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第六章 お迎え
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「あ、あの…なぜ先にベルクトフ家に行くのですか?」
隣に腰掛けたことは、置いておいて、ベルテは尋ねた
ベルクトフ家に先に行くように命じたのはなぜか。
先にベルテを王宮に送れば、そのまま二人はベルクトフ家に帰れる。
「先にベルクトフ家に行くのは、シャンティエを送り届けるためです。迎えに来たからにはきちんと送り届けないと、両親に叱られてしまいます」
「先にシャンティエ様を送る?」
「ええ。それからベルテ様を王宮に送り届けます」
「順番がおかしいと思います。それだとあなたが行ったり来たりになるではないですか。効率が悪いと思います」
学園からベルクトフ家、それから王宮に行ってまたベルクトフ家に戻るなんて非効率だ。
「何もおかしくありません。シャンティエは来客が待っているので、先に送るのです」
「お兄様、お客様とは、私にですか?」
「ああ、そうだ。デルペシュ卿が待っている。この意味がわかるか?」
「え!」
来客の名前を聞いて、シャンティエが馬車の中で大きな声を上げた。
「ブ、ブライアン様が……わ、我が家に?」
シャンティエは明らかに動揺している。
「昨日、陛下が彼に話をしてくださった。それで今日、急だが直接お前に会いたいと訪ねて来られることになった。ちょうどお前が帰宅する時間に来るそうだ。シャンティエ、聞いているのか?」
「も、もちろん…いえ、あの、そんな、私、制服で…お化粧も……」
シャンティエは動揺のあまり、ソワソワしていてヴァレンタインの話も耳に入っていなさそうだった。
学園では常に凛としているシャンティエとは、まるでイメージが違う。
「落ち着け、大丈夫だ。何も問題はない。それにデルペシュ卿に今更取り繕っても仕方がない」
「そ、それは、そうですが…でも、こ、心の準備が…もし、断られたら…」
「シャンティエ様を振る男性などいませんよ。アレッサンドロの場合は、向こうが馬鹿で節穴だったのです。デルペシュ卿は見る目のある方です。シャンティエ様はいつでも完璧ですよ。私と違って」
「そんな、ベルテ様も素敵ですわ」
「ありがとうございます。気を使っていただかなくても、自分のことは良くわかっています。地味でガリ勉の変わり者ですから」
自分が王女として完璧で非の打ち所がなかったなら、「白薔薇を愛でる会」も周りもあんなに騒がなかっただろう。
要は自分がヴァレンタイン・ベルクトフの隣に立つほどの器量がないだけなのだ。
「今の言葉は撤回してください。あなたとシャンティエはタイプは違うだけで、どちらが劣るとかはありません」
「え?」
驚いて隣を見ると、なぜかヴァレンタインが憤慨している。
(な、なぜ怒っているの)
「どこが変わり者なのですか? 地味などと、どの辺りを見て言っているのですか?」
「あの、ベルクトフ小侯爵?」
「ヴァレンタインです」
「えっと、ヴァレンタイン様、ここで私の容姿について論じても仕方がありません。どうか落ち着いてください」
「そうですよ、お兄様、落ち着いてください」
さっき言われた言葉を、今度はシャンティエが言った。
「地味などと…こんなに可愛らしいのに」
「え?」
ヴァレンタインが呟いた声は、車輪の音に混じって聞き取りにくいほど小さかったので、シャンティエには聞こえなかったようだが、ベルテの耳にはかろうじて聞き取れた。
「何か?」
物問いたげに彼を見るベルテに、ヴァレンタインが逆に尋ねた。
「い、いえ」
(聞き間違いよね。可愛いとか)
聞き間違いかとベルテは彼の方を見るが、聞き返す勇気はなかった。
「ところで、お兄様が非番の日に迎えに来られるなんて、私が学園に入ってから初めてですわね。いつもは非番の日は朝から出掛けて、いないではないですか」
「余計なことを言うな」
シャンティエが言い、ヴァレンタインはそれに対して顔を顰めた。
「婚約者を迎えに来てはいけないか? 婚約者を迎えに来るのは、私が初めてではないだろう?」
「いけないことはありませんし、もちろん他にもお迎えに来ている方はおりますが、お兄様がそんなことをされる方とは思いませんでした」
婚約者のいる令嬢を、相手の男性が迎えに来ることはよくある話だ。
婚約相手が同じ学生同士なら、一緒の馬車で帰ることもある。
「これまで婚約者も恋人もいなかったからしなかっただけで、しないと言った覚えはない」
「というか、そんな話を今までしたことはなかったですわよね」
「そうだな。お前とは大人になってからあまり言葉を交わしてこなかった。悪かった」
「謝る必要はありません。男兄弟とはそういうものだと思っていましたから」
ヴァレンタインが謝ったのは、アレッサンドロとの仲が冷え切っていたことを、兄も両親もこの間まで知らなかったことも関係しているのかもしれないと、ベルテは何となく思った。
アレッサンドロとベルテは、多分この先天変地異が起こっても、仲良くなることはないだろう。
だが、ヴァレンタインは妹であるシャンティエに、謝罪する気持ちは持っている。
兄としてはいい兄だ。
『人を欠点や周りの評価だけで判断し、その人を深く知ろうとしないのは、せっかくの縁を無駄にしていると言いたいのだよ』
学園長の言葉を、ベルテは思い出した。
(べ、別に、彼を婚約者として認めたわけじゃないわ。そう、これは案外いいお兄さんなんだなって、ちょっと思っただけよ)
何故か自分で自分に言いきかせた。
隣に腰掛けたことは、置いておいて、ベルテは尋ねた
ベルクトフ家に先に行くように命じたのはなぜか。
先にベルテを王宮に送れば、そのまま二人はベルクトフ家に帰れる。
「先にベルクトフ家に行くのは、シャンティエを送り届けるためです。迎えに来たからにはきちんと送り届けないと、両親に叱られてしまいます」
「先にシャンティエ様を送る?」
「ええ。それからベルテ様を王宮に送り届けます」
「順番がおかしいと思います。それだとあなたが行ったり来たりになるではないですか。効率が悪いと思います」
学園からベルクトフ家、それから王宮に行ってまたベルクトフ家に戻るなんて非効率だ。
「何もおかしくありません。シャンティエは来客が待っているので、先に送るのです」
「お兄様、お客様とは、私にですか?」
「ああ、そうだ。デルペシュ卿が待っている。この意味がわかるか?」
「え!」
来客の名前を聞いて、シャンティエが馬車の中で大きな声を上げた。
「ブ、ブライアン様が……わ、我が家に?」
シャンティエは明らかに動揺している。
「昨日、陛下が彼に話をしてくださった。それで今日、急だが直接お前に会いたいと訪ねて来られることになった。ちょうどお前が帰宅する時間に来るそうだ。シャンティエ、聞いているのか?」
「も、もちろん…いえ、あの、そんな、私、制服で…お化粧も……」
シャンティエは動揺のあまり、ソワソワしていてヴァレンタインの話も耳に入っていなさそうだった。
学園では常に凛としているシャンティエとは、まるでイメージが違う。
「落ち着け、大丈夫だ。何も問題はない。それにデルペシュ卿に今更取り繕っても仕方がない」
「そ、それは、そうですが…でも、こ、心の準備が…もし、断られたら…」
「シャンティエ様を振る男性などいませんよ。アレッサンドロの場合は、向こうが馬鹿で節穴だったのです。デルペシュ卿は見る目のある方です。シャンティエ様はいつでも完璧ですよ。私と違って」
「そんな、ベルテ様も素敵ですわ」
「ありがとうございます。気を使っていただかなくても、自分のことは良くわかっています。地味でガリ勉の変わり者ですから」
自分が王女として完璧で非の打ち所がなかったなら、「白薔薇を愛でる会」も周りもあんなに騒がなかっただろう。
要は自分がヴァレンタイン・ベルクトフの隣に立つほどの器量がないだけなのだ。
「今の言葉は撤回してください。あなたとシャンティエはタイプは違うだけで、どちらが劣るとかはありません」
「え?」
驚いて隣を見ると、なぜかヴァレンタインが憤慨している。
(な、なぜ怒っているの)
「どこが変わり者なのですか? 地味などと、どの辺りを見て言っているのですか?」
「あの、ベルクトフ小侯爵?」
「ヴァレンタインです」
「えっと、ヴァレンタイン様、ここで私の容姿について論じても仕方がありません。どうか落ち着いてください」
「そうですよ、お兄様、落ち着いてください」
さっき言われた言葉を、今度はシャンティエが言った。
「地味などと…こんなに可愛らしいのに」
「え?」
ヴァレンタインが呟いた声は、車輪の音に混じって聞き取りにくいほど小さかったので、シャンティエには聞こえなかったようだが、ベルテの耳にはかろうじて聞き取れた。
「何か?」
物問いたげに彼を見るベルテに、ヴァレンタインが逆に尋ねた。
「い、いえ」
(聞き間違いよね。可愛いとか)
聞き間違いかとベルテは彼の方を見るが、聞き返す勇気はなかった。
「ところで、お兄様が非番の日に迎えに来られるなんて、私が学園に入ってから初めてですわね。いつもは非番の日は朝から出掛けて、いないではないですか」
「余計なことを言うな」
シャンティエが言い、ヴァレンタインはそれに対して顔を顰めた。
「婚約者を迎えに来てはいけないか? 婚約者を迎えに来るのは、私が初めてではないだろう?」
「いけないことはありませんし、もちろん他にもお迎えに来ている方はおりますが、お兄様がそんなことをされる方とは思いませんでした」
婚約者のいる令嬢を、相手の男性が迎えに来ることはよくある話だ。
婚約相手が同じ学生同士なら、一緒の馬車で帰ることもある。
「これまで婚約者も恋人もいなかったからしなかっただけで、しないと言った覚えはない」
「というか、そんな話を今までしたことはなかったですわよね」
「そうだな。お前とは大人になってからあまり言葉を交わしてこなかった。悪かった」
「謝る必要はありません。男兄弟とはそういうものだと思っていましたから」
ヴァレンタインが謝ったのは、アレッサンドロとの仲が冷え切っていたことを、兄も両親もこの間まで知らなかったことも関係しているのかもしれないと、ベルテは何となく思った。
アレッサンドロとベルテは、多分この先天変地異が起こっても、仲良くなることはないだろう。
だが、ヴァレンタインは妹であるシャンティエに、謝罪する気持ちは持っている。
兄としてはいい兄だ。
『人を欠点や周りの評価だけで判断し、その人を深く知ろうとしないのは、せっかくの縁を無駄にしていると言いたいのだよ』
学園長の言葉を、ベルテは思い出した。
(べ、別に、彼を婚約者として認めたわけじゃないわ。そう、これは案外いいお兄さんなんだなって、ちょっと思っただけよ)
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