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第一章 巡礼の街
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何かが意識に働きかけたのか、元々眠りの浅いアルブは、ふと目を開けた。
「イルジャ?」
手を伸ばして、眠りにつくときにすぐ隣にいた筈のイルジャを探した。
しかしそこには誰もいない。
「イルジャ!」
ガバリと上半身を起こし、床に落ちたのかと覗きこんだが、そこには誰もいない。
「イルジャ!」
寝台から飛び降りて、靴を履くのも忘れて隣の部屋に行くが、そこにもやはり誰もいない。
「どこ?」
もしかして、記憶が戻って出ていったのか。
ーイルジャ、僕を置いて行ってしまったの?
自分と一緒に来ないかと言われ躊躇ったが、イルジャが出ていってしまったと考えるだけで、言いしれない不安がアルブに押し寄せた。
一年前、初めて会ったときから、なぜか彼のことが忘れられなかった。
しかし、たまたま言葉を交わしただけの、行きずりの人間だと割り切って考えていたので、彼のことは時折思い出す程度の存在だった。
なのに、僅か二日一緒に過ごしただけで、既に彼はアルブに取っては掛替えのない存在になってしまっていた。
ー馬鹿だ。僕は馬鹿だ。
失って初めて、そのことに気づいた。
ポロリと心細さに涙が滲み出る。
「イルジャ」
彼には帰る場所がある。いつまでもアルブの世界に留めておけないのは、わかっていた。でもいきなりいなくなるのは違う。せめて、別れの挨拶だけでもしたかった。
「イルジャ!」
「どうした、アルブ」
外に向かって叫んだら、入り口から慌ててイルジャが駆け込んできた。
「……イルジャ?」
目を瞬かせて、アルブは状況が掴めず彼の名を呟いた。
「何があった?」
イルジャはイルジャで、悲壮なアルブの声を聞いて、何事かと血相を変えてアルブに詰め寄った。
「イルジャ…」
「そうだ。どうした、アルブ」
扉から差し込んだ月明かりがイルジャの体を照らし、夜の空間に輪郭が浮び上がらせる。
月光を身に纏ったイルジャに、アルブは思わず抱きついた。
「うわ!」
がっしりした体格のイルジャは、アルブが飛びついてきたところで、倒れることはなかったが、突然の行動に何がなんだかわからず、慌てている。
「な、ななな、なんだ? 何があった」
「目が覚めたらイルジャがいなくて…何処にもいなくて…もしかしたら、記憶が戻って、僕を置いて行ったのかと…」
ぐすんと泣きべそをかきながら、アルブは必死で訴えた。
「す、すまない。ちょっと眠れなくて目が冴えたから外に出ていた」
「そうなんだ。良かった。挨拶もなしにいなくなったのかと…」
「馬鹿だな。たとえ記憶が戻ったとしても、何も言わずに出ていくことはしない」
「うん。そうだね。ごめんなさい」
イルジャなら挨拶もせずにいなくなることはないだろう。冷静に考えればわかる筈なのに、アルブは自分の早とちりを謝った。
「アルブ、だから、その…俺から離れてくれないか?」
「え?」
抱きついたままのアルブを引き離そうと、イルジャが肩を掴んで押し退けようとする。
「どうして? あ、苦しかった?」
「あ、いや、苦しいと言えば…そうかも知れないが…んん…その、色々な」
「どこが苦しいの? 傷が痛む? それなら薬を…」
イルジャが何やら言いにくそうに口籠るので、アルブは別の意味で心配になって尋ねた。
怪我をしたところがどうにかなっているのかも知れない。
「いや、薬は必要ないよ。少し経てば収まるから」
「収まる? 何か発作でも?」
「そうじゃなく…その…」
「大丈夫なの?」
そう尋ねたアルブのお腹に、何か硬いものが当たっていることに気づいた。
「……何か…」
「わ、や、やめろ」
お腹に当たるものにアルブが触れようとして、それをイルジャが止めようとした。
しかし間に合わず、アルブの手がその場所を掴んだ。
「う…」
イルジャがうめき声を漏らす。
「え…」
瞬時にアルブは自分が何を触ったか悟ったが、なぜここが硬くなっているのか理解できず、イルジャを見上げた。
「あの、えっと…イルジャ、これって…」
「アルブが悪いんだぞ」
驚いてすぐに手を離すことが出来ないままアルブが問いかけると、イルジャが深い溜息と共に呟いた。
「え、ぼ、僕? どうして?」
イルジャの股間が膨らんでいるのと、自分との関係がわからない。
「えっと…ご、ごめんなさい。僕、もしかして寝ている間に何かしたの?」
蹴飛ばしたり、殴ったりしたのだろうか。
「あんな無垢な寝顔で体を擦り付けてきて…今だって不用意に触れるから…」
「……え?」
「言っただろう? 俺はアルブが好きなんだ。好きな人と同じ寝台で、しかも体を密着させて、体が反応しないわけがない」
イルジャの言葉は耳に入っていたが、最初その意味をすぐに理解できなかった。
しかし、いかに初心なアルブでも、最低限の知識はある。
「え、え、えええ」
数分後、その意味をようやく理解したアルブは、当たりに響き渡る声を上げた。
「イルジャ?」
手を伸ばして、眠りにつくときにすぐ隣にいた筈のイルジャを探した。
しかしそこには誰もいない。
「イルジャ!」
ガバリと上半身を起こし、床に落ちたのかと覗きこんだが、そこには誰もいない。
「イルジャ!」
寝台から飛び降りて、靴を履くのも忘れて隣の部屋に行くが、そこにもやはり誰もいない。
「どこ?」
もしかして、記憶が戻って出ていったのか。
ーイルジャ、僕を置いて行ってしまったの?
自分と一緒に来ないかと言われ躊躇ったが、イルジャが出ていってしまったと考えるだけで、言いしれない不安がアルブに押し寄せた。
一年前、初めて会ったときから、なぜか彼のことが忘れられなかった。
しかし、たまたま言葉を交わしただけの、行きずりの人間だと割り切って考えていたので、彼のことは時折思い出す程度の存在だった。
なのに、僅か二日一緒に過ごしただけで、既に彼はアルブに取っては掛替えのない存在になってしまっていた。
ー馬鹿だ。僕は馬鹿だ。
失って初めて、そのことに気づいた。
ポロリと心細さに涙が滲み出る。
「イルジャ」
彼には帰る場所がある。いつまでもアルブの世界に留めておけないのは、わかっていた。でもいきなりいなくなるのは違う。せめて、別れの挨拶だけでもしたかった。
「イルジャ!」
「どうした、アルブ」
外に向かって叫んだら、入り口から慌ててイルジャが駆け込んできた。
「……イルジャ?」
目を瞬かせて、アルブは状況が掴めず彼の名を呟いた。
「何があった?」
イルジャはイルジャで、悲壮なアルブの声を聞いて、何事かと血相を変えてアルブに詰め寄った。
「イルジャ…」
「そうだ。どうした、アルブ」
扉から差し込んだ月明かりがイルジャの体を照らし、夜の空間に輪郭が浮び上がらせる。
月光を身に纏ったイルジャに、アルブは思わず抱きついた。
「うわ!」
がっしりした体格のイルジャは、アルブが飛びついてきたところで、倒れることはなかったが、突然の行動に何がなんだかわからず、慌てている。
「な、ななな、なんだ? 何があった」
「目が覚めたらイルジャがいなくて…何処にもいなくて…もしかしたら、記憶が戻って、僕を置いて行ったのかと…」
ぐすんと泣きべそをかきながら、アルブは必死で訴えた。
「す、すまない。ちょっと眠れなくて目が冴えたから外に出ていた」
「そうなんだ。良かった。挨拶もなしにいなくなったのかと…」
「馬鹿だな。たとえ記憶が戻ったとしても、何も言わずに出ていくことはしない」
「うん。そうだね。ごめんなさい」
イルジャなら挨拶もせずにいなくなることはないだろう。冷静に考えればわかる筈なのに、アルブは自分の早とちりを謝った。
「アルブ、だから、その…俺から離れてくれないか?」
「え?」
抱きついたままのアルブを引き離そうと、イルジャが肩を掴んで押し退けようとする。
「どうして? あ、苦しかった?」
「あ、いや、苦しいと言えば…そうかも知れないが…んん…その、色々な」
「どこが苦しいの? 傷が痛む? それなら薬を…」
イルジャが何やら言いにくそうに口籠るので、アルブは別の意味で心配になって尋ねた。
怪我をしたところがどうにかなっているのかも知れない。
「いや、薬は必要ないよ。少し経てば収まるから」
「収まる? 何か発作でも?」
「そうじゃなく…その…」
「大丈夫なの?」
そう尋ねたアルブのお腹に、何か硬いものが当たっていることに気づいた。
「……何か…」
「わ、や、やめろ」
お腹に当たるものにアルブが触れようとして、それをイルジャが止めようとした。
しかし間に合わず、アルブの手がその場所を掴んだ。
「う…」
イルジャがうめき声を漏らす。
「え…」
瞬時にアルブは自分が何を触ったか悟ったが、なぜここが硬くなっているのか理解できず、イルジャを見上げた。
「あの、えっと…イルジャ、これって…」
「アルブが悪いんだぞ」
驚いてすぐに手を離すことが出来ないままアルブが問いかけると、イルジャが深い溜息と共に呟いた。
「え、ぼ、僕? どうして?」
イルジャの股間が膨らんでいるのと、自分との関係がわからない。
「えっと…ご、ごめんなさい。僕、もしかして寝ている間に何かしたの?」
蹴飛ばしたり、殴ったりしたのだろうか。
「あんな無垢な寝顔で体を擦り付けてきて…今だって不用意に触れるから…」
「……え?」
「言っただろう? 俺はアルブが好きなんだ。好きな人と同じ寝台で、しかも体を密着させて、体が反応しないわけがない」
イルジャの言葉は耳に入っていたが、最初その意味をすぐに理解できなかった。
しかし、いかに初心なアルブでも、最低限の知識はある。
「え、え、えええ」
数分後、その意味をようやく理解したアルブは、当たりに響き渡る声を上げた。
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