20 / 22
20 それぞれの事情
しおりを挟む
その日の夜、再びグレナダとジャンが現れた。
『そうかい、ありがとうね、お嬢ちゃん』
「いいえ。ひとつ訊きたいのですが、ご近所との仲はうまくいっていなかったのですか?」
昼間の様子からアディーナがそう訊ねると、グレナダは暫く俯き頷いた。
『昔から捻くれ者でさ。人付き合いがうまいとは言えない。それで息子とも衝突してしまって。旦那が生きているうちは旦那が取り持ってくれていたんだけどね。旦那が亡くなってすぐに出ていってしまった』
「それで、息子さんは?」
『どこで何をしているのやら…一度結婚して男の子が生まれたと手紙をよこしたが、返事をしなかった。なんで素直になれないんだろうね。自分で自分がいやになるよ』
彼女からは後悔の念が色濃く漂う。これまでも自分の言動に後悔と反省を繰り返して来たのだろう。
『こんな性格だから近所の人とも打ち解けられなくて、お金を貸していることを口実に呼びつけたり、子どもそっちのけでおしゃべりに夢中になってるのを注意したり、隣の夫婦も子どもがよく泣くから心配で…』
本当は皆と仲良くやりたいのに、やることなすこと裏目に出てしまう不器用な老婆がそこにいた。
「勿体ないですね。生きているうちにそんな素直な気持ちを誰かに話していたら…夕べ会った時からグレナダさんがいい人だと私にはわかっていました。生前の肉体がどんなものであれ、霊魂の輝きを見ればどんな人かわかります」
『お嬢ちゃん…ありがとう。誰かに自分を受け入れてもらえることがこんなに嬉しいことだと思わなかった』
『よろしいでしょうか』
ジャンが遠慮がちに声をかけた。
『私も親に反抗して家を飛び出して来たくちです。私の場合は親父が鍛冶職人で、そのせいかどうかわかりませんがひどく頑固で、気に入らない客の依頼は受けないし、だから腕があっても我が家はいつも貧乏でした』
『うちと逆だね。私の旦那は商売人だけど金勘定が下手でね。頼まれたら嫌とは言えない性格でさ、相手がそんな旦那の性分を見て代金を値切ってくるもんだから、私がいっつも間に入ってた。おかげで鬼女房だと陰口を叩かれて…それでそこそこの財産を持てたから余計に妬まれてね』
縁もゆかりもなかった二人が意外な共通点を見つけて意気投合していた。彼の年齢はグレナダさんの子どもという年齢よりは少し若いが、グレナダさんには別れた頃の息子さんに見えているのかもしれない。
『ある日、五歳になる妹が熱を出したんです。十歳下で生まれつき体が弱かった。いつも貧乏だったから満足に食べられず、当然薬を買ったり医者を呼ぶこともできなくて…その頃見入りの良い仕事を親方から持ちかけられて、それを受ければ妹は助かるはずだった。相手は支度金を前もってくれると言ってもくれたから…でも』
「お父さんは受けなかった。そうですね」
彼の父親のことは知らないが、話を聞いているとそうなんだろうと思った。
『その依頼主は使うためでなく飾るための見栄えのいい武器を依頼してきました。親父は道具は使ってこそ意味がある。壁にかけておくだけのものなど作れないと…私も母も今回ばかりは引き受けてくれと頼み込んだ。そのお金があれば妹は助かるからと、でも親父は一度信念を曲げたらこれまで貫いてきたことが無駄になると言って、頑として首を縦に振らなかった』
彼からその時の憤りが伝わってくる。
『妹の葬儀で私は父を罵りました。ちょうど成人する年でしたからすぐに家を出てそれ以降家には帰っていません』
子どもと疎遠になった親。家を飛び出した子。立場が違うがどちらも血を分けた家族との確執を抱えている。
アディーナには肉体は失ったが祖父と母がいて、父とはすぐ近くにいながら絶縁状態。
複雑な家庭環境はどこにでもあるものだ。
「奥さんの方のご家族は?」
大家はどちらも身寄りがいないと言っていた。
『妻の方は正真正銘、両親も兄弟もおりません。幼い頃に事故で亡くなり、その後孤児院で育ったと聞いております』
「思ったんですけど、ジャンさんのご家族に一度連絡してみてはいかがでしょうか? お子さんは彼らにも孫にあたるわけですから助けてくれるかも」
『飛び出したきり何年も連絡すらしない息子の家族ですよ。歓迎するわけが…』
『そんなことはない! お嬢ちゃんの意見も一理ある』
「グレナダさん」
『親は子がいくつになっても心配するものだよ。やってみる価値はあると思う。私が言うのもなんだがね』
色々な親子がいる。グレナダさんは息子と疎遠になったことを後悔している。もし機会があればもう一度会いたいと思っているのだろう。
アディーナは自分の父を思い浮かべる。親子の情は最初から二人の間にはない。
だからといって他の親子もそうとも限らない。
『あなたの言葉なら重みがありますね』
ジャンは覚悟を決めたようだった。
『両親に手紙を書きます』
「じゃあ、私がお手伝いします」
彼の故郷は王都から馬車で一週間はかかる。
「グレナダさん、ありがとうございます」
『私は何も…お嬢ちゃん…アディーナ様のおかげで私も最後に面と向かってお礼を言ってもらえることができました』
「グレナダさんのお子さんのことも、最後に手紙を送りませんか」
『しかし…私のことを恨んでいたら』
彼女が怖気づくのもわかる。しかしそれも彼女の心残りなら、何とかして解決してあげたいと思った。
『そうかい、ありがとうね、お嬢ちゃん』
「いいえ。ひとつ訊きたいのですが、ご近所との仲はうまくいっていなかったのですか?」
昼間の様子からアディーナがそう訊ねると、グレナダは暫く俯き頷いた。
『昔から捻くれ者でさ。人付き合いがうまいとは言えない。それで息子とも衝突してしまって。旦那が生きているうちは旦那が取り持ってくれていたんだけどね。旦那が亡くなってすぐに出ていってしまった』
「それで、息子さんは?」
『どこで何をしているのやら…一度結婚して男の子が生まれたと手紙をよこしたが、返事をしなかった。なんで素直になれないんだろうね。自分で自分がいやになるよ』
彼女からは後悔の念が色濃く漂う。これまでも自分の言動に後悔と反省を繰り返して来たのだろう。
『こんな性格だから近所の人とも打ち解けられなくて、お金を貸していることを口実に呼びつけたり、子どもそっちのけでおしゃべりに夢中になってるのを注意したり、隣の夫婦も子どもがよく泣くから心配で…』
本当は皆と仲良くやりたいのに、やることなすこと裏目に出てしまう不器用な老婆がそこにいた。
「勿体ないですね。生きているうちにそんな素直な気持ちを誰かに話していたら…夕べ会った時からグレナダさんがいい人だと私にはわかっていました。生前の肉体がどんなものであれ、霊魂の輝きを見ればどんな人かわかります」
『お嬢ちゃん…ありがとう。誰かに自分を受け入れてもらえることがこんなに嬉しいことだと思わなかった』
『よろしいでしょうか』
ジャンが遠慮がちに声をかけた。
『私も親に反抗して家を飛び出して来たくちです。私の場合は親父が鍛冶職人で、そのせいかどうかわかりませんがひどく頑固で、気に入らない客の依頼は受けないし、だから腕があっても我が家はいつも貧乏でした』
『うちと逆だね。私の旦那は商売人だけど金勘定が下手でね。頼まれたら嫌とは言えない性格でさ、相手がそんな旦那の性分を見て代金を値切ってくるもんだから、私がいっつも間に入ってた。おかげで鬼女房だと陰口を叩かれて…それでそこそこの財産を持てたから余計に妬まれてね』
縁もゆかりもなかった二人が意外な共通点を見つけて意気投合していた。彼の年齢はグレナダさんの子どもという年齢よりは少し若いが、グレナダさんには別れた頃の息子さんに見えているのかもしれない。
『ある日、五歳になる妹が熱を出したんです。十歳下で生まれつき体が弱かった。いつも貧乏だったから満足に食べられず、当然薬を買ったり医者を呼ぶこともできなくて…その頃見入りの良い仕事を親方から持ちかけられて、それを受ければ妹は助かるはずだった。相手は支度金を前もってくれると言ってもくれたから…でも』
「お父さんは受けなかった。そうですね」
彼の父親のことは知らないが、話を聞いているとそうなんだろうと思った。
『その依頼主は使うためでなく飾るための見栄えのいい武器を依頼してきました。親父は道具は使ってこそ意味がある。壁にかけておくだけのものなど作れないと…私も母も今回ばかりは引き受けてくれと頼み込んだ。そのお金があれば妹は助かるからと、でも親父は一度信念を曲げたらこれまで貫いてきたことが無駄になると言って、頑として首を縦に振らなかった』
彼からその時の憤りが伝わってくる。
『妹の葬儀で私は父を罵りました。ちょうど成人する年でしたからすぐに家を出てそれ以降家には帰っていません』
子どもと疎遠になった親。家を飛び出した子。立場が違うがどちらも血を分けた家族との確執を抱えている。
アディーナには肉体は失ったが祖父と母がいて、父とはすぐ近くにいながら絶縁状態。
複雑な家庭環境はどこにでもあるものだ。
「奥さんの方のご家族は?」
大家はどちらも身寄りがいないと言っていた。
『妻の方は正真正銘、両親も兄弟もおりません。幼い頃に事故で亡くなり、その後孤児院で育ったと聞いております』
「思ったんですけど、ジャンさんのご家族に一度連絡してみてはいかがでしょうか? お子さんは彼らにも孫にあたるわけですから助けてくれるかも」
『飛び出したきり何年も連絡すらしない息子の家族ですよ。歓迎するわけが…』
『そんなことはない! お嬢ちゃんの意見も一理ある』
「グレナダさん」
『親は子がいくつになっても心配するものだよ。やってみる価値はあると思う。私が言うのもなんだがね』
色々な親子がいる。グレナダさんは息子と疎遠になったことを後悔している。もし機会があればもう一度会いたいと思っているのだろう。
アディーナは自分の父を思い浮かべる。親子の情は最初から二人の間にはない。
だからといって他の親子もそうとも限らない。
『あなたの言葉なら重みがありますね』
ジャンは覚悟を決めたようだった。
『両親に手紙を書きます』
「じゃあ、私がお手伝いします」
彼の故郷は王都から馬車で一週間はかかる。
「グレナダさん、ありがとうございます」
『私は何も…お嬢ちゃん…アディーナ様のおかげで私も最後に面と向かってお礼を言ってもらえることができました』
「グレナダさんのお子さんのことも、最後に手紙を送りませんか」
『しかし…私のことを恨んでいたら』
彼女が怖気づくのもわかる。しかしそれも彼女の心残りなら、何とかして解決してあげたいと思った。
10
お気に入りに追加
136
あなたにおすすめの小説
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
私は逃げます
恵葉
恋愛
ブラック企業で社畜なんてやっていたら、23歳で血反吐を吐いて、死んじゃった…と思ったら、異世界へ転生してしまったOLです。
そしてこれまたありがちな、貴族令嬢として転生してしまったのですが、運命から…ではなく、文字通り物理的に逃げます。
貴族のあれやこれやなんて、構っていられません!
今度こそ好きなように生きます!
旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします
暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。
いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。
子を身ごもってからでは遅いのです。
あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」
伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。
女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。
妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。
だから恥じた。
「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。
本当に恥ずかしい…
私は潔く身を引くことにしますわ………」
そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。
「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。
私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。
手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。
そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」
こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。
---------------------------------------------
※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
魔性の悪役令嬢らしいですが、男性が苦手なのでご期待にそえません!
蒼乃ロゼ
恋愛
「リュミネーヴァ様は、いろんな殿方とご経験のある、魔性の女でいらっしゃいますから!」
「「……は?」」
どうやら原作では魔性の女だったらしい、リュミネーヴァ。
しかし彼女の中身は、前世でストーカーに命を絶たれ、乙女ゲーム『光が世界を満たすまで』通称ヒカミタの世界に転生してきた人物。
前世での最期の記憶から、男性が苦手。
初めは男性を目にするだけでも体が震えるありさま。
リュミネーヴァが具体的にどんな悪行をするのか分からず、ただ自分として、在るがままを生きてきた。
当然、物語が原作どおりにいくはずもなく。
おまけに実は、本編前にあたる時期からフラグを折っていて……?
攻略キャラを全力回避していたら、魔性違いで謎のキャラから溺愛モードが始まるお話。
ファンタジー要素も多めです。
※なろう様にも掲載中
※短編【転生先は『乙女ゲーでしょ』~】の元ネタです。どちらを先に読んでもお話は分かりますので、ご安心ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる