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第八章 約束

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 魔力が底をつけば瀕死の状態になる。
 すでに三十分以上の激闘を繰り広げ、体力も限界の筈だ。

「ふむ。あんなに勝ちに拘るベルクトフを初めて見るな」
「優勝しか見えていないみたいですわね」

 国王のエンリエッタがちらりとベルテを見る。

「少々煽りすぎたか」
「これくらい本気になってもらわないと、可愛いベルテ様のためはね」
「父上も母上も面白がりすぎです」

 ディランが両親に冷ややかな視線を向ける。

 しかし、ベルテはそんな三人の話などまるで聞いていなかった。

(あんなに魔力を消費して大丈夫なの?)

 彼の限界を知らないし、騎士であるならこれくらい出来て当たり前なのか。
 それとも決勝戦にまで勝ち上がる彼らが特別なのか。
 
 ヴァレンタインが次々と炎の弾をバーラードに放ち、それを彼は必死で避ける。
 しかし彼も体力の限界か、避けきれずに炎が当たり、衣服の端が燃えている。
 
 いくつかは風で弾き飛ばし、剣で振り払い、何とか持ち堪えているが、ヴァレンタインからの攻撃は止むことがない。
 フラフラとなったバーラードに、すかさずヴァレンタインが炎の影から斬りかかった。

「あ!」

 会場にいる全員が声を上げた。

カキイイイン 

 バーラードの手から剣が弾け飛び、審判のデルペシュの側に突き刺さった。
 尻もちを突いて座り込む彼の喉元に、ヴァレンタインの剣先が突き付けられる。

 両手をバンザイして、敗者となったバーラードが肩を落とす。

「ま、まいりました」

 彼の額からタラリと血が流れ落ち、髪の毛がチリチリと焼けている。

「そこまで、勝者、ベルクトフ!」

 デルペシュが高らかに宣言し、一瞬の静けさの後で、大きな割れんばかりの歓声が会場内に響き渡った。

「良かったね、姉上」

 ようやく終わったとほっと胸を撫で下ろすベルテに、ディランがニマニマして言った。

「長かった。お尻が痛くなったわ」

 お尻が痛いのも本当だ。座り心地のいい椅子に座っていてもそうなのだから、石の観覧席ならもっと痛いだろう。
 
(これって、喜んでいいのよね)

 心の中では、大きな事故もなくようやく終わってほっとしていたが、ヴァレンタインが勝ったことの喜びをそのまま顔に出してもいいのかわからない。  

「さあ、表彰式だな」

 国王が表彰式に挑むべく立ち上がった。

「さあ、ベルテ、お前も」

 そしてベルテを誘って手を伸ばした。

「え? なぜ?」
「何を呆けておる。表彰式には当然お前も立ち会うのだ」
「優勝者には、ベルテ王女からのキスも与えられるのですものね」
「あ……」

 エンリエッタの言葉に、すっかりそれを忘れていたベルテは、途端に緊張で身を強張らせた。

「あ、あの、それって冗談…」
「そんなわけない」

 冷たい返事が国王の口から発せられた。

「エンリエッタ様……ではだめですか?」
「姉上、諦めてはどうです?」
「ディラン、他人事だと思って」
「他人事ですからね。それに、婚約者のヴァレンタイン殿で良かったじゃないですか。これから何度もキスするでしょうし、普通は額だけどいっそのこと口に」
「あら、それもいいかも」
「絶対に嫌です。それならまだ額の方が」
「なら、いいな。行くぞ。グズグズするな」

 ディランの口車に乗せられてうっかり口を滑らせてしまったと、ベルテは恨みがましく彼を睨みながら、すごすごと父の後ろをついていった。

「これより表彰式を行う。今回の武闘大会の優勝者、ヴァレンタイン・ベルクトフ、前へ」
「は!」

 洗浄魔法で綺麗になったヴァレンタインが、デルペシュの掛け声に応え、騎士の礼を取りその場に片膝を突いた。

「ベルクトフ、見事な闘いぶりであった。バーラードもよく健闘した。これほどまでに実力のある者たちが騎士として国に仕えてくれていることに、心強く思う」
「有難きお言葉、痛み入ります」
「ありがとうございます。陛下」

 ヴァレンタインの後ろに控えているバーラードも、ヴァレンタインの後で感謝の言葉を述べた。 
 盆を掲げた従者が、国王の側に立つ。

「これは優勝者のメダルと報奨の目録だ。おめでとう」
「ありがとうございます」

 メダルが国王の手から首に掛けられ、目録が手渡された。

「それから…」

 国王が横に一歩ずれて、引き攣っているベルテを振り返る。
 
「王女から、優勝者に勝利のキスを授けよう」

 ベルテの姿を見て、ヴァレンタインは少し疲れていた顔を輝かせた。

「有難き幸せです」
「さあ、ベルテ」

 国王に背中を押され、ベルテはヴァレンタインの前に押し出された。

 スクリーンに自分の顔が大きく映し出され、ヴァレンタインの顔と並ぶ。

「ベルテ様、ベルテ様のキスが欲しくて、頑張りました」
「は?」

 会場には聞こえない声でヴァレンタインが囁いた。
 
「どうか、頑張った褒美をお与えください」

 アメジストの瞳をキラキラさせて、期待を込めてこちらを見る。

「わ、私のキスなんて、褒美になど…」
「なります」
「何をしておる、ベルテ、皆が待っているぞ」

 すごく恥ずかしかったが、ここは勢いだと覚悟を決めて、ベルテはヴァレンタインの肩に手を置き、目を瞑って額に軽く唇を押しあてようとした。
 しかし、目を瞑っていたため、目測を誤り、触れた感触に違和感を感じて目を見開くと、それはヴァレンタインの唇だった。

  
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