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第一章 巡礼の街
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「うまい、腹が減っているから、なお美味い!」
鳴ったのはイルジャのお腹だった。いつから食べていないのかわからないが、少なくともアルブが彼を見つけてから、半日は経っている。
イルジャはロキサがくれたミートパイをあっという間に平らげた。
もともと半分だったミートパイを、アルブが四分の一食べていたので、残りは四分の三だった。
しかし、アルブには多すぎると思っていた量も、イルジャには物足りなかったらしい。
「あの、今はこれしかなくて…」
茹でた芋をアルブは彼の前に置いた。
「悪い」
イルジャは茹でた芋五つも、ペロリと食べ尽くした。
(食料、足りるかな)
芋はまだあるが、ここにはまともな食料があまりない。アルブだけなら一週間はもつ量だが、それもイルジャの食欲だと、明日にも無くなりそうだ。
(買い出しに行かないと…)
彼がいつまでここにいるかわからないのに、アルブはそんなことを考えていた。
「はあ~食べた。やっぱり空腹だと否定的なことばかり考えてしまうな。満足満足。それに美人を眺めながらの食事は最高だ」
ごくごくと水を飲み干して、イルジャはお腹を撫でた。
またもや「美人」と言われ、容姿を褒められたことがないアルブは困惑する。
自分の名前も覚えていないというのに、そういった悲壮感がイルジャからは感じられない。
普通ならもっと悲嘆に暮れてもおかしくないだろうに。
「自分の名前も思い出せないのに、呑気だと思っているのだろう?」
「そ、そんな…こと」
考えを読まれてアルブは驚いた。
「覚えていないけど、君のお陰で名前がイルジャで、シャムダルの出身だということがわかっている。それに昨年もここに来たなら、俺のことを覚えている者もいるだろう。調べればわかるはずだ」
「そ、そうだね」
喜ばしいことなのに、アルブの気持ちは沈んだ。
イルジャには帰る場所がある。
国を代表して巡礼に来るのは、大抵身分の高い者だ。イルジャもシャムダルの中ではそれなりの地位にあるのだろう。
だとしたら、きっと彼のことを探している筈だ。
街へ行けば、情報も手に入るに違いない。
「そういうことだから、今気に病んでも仕方がない」
満腹になって、膨れたお腹を撫でながらあっけらかんと言う。
「ところで、俺はどうして怪我を? 何か知っている?」
怪我の原因を尋ねられ、アルブはふるふると首を振った。
「僕が見つけたときは、もう怪我をしていて…他には誰もいませんでした。すみません」
彼の疑問に答えられず、アルブは謝った。
「いや、謝ることはない。こっちこそ、申し訳ない。見つけてくれてありがとう。ここまで運ぶのは大変だったのではないか? 俺の背丈も体格も君より大きいのに、どうやって運んだ?」
謝るアルブにかえってイルジャのほうが申し訳なさそうな顔をする。
「えっと、これでくるんで引っ張って、荷車で運びました」
どうやったか説明すると、イルジャは考えたなと、感心していた。
「見かけが美しいだけでなく、アルブは頭もいいのだな」
イルジャは、息をするように褒め言葉を口にする。
これまで生きてきた中で、こんなふうに言葉を掛けられたことのないアルブは、そんな彼の言葉に戸惑うばかりだ。
イルジャは、どんな意図でそんなことを言うのだろう。
アルブにはわからなかった。
「アルブ?」
「あ、あの…僕、もう一度君が倒れていた場所に行ってみる。他に何か手掛かりになるものが落ちているかも知れないから」
慌ててアルブは外に出た。
「う…」
外は雲が晴れて、太陽の光が降り注いでいた。
アルブは眩しさに眼を閉じ、肌を刺す痛みに顔を歪め、慌てて外套を被り直した。
ヒリヒリと皮膚に痺れが広がる。
一瞬だったから、水脹れまでは出来ないだろうが、赤くなっているかも知れない。
「……」
その痛みがアルブを現実に引き戻す。太陽に嫌われた呪われた我が身。一生太陽から隠れて生きなければならない。
たとえ一時言葉を交わそうとも、イルジャとは住む世界が違うのだと、思い知らされる。
昨夜一瞬、アルブの首を絞めたイルジャは恐ろしかったが、目覚めてからのイルジャは、あの時と同じ、眩しいほどに明るく笑う。
記憶がなくても、イルジャの本質はきっと変わっていないのだろう。
アルブのような者にさえ、良いところを探して褒めようとする。
誰からも愛され、尊ばれているに違いない。
「でも…」
森の入口へ向かって歩きながら、アルブは不思議に思った。
なぜ彼は腕を負傷し、毒を盛られていたのか。
「盗賊?」
だとしたら、気を付けなければ。
巡礼者は、大抵が神殿に寄進するため、いくらか金目の物を持ち込んでいる。
ギネシュ付近まで来ると人も多くなり、警備も厳重になるため、滅多に大掛かりな物盗りは行われないが、スリなどのこそ泥はいる。
アルブには取られて困るようなものも、盗賊が喜びそうなものも持ち合わせていないが、かと言って安全とは限らない。何も盗るものがないとわかって腹を立てた盗賊が、命を奪うかも知れないからだ。
鳴ったのはイルジャのお腹だった。いつから食べていないのかわからないが、少なくともアルブが彼を見つけてから、半日は経っている。
イルジャはロキサがくれたミートパイをあっという間に平らげた。
もともと半分だったミートパイを、アルブが四分の一食べていたので、残りは四分の三だった。
しかし、アルブには多すぎると思っていた量も、イルジャには物足りなかったらしい。
「あの、今はこれしかなくて…」
茹でた芋をアルブは彼の前に置いた。
「悪い」
イルジャは茹でた芋五つも、ペロリと食べ尽くした。
(食料、足りるかな)
芋はまだあるが、ここにはまともな食料があまりない。アルブだけなら一週間はもつ量だが、それもイルジャの食欲だと、明日にも無くなりそうだ。
(買い出しに行かないと…)
彼がいつまでここにいるかわからないのに、アルブはそんなことを考えていた。
「はあ~食べた。やっぱり空腹だと否定的なことばかり考えてしまうな。満足満足。それに美人を眺めながらの食事は最高だ」
ごくごくと水を飲み干して、イルジャはお腹を撫でた。
またもや「美人」と言われ、容姿を褒められたことがないアルブは困惑する。
自分の名前も覚えていないというのに、そういった悲壮感がイルジャからは感じられない。
普通ならもっと悲嘆に暮れてもおかしくないだろうに。
「自分の名前も思い出せないのに、呑気だと思っているのだろう?」
「そ、そんな…こと」
考えを読まれてアルブは驚いた。
「覚えていないけど、君のお陰で名前がイルジャで、シャムダルの出身だということがわかっている。それに昨年もここに来たなら、俺のことを覚えている者もいるだろう。調べればわかるはずだ」
「そ、そうだね」
喜ばしいことなのに、アルブの気持ちは沈んだ。
イルジャには帰る場所がある。
国を代表して巡礼に来るのは、大抵身分の高い者だ。イルジャもシャムダルの中ではそれなりの地位にあるのだろう。
だとしたら、きっと彼のことを探している筈だ。
街へ行けば、情報も手に入るに違いない。
「そういうことだから、今気に病んでも仕方がない」
満腹になって、膨れたお腹を撫でながらあっけらかんと言う。
「ところで、俺はどうして怪我を? 何か知っている?」
怪我の原因を尋ねられ、アルブはふるふると首を振った。
「僕が見つけたときは、もう怪我をしていて…他には誰もいませんでした。すみません」
彼の疑問に答えられず、アルブは謝った。
「いや、謝ることはない。こっちこそ、申し訳ない。見つけてくれてありがとう。ここまで運ぶのは大変だったのではないか? 俺の背丈も体格も君より大きいのに、どうやって運んだ?」
謝るアルブにかえってイルジャのほうが申し訳なさそうな顔をする。
「えっと、これでくるんで引っ張って、荷車で運びました」
どうやったか説明すると、イルジャは考えたなと、感心していた。
「見かけが美しいだけでなく、アルブは頭もいいのだな」
イルジャは、息をするように褒め言葉を口にする。
これまで生きてきた中で、こんなふうに言葉を掛けられたことのないアルブは、そんな彼の言葉に戸惑うばかりだ。
イルジャは、どんな意図でそんなことを言うのだろう。
アルブにはわからなかった。
「アルブ?」
「あ、あの…僕、もう一度君が倒れていた場所に行ってみる。他に何か手掛かりになるものが落ちているかも知れないから」
慌ててアルブは外に出た。
「う…」
外は雲が晴れて、太陽の光が降り注いでいた。
アルブは眩しさに眼を閉じ、肌を刺す痛みに顔を歪め、慌てて外套を被り直した。
ヒリヒリと皮膚に痺れが広がる。
一瞬だったから、水脹れまでは出来ないだろうが、赤くなっているかも知れない。
「……」
その痛みがアルブを現実に引き戻す。太陽に嫌われた呪われた我が身。一生太陽から隠れて生きなければならない。
たとえ一時言葉を交わそうとも、イルジャとは住む世界が違うのだと、思い知らされる。
昨夜一瞬、アルブの首を絞めたイルジャは恐ろしかったが、目覚めてからのイルジャは、あの時と同じ、眩しいほどに明るく笑う。
記憶がなくても、イルジャの本質はきっと変わっていないのだろう。
アルブのような者にさえ、良いところを探して褒めようとする。
誰からも愛され、尊ばれているに違いない。
「でも…」
森の入口へ向かって歩きながら、アルブは不思議に思った。
なぜ彼は腕を負傷し、毒を盛られていたのか。
「盗賊?」
だとしたら、気を付けなければ。
巡礼者は、大抵が神殿に寄進するため、いくらか金目の物を持ち込んでいる。
ギネシュ付近まで来ると人も多くなり、警備も厳重になるため、滅多に大掛かりな物盗りは行われないが、スリなどのこそ泥はいる。
アルブには取られて困るようなものも、盗賊が喜びそうなものも持ち合わせていないが、かと言って安全とは限らない。何も盗るものがないとわかって腹を立てた盗賊が、命を奪うかも知れないからだ。
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