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第六章 お迎え

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「それに、お祝いも貰ってしまいました」

 そう言って、ベルテは膝に乗せた箱に触れる。

「お祝い? もしかしてその箱ですか?」
「はい。学園長から、婚約祝いだと今日いただきました」
「嬉しそうですね」
「ええ」

 さすがにベルテにも、ヴァレンタインからのチョコレートと花より喜んだことを言わないだけの分別はある。

「中はなんですか?」

 当然何をもらったのか気になるだろう。

「えっと、木彫りの馬です。少し前から学園長の部屋にあって、行くたびに眺めていたので、作者の許可をもらって贈ってくれたんです」

 箱の蓋を撫でながら、ベルテは答えた。

「とてもお気に入りなのですね」
「はい」

 王女ともあろうものが、木彫りの馬ごときで喜んでいるのかと、馬鹿にされるかと思ったが、意外にもヴァレンタインは何も言わなかった。
 
「何だか妬けます」
「え?」

 驚いてベルテはヴァレンタインを見た。

「な、何ておっしゃいました?」
「妬けると言ったのです。あなたが好きな物を知っている学園長にも、その大切そうに仕舞われている箱の中身にも、ヤキモチを妬いてしまいました。私は何も知りませんから。花や菓子など、ありきたりな物しか贈れません」
「いえ、あれとこれとは別というか……学園長は小さい頃から知っている方ですし…」
「小さい頃のベルテ様…とても可愛かったでしょうね。今でもお可愛らしいですが」
「へ…」

 またも彼の口から「可愛い」という言葉が飛び出し、ベルテは間抜けな声を漏らしてしまった。

「あの、ベル…、ヴァレンタイン様、それ止めてもらえますか」
「『それ』とは?」
「『可愛い』と、言うことです」
「私なりにベルテ様に対して抱いている感想ですが、お気に召しませんか?」
「お気に召しません。恥ずかしいです」

 ベルテはそう言った言葉を言われることに慣れていない。
 ベルテを可愛いと言うのは、亡くなった曾祖父とエンリエッタくらいだ。つまり、家族だけということになる。
 他の人から面と向かって言われるのは、恥ずかしくて困る。
 
「それに、あなたにそんなことを言われても、素直に喜べません」
「婚約者のことを褒めるのが、そんなにいけないことですか?」
「あなた、自分の顔を鏡で見たことありますか?」
「もちろん。朝には必ず見ます」
「ならわかりますよね。自分の顔を見た後で私の顔を見たら、とても『可愛い』などと思えないはずです」

 容姿にコンプレックスはないが、それでもヴァレンタインやシャンティエと比べれば、ベルテの顔など遙かに見劣りがする。

「自分の顔を見た後であなたの顔を見ても、やはり可愛いと思います」

 しれっと生真面目な顔で言われ、ベルテは二の句が継げない。

「しかし、あなたがお気に召さないと言うなら、出来るだけ言わないで心の中で留め置くことにします」

 ヴァレンタインは一応は納得してくれたようだが、不満げだった。
 はたしてそれが解決になるのかどうかわからなかったが、とりあえずこれ以上恥ずか死ぬのは免れた。

 そうこうしている内に、ようやく王宮の敷地に入り、最初の門を潜ったのを見て、ベルテはほっとした。
 この空間から一分でも早く逃れたい。
 狭い馬車の中(何度も言うが、侯爵家の馬車は六人乗っても余裕があるほど大きい)で、今にも窒息しそうだ。

「ところで、二週間後、騎士団で武闘大会が開催されるのですが、ご招待してもよろしいですか」

 王宮の玄関にそろそろ着くという頃合いで、ヴァレンタインが話を切り出した。

「武闘大会?」
「はい。一年に一度騎士団の精鋭が選抜され、剣術に馬術、弓に槍など、普段の鍛錬の成果を競い合います。優秀者には恩賞が与えられ、優勝すればメダルと栄誉が与えられます」
 
 国王と王妃がいつも参席しているらしい。しかし王妃がアレッサンドロのことがあって、離宮に引き籠もったため、今年はエンリエッタが国王と同席するらしい。

「あなたも出場するのですか?」
「いつもは周りから勧められて仕方なく出場していたのですが、ベルテ様が来て頂けるなら、今年は立候補して出場します」

 これまでの成績がどうだったか、聞かなくても何となく想像できた。
 きっと上位の成績だったのだろう。
 
「私の婚約者として、来て頂けますか?」
「か、考えておきます」

 もし出席したなら、ヴァレンタイン・ベルクトフの婚約者として初めて公の場に立つことになる。
 
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