皎き忌み子と太陽の皇子

七夜かなた

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第一章 巡礼の街

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「とにかくここから動かさないと…」

 雨はまだ降り始めたばかりだが、これから激しくなる可能性がある。
 ここにいては良くないことはわかるが、アルブより遥かに体の大きな彼を、どう動かせばいいかわからない。

「そうだ」

 取り敢えず、羽織っていた外套を脱いで、彼に被せた。
 血が付くだろうが、それは後で洗えばなんとでもなる。

「ねえ、ねえ、あの、起きて」

 傷には触れないよう、反対側の肩を掴んで揺さぶる。呻いていたのだから、生きてはいるだろうが、たくさん血を失ったせいなのか、顔色はすごく悪い。

「う…」

 瞼が動き、うっすらと目が開くが、またすぐに閉じてしまった。

「どうしよう」

 アルブは考えて、そこらにある枯れ枝や大きな葉っぱを集めて組み立て、雨避けを作った。
 すっかり彼を覆い隠すと「待っててね」と言って家に向かった。
 森の奥の大きな張り出した岩陰に、アルブの暮らす小さな小屋がある。
 森の外れで親に捨てられていた彼を、師匠が見つけて育ててくれた。
 言葉も文字も、生活に必要な知識も薬草の育て方も、彼は彼女から教えられた。
 無口であまり笑うことはなかったが、それでも皺の寄った手で頭を撫でられるのは嫌いではなかった。

「お前はその姿で生まれたことを、不幸に思うかもしれないが、この世の中に不要なものはなにひとつない。雑草だって虫だって、皆神様が必要だからお創りになった。だからいつか、お前も自分が生まれた意味を、みつけなさい」

 死に間際、口数の少なかった師匠が、とうとうと苦しい息の下でアルブに言った。

「決して自分から命を断つんじゃないよ。生きることを諦めたら、お前を創った神様の元へ行けないよ」
「僕は…ラーシル様に嫌われているのに?」

 太陽に当たれば赤く腫れ上がる肌を持つアルブは、ラーシル教の教えからすれば異端である。
 
「それでも、神は無駄な命はお創りにならない。人も動物も、植物も。無駄なものは何一つない」

 それが彼女の口癖だった。
 それが単なる気休めだったしても、彼女がそう信じているならと、アルブはあえて反論はしなかった。

「あった」

 家は玄関を入ってすぐに台所兼居間があり、その奥に寝床にしている場所がある。
 師匠が生きている時は、師匠がベッドに、アルブは床に寝ていた。
 師匠が亡くなってからは、ベッドはアルブが使っている。
 家の隣にひっつくようにして、鍬や籠、鎌などをしまっている小さな物置小屋がある。
 
 そこからアルブは二輪の手押し車を引っ張り出した。
 
「これで運べるかな」

 彼の体の大きさでは、はみ出してしまいそうだが、それでも無いよりはましだろう。
 
「急がないと」

 雨は本格的に降り始め、地面が泥濘んでくる。
 そうなると手押し車の車輪が水溜りなどに取られて、動かしにくくなる。

 ガラガラと音を響かせ、雨に濡れながらアルブは元の場所へ走った。

 どうして助けようと思ったのかわからない。  
 単純に放っておけなかったからかもしれないが、あのアルブに向けた眩しい笑顔が忘れられなかった。
 太陽を直視したことがないアルブには、彼の笑顔こそが太陽だった。

 ようやく彼の元へたどり着いたとき、アルブの息は上がっていた。
 木の枝を取り払い、彼の様子を見ると、ぶるぶる震えているし、汗もかいている。
 傷口を濡らしてきた布で拭き、薬草をすりつぶした布を当てた。
 
「傷だけじゃない。もしかして毒かな」

 傷はそれほど深くないのに、意識がない。
 首に触れて診ると、脈が乱れている。
 吐き出される呼吸に、特に匂いは感じられないが、ただ傷を負っただけでここまで意識が混濁するものだろうか。
 即効性のある毒ならとっくに死んでいるだろうが、まだ生きているところを見ると、遅効性のものか、致死には至らないが麻痺させるものかも知れない。

「解毒剤、早く飲ませないと」

 被せていた外套を下に広げ、彼の服をその上に引っ張って引きずる。それから腕の傷に当たらないようにロープを体に巻いた。
 体を毛布で包み終えると彼の頭の方に回って、引っ張った。

「ん、んん」

 この方法で引っ張ると運べると聞いたが、それでも彼の体は重かった。
 荷車を傾けて後ろから引っ張り上げて何とか乗せ終わった頃には、アルブはぐったりしてしまった。
 しかし、グズグズしてはいられない。
 気力を奮い起こして、彼は荷車を引いた。
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