9 / 71
第二章 想像しなかったとばっちり
2
しおりを挟む
「大丈夫です。そうなれば、私は研究者として一生を捧げます」
ベルテには結婚願望がない。今はまだ学生だからと逃げているが、そのうち誰かと結婚させられるのを、何としても避けたかったが、それは叶わぬことと半ばあきらめていた。
「大お祖父様が遺された研究を、私は卒業後も続けて行きたいのです」
ベルテの曽祖父は、錬金術師としての才能があった。
ベルテはその曽祖父の影響を受け、錬金術の研究に意欲を示している。しかし、結婚するとなると、夫の理解が得られるとは限らない。結婚しなくていいなら、渡りに船だ。
「はあ~、お前は…少しはシャンティエ嬢を見習え」
「それは無理です。そもそもの才能が違います。シャンティエ嬢みたいにはなれませんから、諦めてください」
「そんなことはわかっている。いちいち口答えするな。まったくアレッサンドロといい、お前といい、子供とはどうしてこうも思う通りに育たないのだ」
「陛下、お気を明るくお持ちください」
ため息を吐く国王を騎士団長が慰める。
「そうですぞ、陛下、此度のことは、私も副学園長の所業にまるで気付いておらず、己の不甲斐なさを悔やんでおりますが、こうして悪事が発覚したなら、後は二度とこのようなことが起こらぬよう、身を引き締める、そうして前を向いていくしかありません」
「学園長も、まだまだ引退できぬな」
「こうなれば、とことんやり抜きますよ」
学園長は六十半ばで、五年前にこの世を去ったベルテの曽祖父と、さほど歳は変わらない。幸い体はいたって健康で気力もある。
彼を慕っているベルテとしては、まだ引退はしないでほしいと思っている。
その後、アレッサンドロは王子としての身分は剥奪されなかったものの、王太子としては不適格であると判断された。
学生だからとか、一度の過ちだから恩情をという本人や正妃、正妃の実家の嘆願があったが、それは聞き入れられなかった。
代わりに第二王子のディランが立太子された。
ディランはわずか十歳にも関わらす、既に高等大学に入学できるだけの学力を持つ秀才だった。
小さいころは、もっと無邪気な年相応の子供だったが、五歳になるころ原因不明の熱病に侵されてから、急に大人びた子供になった。
ベルテのことも「姉上」と慕ってくれるが、不意に彼女も驚くくらい大人の思考と判断をする。
周囲ではアレッサンドロより国王に相応しいと言われていたが、長子相続の掟があるため、後継者爭いの火種になるのではと、密かに国王は悩んでいた。
そこに今回の騒動が起こった。
父親としてはどちらもかわいい我が子だが、国王としては、ディランが後を継ぐことで国政は安泰であるのは間違いない。
そして、正妃は此度のことを憂い、病を理由に離宮に引きこもることになった。
アレッサンドロも母親と共に、半ば幽閉に近い形で、離宮に留め置かれることとなった。
カトリーヌは、父親の営む商会にも調査の手が入り、賄賂や恐喝、そして密輸などに手を染めていたことが判明し、爵位剥奪、財産没収となり、男爵本人は比較的軽微な収容所に収監された。
その妻と娘のカトリーヌは、王都の外れにある修道院に入ることになった。
「あ~、すっきりした」
学園内の学生が憩うために設けられた庭園の一角で、パーティーから数日後、ベルテは伸びをして、学園内の平安を満喫していた。
『もう大丈夫なのですか?』
麦わら帽子を目深に被り、顔の下半分をスカーフで覆い、作業のためのツナギを着て、手袋長靴のその人物は魔法で空間に文字を書いて、ベルテのすぐ脇にいた人物が、彼女に質問した。
「心配してくれてありがとう、ヴァンさん」
ベルテがヴァンと呼んだ人物は、学園の庭を手入れしている庭師の一人だ。
しかし彼は正式に庭師として雇われているわけではなぬ、学園長が個人的にここでの庭作業を承認しているのだとベルテは聞いている。
ベルテもここで彼が作業している時しか話をしないし、彼の名前しか知らない。
骨格から男性だとはわかるが、年齢も不詳で顔もはっきり見たことがない。
しかも口がきけないらしく、耳は聞こえるということで、ベルテとは空中で文字を書いて会話をしている。
週に一回はここに来ているが、たまに長い間見かけない時もある。
初めて彼を見かけたのは一年前くらいだろうか。
彼が作業している傍らを通り過ぎたカトリーヌが、土が靴に付いたと文句を言っているので、水魔法で綺麗にしてやった。
少し加減を間違えて靴下までビチョビチョになったのは、ベルテの嫌がらせだったが。
これでいいだろう、綺麗になったと言ったら、カトリーヌは睨んでいた。
その頃からカトリーヌはアレッサンドロに近づき、他の令嬢たちを牽制していたが、ベルテには一応王女なので、表立っては逆らわないが、影では地味な芋くさだとか、ガリ勉で華がないとか、捻くれ者だとか悪口を言っているのは知っていた。
その後ベルテは魔法を使ったことで、教師に怒られた。
ベルテは氷と水魔法、そして切り傷程度なら治せる治癒魔法が使える。
魔力量は中程度で、得に才能があるわけでもない。
学園内では、授業などで許可された時以外で魔法を使うのは禁止されている。
不用意に使って、事故でも起こっては大変だからだ。
使った度合いにもよるが、カトリーヌが被害を大げさに訴えたため、ベルテは停学処分にされるところだった。
しかし、それがヴァンを庇うためだったと彼から事情を聞いた学園長が、厳重注意で許してくれた。
そこから時折、彼と庭で会うようになった。
ベルテには結婚願望がない。今はまだ学生だからと逃げているが、そのうち誰かと結婚させられるのを、何としても避けたかったが、それは叶わぬことと半ばあきらめていた。
「大お祖父様が遺された研究を、私は卒業後も続けて行きたいのです」
ベルテの曽祖父は、錬金術師としての才能があった。
ベルテはその曽祖父の影響を受け、錬金術の研究に意欲を示している。しかし、結婚するとなると、夫の理解が得られるとは限らない。結婚しなくていいなら、渡りに船だ。
「はあ~、お前は…少しはシャンティエ嬢を見習え」
「それは無理です。そもそもの才能が違います。シャンティエ嬢みたいにはなれませんから、諦めてください」
「そんなことはわかっている。いちいち口答えするな。まったくアレッサンドロといい、お前といい、子供とはどうしてこうも思う通りに育たないのだ」
「陛下、お気を明るくお持ちください」
ため息を吐く国王を騎士団長が慰める。
「そうですぞ、陛下、此度のことは、私も副学園長の所業にまるで気付いておらず、己の不甲斐なさを悔やんでおりますが、こうして悪事が発覚したなら、後は二度とこのようなことが起こらぬよう、身を引き締める、そうして前を向いていくしかありません」
「学園長も、まだまだ引退できぬな」
「こうなれば、とことんやり抜きますよ」
学園長は六十半ばで、五年前にこの世を去ったベルテの曽祖父と、さほど歳は変わらない。幸い体はいたって健康で気力もある。
彼を慕っているベルテとしては、まだ引退はしないでほしいと思っている。
その後、アレッサンドロは王子としての身分は剥奪されなかったものの、王太子としては不適格であると判断された。
学生だからとか、一度の過ちだから恩情をという本人や正妃、正妃の実家の嘆願があったが、それは聞き入れられなかった。
代わりに第二王子のディランが立太子された。
ディランはわずか十歳にも関わらす、既に高等大学に入学できるだけの学力を持つ秀才だった。
小さいころは、もっと無邪気な年相応の子供だったが、五歳になるころ原因不明の熱病に侵されてから、急に大人びた子供になった。
ベルテのことも「姉上」と慕ってくれるが、不意に彼女も驚くくらい大人の思考と判断をする。
周囲ではアレッサンドロより国王に相応しいと言われていたが、長子相続の掟があるため、後継者爭いの火種になるのではと、密かに国王は悩んでいた。
そこに今回の騒動が起こった。
父親としてはどちらもかわいい我が子だが、国王としては、ディランが後を継ぐことで国政は安泰であるのは間違いない。
そして、正妃は此度のことを憂い、病を理由に離宮に引きこもることになった。
アレッサンドロも母親と共に、半ば幽閉に近い形で、離宮に留め置かれることとなった。
カトリーヌは、父親の営む商会にも調査の手が入り、賄賂や恐喝、そして密輸などに手を染めていたことが判明し、爵位剥奪、財産没収となり、男爵本人は比較的軽微な収容所に収監された。
その妻と娘のカトリーヌは、王都の外れにある修道院に入ることになった。
「あ~、すっきりした」
学園内の学生が憩うために設けられた庭園の一角で、パーティーから数日後、ベルテは伸びをして、学園内の平安を満喫していた。
『もう大丈夫なのですか?』
麦わら帽子を目深に被り、顔の下半分をスカーフで覆い、作業のためのツナギを着て、手袋長靴のその人物は魔法で空間に文字を書いて、ベルテのすぐ脇にいた人物が、彼女に質問した。
「心配してくれてありがとう、ヴァンさん」
ベルテがヴァンと呼んだ人物は、学園の庭を手入れしている庭師の一人だ。
しかし彼は正式に庭師として雇われているわけではなぬ、学園長が個人的にここでの庭作業を承認しているのだとベルテは聞いている。
ベルテもここで彼が作業している時しか話をしないし、彼の名前しか知らない。
骨格から男性だとはわかるが、年齢も不詳で顔もはっきり見たことがない。
しかも口がきけないらしく、耳は聞こえるということで、ベルテとは空中で文字を書いて会話をしている。
週に一回はここに来ているが、たまに長い間見かけない時もある。
初めて彼を見かけたのは一年前くらいだろうか。
彼が作業している傍らを通り過ぎたカトリーヌが、土が靴に付いたと文句を言っているので、水魔法で綺麗にしてやった。
少し加減を間違えて靴下までビチョビチョになったのは、ベルテの嫌がらせだったが。
これでいいだろう、綺麗になったと言ったら、カトリーヌは睨んでいた。
その頃からカトリーヌはアレッサンドロに近づき、他の令嬢たちを牽制していたが、ベルテには一応王女なので、表立っては逆らわないが、影では地味な芋くさだとか、ガリ勉で華がないとか、捻くれ者だとか悪口を言っているのは知っていた。
その後ベルテは魔法を使ったことで、教師に怒られた。
ベルテは氷と水魔法、そして切り傷程度なら治せる治癒魔法が使える。
魔力量は中程度で、得に才能があるわけでもない。
学園内では、授業などで許可された時以外で魔法を使うのは禁止されている。
不用意に使って、事故でも起こっては大変だからだ。
使った度合いにもよるが、カトリーヌが被害を大げさに訴えたため、ベルテは停学処分にされるところだった。
しかし、それがヴァンを庇うためだったと彼から事情を聞いた学園長が、厳重注意で許してくれた。
そこから時折、彼と庭で会うようになった。
22
お気に入りに追加
3,216
あなたにおすすめの小説
婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい
矢口愛留
恋愛
【全11話】
学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。
しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。
クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。
スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。
※一話あたり短めです。
※ベリーズカフェにも投稿しております。
【完結】6歳の王子は無自覚に兄を断罪する
土広真丘
ファンタジー
ノーザッツ王国の末の王子アーサーにはある悩みがあった。
異母兄のゴードン王子が婚約者にひどい対応をしているのだ。
その婚約者は、アーサーにも優しいマリーお姉様だった。
心を痛めながら、アーサーは「作文」を書く。
※全2話。R15は念のため。ふんわりした世界観です。
前半はひらがなばかりで、読みにくいかもしれません。
主人公の年齢的に恋愛ではないかなと思ってファンタジーにしました。
小説家になろうに投稿したものを加筆修正しました。
妹がいなくなった
アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。
メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。
お父様とお母様の泣き声が聞こえる。
「うるさくて寝ていられないわ」
妹は我が家の宝。
お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。
妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。
曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」
「分かったわ」
「えっ……」
男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。
毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。
裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。
何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……?
★小説家になろう様で先行更新中
【完結】本当の悪役令嬢とは
仲村 嘉高
恋愛
転生者である『ヒロイン』は知らなかった。
甘やかされて育った第二王子は気付かなかった。
『ヒロイン』である男爵令嬢のとりまきで、第二王子の側近でもある騎士団長子息も、魔法師協会会長の孫も、大商会の跡取りも、伯爵令息も
公爵家の本気というものを。
※HOT最高1位!ありがとうございます!
アリシアの恋は終わったのです。
ことりちゃん
恋愛
昼休みの廊下で、アリシアはずっとずっと大好きだったマークから、いきなり頬を引っ叩かれた。
その瞬間、アリシアの恋は終わりを迎えた。
そこから長年の虚しい片想いに別れを告げ、新しい道へと歩き出すアリシア。
反対に、後になってアリシアの想いに触れ、遅すぎる行動に出るマーク。
案外吹っ切れて楽しく過ごす女子と、どうしようもなく後悔する残念な男子のお話です。
ーーーーー
12話で完結します。
よろしくお願いします(´∀`)
【完結】王女様がお好きなら、邪魔者のわたしは要らないですか?
曽根原ツタ
恋愛
「クラウス様、あなたのことがお嫌いなんですって」
エルヴィアナと婚約者クラウスの仲はうまくいっていない。
最近、王女が一緒にいるのをよく見かけるようになったと思えば、とあるパーティーで王女から婚約者の本音を告げ口され、別れを決意する。更に、彼女とクラウスは想い合っているとか。
(王女様がお好きなら、邪魔者のわたしは身を引くとしましょう。クラウス様)
しかし。破局寸前で想定外の事件が起き、エルヴィアナのことが嫌いなはずの彼の態度が豹変して……?
小説家になろう様でも更新中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる