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第二章 イルジャの秘密
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次の日、アルブはいつものとおり夜明け前に目が覚めた。
「おはよう」
「お、おは、おはよう」
すぐ目の前にイルジャの顔があって驚いた。
(そうか。僕、昨日イルジャと一緒に…)
「よく眠れたか?」
アルブの髪を掬い上げ、そこに口を付けてイルジャが尋ねた。
「う、うん…イ、イルジャは?」
一夜を過ごした後で、どんな会話をするものなのかよくわからない。
「俺も…と言いたいところだが、実はあまり眠れなかった」
「え、ほ、ほんとう?」
「アルブが隣にいて、眠れるわけがない」
「そ、そんな…」
「ひと晩くらい何てことはない」
「そ、そう…あ、あの、僕、日が完全に昇る前に、畑に…あ」
寝起きのイルジャの色気が凄くて、アルブは慌てて飛び起きようとしたが、イルジャに腕を引かれて彼の胸に倒れ込んだ。
「朝の口づけ」
後頭部を押さえ込んで唇を重ねる。
これがひと晩を共に過ごした者同士の朝なのかと、アルブはくすぐったい気持ちになった。
それ以上に、昨夜イルジャに触れられた自分がどんなふうだったかと思い出すと、恥ずかしさにいたたまれなくなった。
「ぼ、僕、ま、街へ行かないと…は、その前に畑に行ってくるね」
イルジャの腕の中は居心地が良過ぎる。
人肌の心地良さに、アルブは酔いしれそうになった。
恥ずかしさもあり、それが原因で早めに出てきてしまったのだった。
ラーシル教では、朝日が昇る時間と夕陽が沈む頃に行われる礼拝に祈りを捧げる。
アルブが神殿に辿り着くと、ちょうど朝の祈りを終えた人々が、大勢外へ出てくるところだった。
もう少し遅く来れば良かったかなと思わないでもなかったが、あれ以上家にいたらどうなっていたかわからない。
「イルジャの国の人って、どこにいるのかな」
巡礼の使者は専用の宿舎があると聞いているが、いくつも同じような棟があって、区別がつかない。
「何をしている!」
勢いよく来てみたものの、ウロウロしていると、案の定不審がられて警備の者らしい人物に声をかけられた。
鉄の胸当と小手、膝当てと兜を身につけ、槍を手にしている。
年齢はアルブとそれほど変わらなさそうだ。
彼はアルブを胡散臭げに睨みつけている。
「あ、あの…ぼ、僕は…」
「ここは他国からの貴賓の方々がいらっしゃる所だ。それを知って彷徨いているのか」
「あ、あの…ぼ、僕」
大きな声で咎められ、アルブはすっかり萎縮して言いたいことが言えない。それでもイルジャのためだと、拳をぎゅっと握りしめる。
「あの、シャ、シャム…ダル」
「え、何だって?」
アルブの声があまりに小さくて、彼には聞こえなかったようだ。
「えっと、シャムダルの人達の宿舎は」
「シャムダル?」
「は、はい。シャムダルの方々が巡礼に来ていると思うのですが…」
「シャムダルだと?」
男はアルブの言葉を聞いて、素っ頓狂な声を上げる。
「そうです。巡礼の一行が来ている筈」
「何か勘違いしていないか。シャムダルからの巡礼が来るのは、まだ一ヶ月先だ」
「え」
思ってもみなかったことを言われ、アルブは戸惑いを隠せない。
「え、で、でも…」
昨年イルジャと初めて出会った時、あれはシャムダルからの一団だったと聞いた。
服装も、掲げた国旗も間違いなくシャムダルのものだと言うことも、後から調べて確認した。
「何度も言わせるな、来ていないと言ったら来ていない。用がそれだけなら、さっさとこここら立ち去れ! 外国のお偉い方々が大勢泊まっていらっしゃるところにそんなみすぼらしい格好でウロウロされたら、こっちが困るんだ」
「あ!」
ドンっと体を押されてアルブはよろめいた。
「なんだ、文句でもあるのか。ほらほらいつまでもウロウロしていたら、痛いめにあわせるぞ!」
取り付く島もない対応に、アルブはその場を立ち去るしかなかった。
「おはよう」
「お、おは、おはよう」
すぐ目の前にイルジャの顔があって驚いた。
(そうか。僕、昨日イルジャと一緒に…)
「よく眠れたか?」
アルブの髪を掬い上げ、そこに口を付けてイルジャが尋ねた。
「う、うん…イ、イルジャは?」
一夜を過ごした後で、どんな会話をするものなのかよくわからない。
「俺も…と言いたいところだが、実はあまり眠れなかった」
「え、ほ、ほんとう?」
「アルブが隣にいて、眠れるわけがない」
「そ、そんな…」
「ひと晩くらい何てことはない」
「そ、そう…あ、あの、僕、日が完全に昇る前に、畑に…あ」
寝起きのイルジャの色気が凄くて、アルブは慌てて飛び起きようとしたが、イルジャに腕を引かれて彼の胸に倒れ込んだ。
「朝の口づけ」
後頭部を押さえ込んで唇を重ねる。
これがひと晩を共に過ごした者同士の朝なのかと、アルブはくすぐったい気持ちになった。
それ以上に、昨夜イルジャに触れられた自分がどんなふうだったかと思い出すと、恥ずかしさにいたたまれなくなった。
「ぼ、僕、ま、街へ行かないと…は、その前に畑に行ってくるね」
イルジャの腕の中は居心地が良過ぎる。
人肌の心地良さに、アルブは酔いしれそうになった。
恥ずかしさもあり、それが原因で早めに出てきてしまったのだった。
ラーシル教では、朝日が昇る時間と夕陽が沈む頃に行われる礼拝に祈りを捧げる。
アルブが神殿に辿り着くと、ちょうど朝の祈りを終えた人々が、大勢外へ出てくるところだった。
もう少し遅く来れば良かったかなと思わないでもなかったが、あれ以上家にいたらどうなっていたかわからない。
「イルジャの国の人って、どこにいるのかな」
巡礼の使者は専用の宿舎があると聞いているが、いくつも同じような棟があって、区別がつかない。
「何をしている!」
勢いよく来てみたものの、ウロウロしていると、案の定不審がられて警備の者らしい人物に声をかけられた。
鉄の胸当と小手、膝当てと兜を身につけ、槍を手にしている。
年齢はアルブとそれほど変わらなさそうだ。
彼はアルブを胡散臭げに睨みつけている。
「あ、あの…ぼ、僕は…」
「ここは他国からの貴賓の方々がいらっしゃる所だ。それを知って彷徨いているのか」
「あ、あの…ぼ、僕」
大きな声で咎められ、アルブはすっかり萎縮して言いたいことが言えない。それでもイルジャのためだと、拳をぎゅっと握りしめる。
「あの、シャ、シャム…ダル」
「え、何だって?」
アルブの声があまりに小さくて、彼には聞こえなかったようだ。
「えっと、シャムダルの人達の宿舎は」
「シャムダル?」
「は、はい。シャムダルの方々が巡礼に来ていると思うのですが…」
「シャムダルだと?」
男はアルブの言葉を聞いて、素っ頓狂な声を上げる。
「そうです。巡礼の一行が来ている筈」
「何か勘違いしていないか。シャムダルからの巡礼が来るのは、まだ一ヶ月先だ」
「え」
思ってもみなかったことを言われ、アルブは戸惑いを隠せない。
「え、で、でも…」
昨年イルジャと初めて出会った時、あれはシャムダルからの一団だったと聞いた。
服装も、掲げた国旗も間違いなくシャムダルのものだと言うことも、後から調べて確認した。
「何度も言わせるな、来ていないと言ったら来ていない。用がそれだけなら、さっさとこここら立ち去れ! 外国のお偉い方々が大勢泊まっていらっしゃるところにそんなみすぼらしい格好でウロウロされたら、こっちが困るんだ」
「あ!」
ドンっと体を押されてアルブはよろめいた。
「なんだ、文句でもあるのか。ほらほらいつまでもウロウロしていたら、痛いめにあわせるぞ!」
取り付く島もない対応に、アルブはその場を立ち去るしかなかった。
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