14 / 28
第一章 巡礼の街
14
しおりを挟む
「アルブは優しいんだな」
「やさ…しい?」
「ああ、だって素性も知らない男たちの遺体を集めて、彼らのために祈ってあげたんだろ? 俺のことも、ほんの少し知っているだけで、ここまでしてくれた」
「でも、イルジャだって、僕のことを助けてくれた」
彼は覚えていないことだろうが、先にそれがあったから、アルブも彼を助けようと思ったのだ。
「綺麗で賢くて優しい。アルブのような人に会えるなんてな」
薬を塗り終わって瓶の蓋をすると、イルジャはアルブの顔に魅入る。
こんなふうに誰かと正面切って顔を見合わせることに慣れていないアルブは、視線を反らそうとした。
「アルブ、顔を背けるな。俺はきちんと顔を見て話したい」
「ぼ、僕は…」
「わかっている。君はそういうことに慣れていない」
「そ、そう」
「でも、何度も言うが俺はアルブの顔が好きだ。顔だけじゃなく、その心根もね」
「す、好きって…」
それはどの程度の「好き」なのだろう。誰かに「好き」だと言われたことがないので、どう捉えていいかわからない。こんなとき、他の人は何て言って返すのだろう。
「アルブは、俺のことは嫌いか?」
無言でいると、イルジャの方から問いかけてきた。
「嫌い…わ、わからない。好きとか嫌いとかって考えたことがないから」
誰かに好意を示す方法など知らない。声がやたら大きくて威圧的な人や、人を馬鹿にして悦に入る人など、苦手だと思う人はいる。しかし、好きとか嫌いとか言えるほどに誰かと深く関わってきたことはない。
唯一深く関わったのは亡くなった師匠だが、彼女のことは好きとか嫌いとかで考えたことはなかった。
与えられた運命を生きる。それがアルブの生き方。
時折自分は何のために生まれてきたのかと考えることはあるが、その答えは未だ見つからない。
「なら、俺とこうしているのは、不快か?」
イルジャは両手を差し出し、アルブの手を掴む。
アルブは自分の白過ぎる手とイルジャの褐色の手をじっと見て、首を振る。
「いや…じゃない」
手から伝わる人肌の温かさに、アルブの心はざわついた。
ちらりと上目遣いにイルジャを見ると、アルブの答えが気に入ったのか、ニコニコと嬉しそうに笑っている。
「助けてくれたのが、アルブで良かった。俺は幸運だ」
「こ、幸運って…そんな」
斬られて毒を盛られたのに、なぜそう思えるのか理解できない。
「君に会えて良かったよ」
イルジャにそう言われて、アルブは涙が出そうになる。
師匠がアルブを育てたことを、どう思っていたのか、もう知ることは出来ない。
太陽から嫌われたアルブを拾っただけで面倒を見ることになった師匠も、十分お人好しだと思う。
でも、心からそれを喜んでいたようにも思えない。
喜怒哀楽の表情に乏しい師匠の感情を読み取るのは、アルブにとっては困難だった。
ロキサのように隠れて気にかけてくれる人は時折いるが、それでもそれはほんの気まぐれにすぎない。
それゆえ、前面に感情を表すイルジャの態度は、とても新鮮だった。しかし、それは同時にアルブを戸惑わせる。
「あ、ありがとう」
それだけ言うのが精一杯だ。
「お礼を言うのは俺の方だ。俺の命の恩人で、天使のようなアルブ」
「その、天使って…」
「もちろん、君のことだ」
「それは…ここには僕と君しかいないから、僕のことかと思うけど、天使は神様に一番近い存在だ。でも僕は…」
太陽に嫌われているアルブは、ラーシル教の神殿には極力近づかない。
それでも、ラーシルの御像は広場にもあるし、師匠の遺した本の中に教典もある。だから天使が何なのかも知っている。
ラーシルの側に常に寄り添い、仕える天使と同じに言われては、申し訳ない。
「別にラーシル教の天使とは言っていない。でも、この言い方が気に入らないなら、使わない」
「気に入らないとか…そんな…気を悪くしたならごめんなさい」
彼の気分を害してしまったかと、謝った。
「アルブ、謝らなくていい。俺は気を悪くしてなんていない」
「で、でも…」
「俺は君に対して、気を悪くなどしない。アルブのことは気に入っている。というか、恩人というだけではなく、好意を持っている」
「こ…こここここ、好意?」
さっきの「好き」という言葉よりも、さらに動揺する。
「好き」と「好意」の違いはよくわからないが、アルブには「好意」のほうが更に強く気持ちが入っているように聞こえる。
「ふふ、アルブは可愛いな。そんなに動揺して、そんなアルブだからいいんだけど、もう少し他人からの称賛に素直にならならないとな。まあ、無理か」
すでにいっぱいいっぱいの様子のアルブを見て、イルジャは苦笑する。
自分が何者か。自分に何があったのか思い出せなくても、何もかも忘れたわけではない。
基本的な生活知識は忘れていない。
だから、アルブのことを見て感じる気持ちは、自分の本来の嗜好だと思っていいだろう。と彼は言った。
「やさ…しい?」
「ああ、だって素性も知らない男たちの遺体を集めて、彼らのために祈ってあげたんだろ? 俺のことも、ほんの少し知っているだけで、ここまでしてくれた」
「でも、イルジャだって、僕のことを助けてくれた」
彼は覚えていないことだろうが、先にそれがあったから、アルブも彼を助けようと思ったのだ。
「綺麗で賢くて優しい。アルブのような人に会えるなんてな」
薬を塗り終わって瓶の蓋をすると、イルジャはアルブの顔に魅入る。
こんなふうに誰かと正面切って顔を見合わせることに慣れていないアルブは、視線を反らそうとした。
「アルブ、顔を背けるな。俺はきちんと顔を見て話したい」
「ぼ、僕は…」
「わかっている。君はそういうことに慣れていない」
「そ、そう」
「でも、何度も言うが俺はアルブの顔が好きだ。顔だけじゃなく、その心根もね」
「す、好きって…」
それはどの程度の「好き」なのだろう。誰かに「好き」だと言われたことがないので、どう捉えていいかわからない。こんなとき、他の人は何て言って返すのだろう。
「アルブは、俺のことは嫌いか?」
無言でいると、イルジャの方から問いかけてきた。
「嫌い…わ、わからない。好きとか嫌いとかって考えたことがないから」
誰かに好意を示す方法など知らない。声がやたら大きくて威圧的な人や、人を馬鹿にして悦に入る人など、苦手だと思う人はいる。しかし、好きとか嫌いとか言えるほどに誰かと深く関わってきたことはない。
唯一深く関わったのは亡くなった師匠だが、彼女のことは好きとか嫌いとかで考えたことはなかった。
与えられた運命を生きる。それがアルブの生き方。
時折自分は何のために生まれてきたのかと考えることはあるが、その答えは未だ見つからない。
「なら、俺とこうしているのは、不快か?」
イルジャは両手を差し出し、アルブの手を掴む。
アルブは自分の白過ぎる手とイルジャの褐色の手をじっと見て、首を振る。
「いや…じゃない」
手から伝わる人肌の温かさに、アルブの心はざわついた。
ちらりと上目遣いにイルジャを見ると、アルブの答えが気に入ったのか、ニコニコと嬉しそうに笑っている。
「助けてくれたのが、アルブで良かった。俺は幸運だ」
「こ、幸運って…そんな」
斬られて毒を盛られたのに、なぜそう思えるのか理解できない。
「君に会えて良かったよ」
イルジャにそう言われて、アルブは涙が出そうになる。
師匠がアルブを育てたことを、どう思っていたのか、もう知ることは出来ない。
太陽から嫌われたアルブを拾っただけで面倒を見ることになった師匠も、十分お人好しだと思う。
でも、心からそれを喜んでいたようにも思えない。
喜怒哀楽の表情に乏しい師匠の感情を読み取るのは、アルブにとっては困難だった。
ロキサのように隠れて気にかけてくれる人は時折いるが、それでもそれはほんの気まぐれにすぎない。
それゆえ、前面に感情を表すイルジャの態度は、とても新鮮だった。しかし、それは同時にアルブを戸惑わせる。
「あ、ありがとう」
それだけ言うのが精一杯だ。
「お礼を言うのは俺の方だ。俺の命の恩人で、天使のようなアルブ」
「その、天使って…」
「もちろん、君のことだ」
「それは…ここには僕と君しかいないから、僕のことかと思うけど、天使は神様に一番近い存在だ。でも僕は…」
太陽に嫌われているアルブは、ラーシル教の神殿には極力近づかない。
それでも、ラーシルの御像は広場にもあるし、師匠の遺した本の中に教典もある。だから天使が何なのかも知っている。
ラーシルの側に常に寄り添い、仕える天使と同じに言われては、申し訳ない。
「別にラーシル教の天使とは言っていない。でも、この言い方が気に入らないなら、使わない」
「気に入らないとか…そんな…気を悪くしたならごめんなさい」
彼の気分を害してしまったかと、謝った。
「アルブ、謝らなくていい。俺は気を悪くしてなんていない」
「で、でも…」
「俺は君に対して、気を悪くなどしない。アルブのことは気に入っている。というか、恩人というだけではなく、好意を持っている」
「こ…こここここ、好意?」
さっきの「好き」という言葉よりも、さらに動揺する。
「好き」と「好意」の違いはよくわからないが、アルブには「好意」のほうが更に強く気持ちが入っているように聞こえる。
「ふふ、アルブは可愛いな。そんなに動揺して、そんなアルブだからいいんだけど、もう少し他人からの称賛に素直にならならないとな。まあ、無理か」
すでにいっぱいいっぱいの様子のアルブを見て、イルジャは苦笑する。
自分が何者か。自分に何があったのか思い出せなくても、何もかも忘れたわけではない。
基本的な生活知識は忘れていない。
だから、アルブのことを見て感じる気持ちは、自分の本来の嗜好だと思っていいだろう。と彼は言った。
1
お気に入りに追加
87
あなたにおすすめの小説
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
末っ子王子は婚約者の愛を信じられない。
めちゅう
BL
末っ子王子のフランは兄であるカイゼンとその伴侶であるトーマの結婚式で涙を流すトーマ付きの騎士アズランを目にする。密かに慕っていたアズランがトーマに失恋したと思いー。
お読みくださりありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる