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第二章 想像しなかったとばっちり

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 ヴァレンタインは間近で見ても男前だった。
 アレッサンドロも性格と頭は良くなかったが、顔の造作は群を抜いていた。
 しかし、ヴァレンタインと比べれば、自慢の美貌も並に見えてしまう。

(でも、性格はどうなんだろう)

 女性達にとって彼は憧れの存在ではあるが、性格については人当たりは良く、貴族の令息として礼儀正しいと誰かが言っていた。しかしそれ以外のことは実はあまり良く知られていない。
 
「二人の婚約が決まって五年。これまでシャンティエ嬢には王太子妃教育に勤しんでもらってきたが、それも無駄になり、誠に申し訳ない」

 終始国王は謝り通しだった。威厳も何もないとベルテは思うが、父としては致し方ない。

「しかも、妹が兄を断罪するという情けない事態になり、余は親として情けない限りだ」

 皆の視線がこちらに注がれ、ベルテは心の中でやばいと思いながら、何も悪いことはしていないという顔をした。
 フッとヴァレンタインがまたもや笑った。

「おそれながら陛下、王太子妃として活かすことは出来ませんが、受けた教育は無駄とは思っておりません。ですので、それ以上は仰らないでください」

 シャンティエが平謝りする国王に告げる。

「そうです、陛下。アレッサンドロ様と娘は、縁がなかったのです。不幸な婚姻を結ぶことにならず、良かったと思うことにいたしましょう。それに、この件で我々の王家への忠誠が揺らぐことはありません」
 
 ベルクトフ侯爵も気にしていないと国王に伝える。

「シャンティエ嬢には、このことで将来の婚姻に差障りがないよう、余が責任を持つ。望めばどのような相手でも余が取り持つゆえ、遠慮なく言ってくれ」
「そのようにお気遣い戴き、ありがとうございます。それで、娘とも話し合ったのですが……」

 ちらりと侯爵が夫人と顔を合わせ、夫人も困ったように夫と目配せし合う。

 今日のこの場がシャンティエ嬢の新たな相手について、その要望を聞くためだったのかと、ベルテは緊張を解いた。

「もしや、どなたか意中の方が?」

 それまで黙っていたエンリエッタが身を乗り出した。
 永遠の乙女を自称する彼女は、男女の色恋話が大好物なのだ。
 ベルテにも折りに触れ学園内に素敵な殿方はいないのか、教師でもいいが憧れの人はいないのかと、しつこく聞いてくる。

「はい。陛下方には申し訳ございませんが、実は私、お慕いしている方がおります。ですが、アレッサンドロ様との婚約でその方との縁は諦めておりました」
「まあ」

 エンリエッタの目がキラキラ輝く。

(そうか。シャンティエ嬢、好きな人がいるんだ)

「このような事態になりましたが、この婚約の解消は娘にとっても良かったことになります。ですから、陛下がこれ以上お心を痛められる必要はございません」
「な、なんと……」

 喜んでいいのか悲しんでいいのか、国王の心中は複雑だった。

 もし婚約が解消されなければ、シャンティエは他に好きな人がいながら、アレッサンドロと結婚するところだった。

「それで、相手は……まさか、既婚者とかではないだろうな。いかに余でもすでに妻がいる者と、無理矢理別れさせてまでは難しいぞ」
「その心配はございません。正真正銘独身の方でいらっしゃいます」
「そ、そうか、わかった。では、その、相手とは?」

 シャンティエの意中の相手が独身であるならば、侯爵たちはなぜ渋い顔をしているのか。
 他に何か問題でもあるのだろうか。

「その……お恥ずかしいのですが…」

 シャンティエは照れて頬を赤く染める。
 孤高の令嬢、氷の美姫とも称される彼女も、そんな顔をするのだ。
 彼女にアレッサンドロ以外に好きな人がいたことに驚いたが、恋と言うものは人をこうも別人にしてしまうものなのかと、ベルテは恐怖を覚えた。

「ブライアン・デルペシュ様です」
「え?」

 ベルクトフ侯爵家の面々以外の全員が、目を丸くした。

「ブライアン……? 騎士団長の、ブライアン・デルペシュ?」
「はい」

 国王が確認すると、シャンティエはきっぱりはっきり言った。

 ベルテはその人物の顔を思い浮かべる。
 ブライアン・デルペシュは、元は平民だが武勲を立て爵位を賜り、現在は伯爵だ。
 ついこの前も国王に付き添って学園に来ていた、武勇に優れた屈強な赤毛の男性。
 顔には歴戦の傷があり、彼の姿を見て恐ろしさに失神する貴婦人もいると聞く。
 アレッサンドロの剣の師でもあったが、彼は劣等生で騎士団長を苦手としていた。
 
「確か、彼は小侯爵の剣の師でもあったな」
「はい。今でも懇意にしていただいております」

 ヴァレンタインが国王に話を振られ、答えた。

 凛とした耳に心地よい声だ。美形は声もいいらしい。
 
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