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第一章 巡礼の街

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 カララン
 
 薬屋「バルサックの店」の入口に取り付けたドアベルが鳴る。

「いらっしゃ…なんだ、あんたか」

 店の奥から店主のバルサックが愛想よく笑顔で出てくる。しかしやってきた人物が誰かわかると、途端にその表情を曇らせ声のトーンも数段落ちた。

「あの、や、薬草を」

 濃い灰色の外套をすっぽり被った人物は、各日おきにここへ薬草を売りに来るアルブという青年だった。
 おどおどしながらアルブは持っていた蔓で編んだ籠を突き出した。

「見せてみな」

 店主は険しい顔を向けて、ぶっきらぼうに言った。
 店主はアルブが恐る恐る置いた籠の中に入っている薬草を品定めする。

「銀貨十五枚だな」

 確認を終えると、そう言って店主は金庫からチャリンチャリンと銀貨を取り出した。

「え、そ、そんなこの前同じ量で銀貨二十枚だったのに」

 薬草は籠いっぱいに入っていた。
 しかも手に入りにくい薬草も入っている。
 それを安く見積もられ、アルブは抗議した。

「いやなら他を当たりな。だが、他の店は取り引きもしてくれないと思うぞ」

 しかし、店主は逆に胸の前で腕を組んで、顎を突き出して言い切った。

「………」

 それは店主のハッタリでもなく真実だった。
 ここギネシュは、太陽神ラーシルを信仰するラーシル教本部があるソレンツェ山の中腹の街だ。
 ラーシル教本部には信託の神子がいて、そこは限られた者しか訪れることはできない。
 ゆえに人々は中腹のギネシュにある第二神殿を訪れる。
 ラーシル教の信者は、アルバキ大陸全土に多く存在し、ソレンツェ山への巡礼は、信者にとって悲願であった。
 ソレンツェ山は、大陸中では一番標高が高く、その頂は遥か雲の上に位置していて、雲のない日は山頂にある本殿を造る大理石が陽の光を受けて輝く。
 しかし、大抵は雲がかかっていているため、もし、それが見えたなら瑞兆だと言われている。
 そしてギネシュはそのすぐ下に存在しており、神に最も近い街として、知られている。
 多くの信者が訪れ、それを見越してたくさんの商業施設も点在しているため、ギネシュはとても賑やかな所だ。
 
「いやなら」
「い、いいえ、それでいいです」

 銀貨を引っ込めようとした店主の手から、アルブは銀貨を奪うように受け取った。
 アルブはすっぽりと濃い灰色の外套を被り、指先が空いた手袋を嵌めている。
 太陽神ラーシルを信仰する者は、皆、ラーシルの恩恵を受けようと陽の光を浴びたがる。
 しかしアルブはその逆で、太陽が出ている時は、その外套と手袋を外すことはない。
 店主は自らもラーシル教を信仰していることもあるが、本殿に一番近い街で働いているということを誇りに思っている。
 なので、ラーシルの光を遮るような姿のアルブを、よく思っていない。

「初めからそう言えばいいのに」
「ま、また来ます」

 アルブは薬草を籠から出してお金を受け取ると、そう言って店を出ていった。

「まったく薄気味悪いやつだ」

 店主は今は亡くなってしまった彼の師匠兼養親である、薬草売りの老婆ナディエラが初めて彼を連れてきた時、一度だけアルブの外套に隠された顔を見たことがある。

 顔の造作は美しいが、珍しい体質で、肌も髪もロウソクのように白く、瞳も薄いグレーという、色素をまったく持たない。
 しかもその肌は太陽の光を浴びると、忽ち火傷のように皮膚が焼け爛れるというものだった。

「あんた、あんな安値で買い叩かなくても」

 奥から店主の妻が出てきて、夫のしたことを咎めた。

「あの子の持ってくる薬草は、ナディエラさん以上に質がいいっていつも言っているじゃない」

 彼女はアルブが置いていった薬草を見て言った。

「こっちだって色々あるんだ。来年にはラルフが神官見習いになる。その時納める寄進の額で、神学校の待遇や地位が決まるのはお前も知っているだろう。少しでも稼げるときに稼いでお金を貯めておかないと」
「だからって、あの子はここしかないんだよ。ここで安く買い叩かれたら、暮らしていけないじゃないか。ただでさえここギネシュは他より物の値段が高いんだから」

 ソレンツェ山の中腹にあるギネシュまで物資を運ぶのはとても大変だ。
 そのためどうしても移送費が高くなる。
 仕入れ値が高いと突然売値も高騰する。
 それでなければ店は儲からない。
 
「麓に行けば、ここより安いものはある。あいつは麓に住んでいるんだから、大丈夫だろう」

 ソレンツェ山の麓には、唯一山の入口に辿り着く南からの街道以外は鬱蒼とした森が広がっている。
 アルブはそこに住んでいるのだった。
 そして街道の周りにはいくつか村が点在している。
 そこは平地なのでギネシュよりは、物資の値段はかなり安い。
 彼はそこで買い物をすればいいと、妻に言った。
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