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第一章 巡礼の街

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「アルブは優しいんだな」
「やさ…しい?」
「ああ、だって素性も知らない男たちの遺体を集めて、彼らのために祈ってあげたんだろ? 俺のことも、ほんの少し知っているだけで、ここまでしてくれた」
「でも、イルジャだって、僕のことを助けてくれた」

 彼は覚えていないことだろうが、先にそれがあったから、アルブも彼を助けようと思ったのだ。

「綺麗で賢くて優しい。アルブのような人に会えるなんてな」

 薬を塗り終わって瓶の蓋をすると、イルジャはアルブの顔に魅入る。
 こんなふうに誰かと正面切って顔を見合わせることに慣れていないアルブは、視線を反らそうとした。

「アルブ、顔を背けるな。俺はきちんと顔を見て話したい」
「ぼ、僕は…」
「わかっている。君はそういうことに慣れていない」
「そ、そう」
「でも、何度も言うが俺はアルブの顔が好きだ。顔だけじゃなく、その心根もね」
「す、好きって…」

 それはどの程度の「好き」なのだろう。誰かに「好き」だと言われたことがないので、どう捉えていいかわからない。こんなとき、他の人は何て言って返すのだろう。

「アルブは、俺のことは嫌いか?」

 無言でいると、イルジャの方から問いかけてきた。

「嫌い…わ、わからない。好きとか嫌いとかって考えたことがないから」
 
 誰かに好意を示す方法など知らない。声がやたら大きくて威圧的な人や、人を馬鹿にして悦に入る人など、苦手だと思う人はいる。しかし、好きとか嫌いとか言えるほどに誰かと深く関わってきたことはない。
 唯一深く関わったのは亡くなった師匠だが、彼女のことは好きとか嫌いとかで考えたことはなかった。
 与えられた運命を生きる。それがアルブの生き方。
 時折自分は何のために生まれてきたのかと考えることはあるが、その答えは未だ見つからない。

「なら、俺とこうしているのは、不快か?」

 イルジャは両手を差し出し、アルブの手を掴む。
 アルブは自分の白過ぎる手とイルジャの褐色の手をじっと見て、首を振る。

「いや…じゃない」

 手から伝わる人肌の温かさに、アルブの心はざわついた。
 ちらりと上目遣いにイルジャを見ると、アルブの答えが気に入ったのか、ニコニコと嬉しそうに笑っている。

「助けてくれたのが、アルブで良かった。俺は幸運だ」
「こ、幸運って…そんな」

 斬られて毒を盛られたのに、なぜそう思えるのか理解できない。

「君に会えて良かったよ」

 イルジャにそう言われて、アルブは涙が出そうになる。
 師匠がアルブを育てたことを、どう思っていたのか、もう知ることは出来ない。
 太陽から嫌われたアルブを拾っただけで面倒を見ることになった師匠も、十分お人好しだと思う。
 でも、心からそれを喜んでいたようにも思えない。
 喜怒哀楽の表情に乏しい師匠の感情を読み取るのは、アルブにとっては困難だった。
 ロキサのように隠れて気にかけてくれる人は時折いるが、それでもそれはほんの気まぐれにすぎない。
 それゆえ、前面に感情を表すイルジャの態度は、とても新鮮だった。しかし、それは同時にアルブを戸惑わせる。

「あ、ありがとう」

 それだけ言うのが精一杯だ。

「お礼を言うのは俺の方だ。俺の命の恩人で、天使のようなアルブ」
「その、天使って…」
「もちろん、君のことだ」
「それは…ここには僕と君しかいないから、僕のことかと思うけど、天使は神様に一番近い存在だ。でも僕は…」

 太陽に嫌われているアルブは、ラーシル教の神殿には極力近づかない。
 それでも、ラーシルの御像は広場にもあるし、師匠の遺した本の中に教典もある。だから天使が何なのかも知っている。
 ラーシルの側に常に寄り添い、仕える天使と同じに言われては、申し訳ない。

「別にラーシル教の天使とは言っていない。でも、この言い方が気に入らないなら、使わない」
「気に入らないとか…そんな…気を悪くしたならごめんなさい」

 彼の気分を害してしまったかと、謝った。

「アルブ、謝らなくていい。俺は気を悪くしてなんていない」
「で、でも…」
「俺は君に対して、気を悪くなどしない。アルブのことは気に入っている。というか、恩人というだけではなく、好意を持っている」
「こ…こここここ、好意?」

 さっきの「好き」という言葉よりも、さらに動揺する。
 「好き」と「好意」の違いはよくわからないが、アルブには「好意」のほうが更に強く気持ちが入っているように聞こえる。

「ふふ、アルブは可愛いな。そんなに動揺して、そんなアルブだからいいんだけど、もう少し他人からの称賛に素直にならならないとな。まあ、無理か」

 すでにいっぱいいっぱいの様子のアルブを見て、イルジャは苦笑する。
 自分が何者か。自分に何があったのか思い出せなくても、何もかも忘れたわけではない。
 基本的な生活知識は忘れていない。
 だから、アルブのことを見て感じる気持ちは、自分の本来の嗜好だと思っていいだろう。と彼は言った。
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