27 / 71
第五章 思いがけない贈り物
2
しおりを挟む
(え、ちょっと待って、何これ?)
パタンとベルテはカードを閉じた。
開くとまた最初からさっきの声が聞こえるので、慌てて封筒に戻す。
「ま、まあ、あなたの下僕ですって、信奉者ですって、素敵ね」
エンリエッタと女官長が感想を述べた。
エンリエッタは乙女のように目をキラキラさせて、頬を赤らめて悶えている。
女官長もエンリエッタほどではないが、自分の昔のことを思い出しているのか、遠い目をして同じく頬を赤らめている。
ベルテだけが真っ青になり別の意味で震えていた。
「それにしても、小侯爵って真面目ね。超が付くくらいだわ。あんなに顔も良くて才能もあってさぞモテるでしょうに、女性とのお付き合いに慣れていらっしゃらないなんて意外だわ」
「ですが、一生懸命王女殿下に尽くそうとされているところがいいですね」
(え、ど、同僚や先輩の助言? 何をどうやって聞いたの? まさか婚約者が誰とか、バラしたりしていないわよね)
もちろんベルテと彼の婚約に、世間的に大っぴらに出来ない事情などない。強いていえば、アレッサンドロとシャンティエの婚約解消後すぐに、婚約解消した当事者の妹と兄が婚約するということに、眉をしかめる者もいるかも知れないが、倫理的にどうということはない。
だからヴァレンタインが経験者などに助言を乞う際、相手が誰か話すことを止める必要はない。
それに、「フラワーガーデン」に買い物に彼が自分から行き、しかも店で一番高そうな詰め合わせを買う所を何人が見ただろう。
あの天下のヴァレンタイン・ベルクトフが、女性への贈り物だと言って赤い薔薇ニ十本と甘い物の詰め合わせを買った。
そんな噂など、あっという間に広がる。
ベルテがいくら統制したところで、なんの役にも立っていない。
むしろ、今日の昼になぜ言わなかったのかと責められる。
「ねえ、ベルテ様、すぐに返事を書きましょう」
「え、いえ…だ、大丈夫です。後で…」
婚約はなしで、と書こうと思ったが、この流れで書くのはさすがに申し訳ない。
だから、そんなすぐには書けないと言おうとした。
「だめよ。こういうのはいただいた時の感動が薄れないうちに書かないと」
「か、感動って……」
感動ではなく、今ベルテの胸のうちにあるのは戸惑いと微かな怒りだ。
贈り物は何がいいかとか、人に聞いたりして婚約の事実を周りにバラしたことに、なんでと文句くらい言ってもいいのではないかと思い直す。
(まあ、怒りも時間が経てば鎮静化するから、今この気持ちを書くのなら、今よね)
「ベルテ様も声の手紙にされますか?」
「えっ!」
レネッタがとんでもないことを口にする。
「そうね。それがいいわ。ベルテ様も……」
「いえ、それはいいです。やめてください」
「あらぁ、きっと小侯爵も喜ぶわよ」
「単なるお礼の手紙を書くだけです。そこまでしなくてもいいと思います」
ベルテは全身で拒否した。
第一彼がベルテの声を聞いて嬉しく思うかは、甚だ疑問だ。
それにしても、彼もここまですることはないのに、とベルテは思う。
これではまるで彼が婚約を喜んでいて、ベルテにアピールしているみたいだ。
エンリエッタは不服そうだったが、これが自分のやり方で、強制されるのは困ると伝えると、彼女の気持ちを汲んでくれて、不承不承納得してくれた。
「ヴァレンタイン様
お花とお菓子をありがとうございます。
昨日の今日でいただけると思わず、驚きしかありません。(いきなり贈ってきてどういうことですか)
私よりエンリエッタ様のほうが、この状況に興奮しておりました。(私はそうじゃない)
しかし、女性への贈り物を他人にお尋ねになるなんて、手慣れていらっしゃらないのですね。
意外でした。(どうして言いふらしたのですか)
ご同僚やご先輩方にもご迷惑をおかけしました。(大袈裟です)
正式なお披露目もしていないのに、皆様さぞ驚かれたことでしょう。(言う前に相談してほしかったです)
シャンティエ様にも当面は知らないフリをしていただけるよう、お願いしたところです。(私の気も知らないで、よくも言いふらしましたね)
シャンティエ様とは今日お昼をご一緒しました。
彼女と兄のアレッサンドロとの婚約解消については、あなた様も思うところがおありでしょうが、私は彼女と良き友人関係を築きたいと思っておりますので、ご理解いただけるおうれしいです。(まずは友達からとか段階があると思います)
取り急ぎ、贈り物のお礼です。ベルテ・シャルボイエ」
彼がこの行間に込めたベルテの気持ちを、汲んでくれるかどうかはわからない。
「う~ん、ちょっと硬い気もするけど、まあ、初めてならこんなものかしら」
エンリエッタはベルテの書いた文面に少し不満げの様子だったが、これが彼女の精一杯だった。
「お礼状としては十分だと思いますけど」
「もう少し色気とか、あ、最後に『次に会える日を楽しみにしています』とか、書くのはどうですか」
「ぜったいにいやです」
エンリエッタの提案に、ベルテは全力で否定した。
パタンとベルテはカードを閉じた。
開くとまた最初からさっきの声が聞こえるので、慌てて封筒に戻す。
「ま、まあ、あなたの下僕ですって、信奉者ですって、素敵ね」
エンリエッタと女官長が感想を述べた。
エンリエッタは乙女のように目をキラキラさせて、頬を赤らめて悶えている。
女官長もエンリエッタほどではないが、自分の昔のことを思い出しているのか、遠い目をして同じく頬を赤らめている。
ベルテだけが真っ青になり別の意味で震えていた。
「それにしても、小侯爵って真面目ね。超が付くくらいだわ。あんなに顔も良くて才能もあってさぞモテるでしょうに、女性とのお付き合いに慣れていらっしゃらないなんて意外だわ」
「ですが、一生懸命王女殿下に尽くそうとされているところがいいですね」
(え、ど、同僚や先輩の助言? 何をどうやって聞いたの? まさか婚約者が誰とか、バラしたりしていないわよね)
もちろんベルテと彼の婚約に、世間的に大っぴらに出来ない事情などない。強いていえば、アレッサンドロとシャンティエの婚約解消後すぐに、婚約解消した当事者の妹と兄が婚約するということに、眉をしかめる者もいるかも知れないが、倫理的にどうということはない。
だからヴァレンタインが経験者などに助言を乞う際、相手が誰か話すことを止める必要はない。
それに、「フラワーガーデン」に買い物に彼が自分から行き、しかも店で一番高そうな詰め合わせを買う所を何人が見ただろう。
あの天下のヴァレンタイン・ベルクトフが、女性への贈り物だと言って赤い薔薇ニ十本と甘い物の詰め合わせを買った。
そんな噂など、あっという間に広がる。
ベルテがいくら統制したところで、なんの役にも立っていない。
むしろ、今日の昼になぜ言わなかったのかと責められる。
「ねえ、ベルテ様、すぐに返事を書きましょう」
「え、いえ…だ、大丈夫です。後で…」
婚約はなしで、と書こうと思ったが、この流れで書くのはさすがに申し訳ない。
だから、そんなすぐには書けないと言おうとした。
「だめよ。こういうのはいただいた時の感動が薄れないうちに書かないと」
「か、感動って……」
感動ではなく、今ベルテの胸のうちにあるのは戸惑いと微かな怒りだ。
贈り物は何がいいかとか、人に聞いたりして婚約の事実を周りにバラしたことに、なんでと文句くらい言ってもいいのではないかと思い直す。
(まあ、怒りも時間が経てば鎮静化するから、今この気持ちを書くのなら、今よね)
「ベルテ様も声の手紙にされますか?」
「えっ!」
レネッタがとんでもないことを口にする。
「そうね。それがいいわ。ベルテ様も……」
「いえ、それはいいです。やめてください」
「あらぁ、きっと小侯爵も喜ぶわよ」
「単なるお礼の手紙を書くだけです。そこまでしなくてもいいと思います」
ベルテは全身で拒否した。
第一彼がベルテの声を聞いて嬉しく思うかは、甚だ疑問だ。
それにしても、彼もここまですることはないのに、とベルテは思う。
これではまるで彼が婚約を喜んでいて、ベルテにアピールしているみたいだ。
エンリエッタは不服そうだったが、これが自分のやり方で、強制されるのは困ると伝えると、彼女の気持ちを汲んでくれて、不承不承納得してくれた。
「ヴァレンタイン様
お花とお菓子をありがとうございます。
昨日の今日でいただけると思わず、驚きしかありません。(いきなり贈ってきてどういうことですか)
私よりエンリエッタ様のほうが、この状況に興奮しておりました。(私はそうじゃない)
しかし、女性への贈り物を他人にお尋ねになるなんて、手慣れていらっしゃらないのですね。
意外でした。(どうして言いふらしたのですか)
ご同僚やご先輩方にもご迷惑をおかけしました。(大袈裟です)
正式なお披露目もしていないのに、皆様さぞ驚かれたことでしょう。(言う前に相談してほしかったです)
シャンティエ様にも当面は知らないフリをしていただけるよう、お願いしたところです。(私の気も知らないで、よくも言いふらしましたね)
シャンティエ様とは今日お昼をご一緒しました。
彼女と兄のアレッサンドロとの婚約解消については、あなた様も思うところがおありでしょうが、私は彼女と良き友人関係を築きたいと思っておりますので、ご理解いただけるおうれしいです。(まずは友達からとか段階があると思います)
取り急ぎ、贈り物のお礼です。ベルテ・シャルボイエ」
彼がこの行間に込めたベルテの気持ちを、汲んでくれるかどうかはわからない。
「う~ん、ちょっと硬い気もするけど、まあ、初めてならこんなものかしら」
エンリエッタはベルテの書いた文面に少し不満げの様子だったが、これが彼女の精一杯だった。
「お礼状としては十分だと思いますけど」
「もう少し色気とか、あ、最後に『次に会える日を楽しみにしています』とか、書くのはどうですか」
「ぜったいにいやです」
エンリエッタの提案に、ベルテは全力で否定した。
22
お気に入りに追加
3,200
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
大嫌いなんて言ってごめんと今さら言われても
はなまる
恋愛
シルベスタ・オリヴィエは学園に入った日に恋に落ちる。相手はフェリオ・マーカス侯爵令息。見目麗しい彼は女生徒から大人気でいつも彼の周りにはたくさんの令嬢がいた。彼を独占しないファンクラブまで存在すると言う人気ぶりで、そんな中でシルベスタはファンクアブに入り彼を応援するがシルベスタの行いがあまりに過激だったためついにフェリオから大っ嫌いだ。俺に近づくな!と言い渡された。
だが、思わぬことでフェリオはシルベスタに助けを求めることになるが、オリヴィエ伯爵家はシルベスタを目に入れても可愛がっており彼女を泣かせた男の家になどとけんもほろろで。
フェリオの甘い誘いや言葉も時すでに遅く…
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
[完結] 私を嫌いな婚約者は交代します
シマ
恋愛
私、ハリエットには婚約者がいる。初めての顔合わせの時に暴言を吐いた婚約者のクロード様。
両親から叱られていたが、彼は反省なんてしていなかった。
その後の交流には不参加もしくは当日のキャンセル。繰り返される不誠実な態度に、もう我慢の限界です。婚約者を交代させて頂きます。
政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~
つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。
政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。
他サイトにも公開中。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
最後に報われるのは誰でしょう?
ごろごろみかん。
恋愛
散々婚約者に罵倒され侮辱されてきたリリアは、いい加減我慢の限界を迎える。
「もう限界だ、きみとは婚約破棄をさせてもらう!」と婚約者に突きつけられたリリアはそれを聞いてラッキーだと思った。
限界なのはリリアの方だったからだ。
なので彼女は、ある提案をする。
「婚約者を取り替えっこしませんか?」と。
リリアの婚約者、ホシュアは婚約者のいる令嬢に手を出していたのだ。その令嬢とリリア、ホシュアと令嬢の婚約者を取り替えようとリリアは提案する。
「別にどちらでも私は構わないのです。どちらにせよ、私は痛くも痒くもないですから」
リリアには考えがある。どっちに転ぼうが、リリアにはどうだっていいのだ。
だけど、提案したリリアにこれからどう物事が進むか理解していないホシュアは一も二もなく頷く。
そうして婚約者を取り替えてからしばらくして、辺境の街で聖女が現れたと報告が入った。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
お父様お母様、お久しぶりです。あの時わたしを捨ててくださりありがとうございます
柚木ゆず
恋愛
ヤニックお父様、ジネットお母様。お久しぶりです。
わたしはアヴァザール伯爵家の長女エマとして生まれ、6歳のころ貴方がたによって隣国に捨てられてしまいましたよね?
当時のわたしにとってお二人は大事な家族で、だからとても辛かった。寂しくて悲しくて、捨てられたわたしは絶望のどん底に落ちていました。
でも。
今は、捨てられてよかったと思っています。
だって、その出来事によってわたしは――。大切な人達と出会い、大好きな人と出逢うことができたのですから。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
公爵夫人は愛されている事に気が付かない
山葵
恋愛
「あら?侯爵夫人ご覧になって…」
「あれはクライマス公爵…いつ見ても惚れ惚れしてしまいますわねぇ~♡」
「本当に女性が見ても羨ましいくらいの美形ですわねぇ~♡…それなのに…」
「本当にクライマス公爵が可哀想でならないわ…いくら王命だからと言ってもねぇ…」
社交パーティーに参加すれば、いつも聞こえてくる私への陰口…。
貴女達が言わなくても、私が1番、分かっている。
夫の隣に私は相応しくないのだと…。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~
tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!!
壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは???
一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる