異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。
※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
お言葉を返すようですが、私それ程暇人ではありませんので
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
<あなた方を相手にするだけ、時間の無駄です>
【私に濡れ衣を着せるなんて、皆さん本当に暇人ですね】
今日も私は許婚に身に覚えの無い嫌がらせを彼の幼馴染に働いたと言われて叱責される。そして彼の腕の中には怯えたふりをする彼女の姿。しかも2人を取り巻く人々までもがこぞって私を悪者よばわりしてくる有様。私がいつどこで嫌がらせを?あなた方が思う程、私暇人ではありませんけど?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】お姉様!脱お花畑いたしましょう
との
恋愛
「私と結婚して頂けますか?」
今日は人生で最高に幸せな日ですわ。リオンから結婚を申し込まれましたの。
真実の愛だそうです。
ホントに? お花畑のお姉様ですから、とっても心配です。私の中のお姉様情報には引っかかっていない方ですし。
家族のため頑張って、脱お花畑目指していただきます。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿です。不慣れな点、多々あるかと思います。
よろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる