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第五章

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 どうして王宮から即刻登城しろという命令が、彼を不機嫌にさせるのかわからない。

「一週間休暇は出している筈だ。宰相にはそう申し上げてある。まだ半分休暇は残っている」
「宰相閣下も、それは申し訳ないと仰っておられました」

 宰相閣下と言うのは、この国で王族に次ぐ地位にいる人だ。
 そんな彼がルウに申し訳ないと低姿勢になるなんて、どれだけルウに気を遣っているのか。

「デルフィーヌ、ポチタマにもう一度姿を消すように言ってくれ」
「う、うん、ポチタマ、お願い」
『うん』

 ポチタマが姿を消す。

「チャールズ、食事の用意をしてくれ。腹が減った」

 すると、ルウは私の肩を抱いたまま、邸に向かって歩き出した。

「畏まりました」
「デルフィーヌ、部屋に案内しよう。食事が出来たら一緒に食べよう」
「一緒に・・って、ルウ、王宮に来るようにって・・」

 すぐにでも出発するのかと思ったが、私と食事をする時間はあるんだろうか。
 
「オレはまだ帰っていない。休暇を出すときに、何があっても一週間は王宮には行かないと言ってある」
「え、でもいいの? 王宮からって、王様からの呼び出しじゃないの?」
「大方、どこかの国のお偉方が勝手に押しかけてきて、オレに会わせろとか言ってきてるんだろう。オレは見世物じゃないって」
「見世物?」

 前を向いてそう言うルウの顔を見上げる。

「勇者を見せびらかし、他国より優位に立っていることを知らしめたいんだろう」
「どういう意味?」
「暗黒竜はいなくなった。でも、まだまだ強い魔物はいる。今度はそれらを倒せと言うんだ」

 暗黒竜討伐が最終ゴールだ。だけど、現実はそれで大団円とは行かないらしい。

「暗黒竜の出現で、強い魔物が鳴りを潜めていたんだけど、ここ最近魔物による被害がまた増えてきた」

 強い竜がいなくなったことで、それまで隠れていた魔物達が、また自分たちの天下を取り戻そうと活発化してきているのだ。

「既にオレたちは暗黒竜を討伐する過程で、強い魔物をたくさん倒してきた。そのことで、我が国は随分魔物が減った。そのことを国は自慢げに吹聴している」

「そんな、やったのはルウたちなのに、他人の手柄でそんなことをしているの? 勇者を何だと思っているのかしら」

 暗黒竜を倒した勇者を、政治の道具として扱うなんて。
 国王がどんな人物なのかわからないが、そんな幼稚な理由でルウを見世物にしようとしているなんて、いくら王様でも酷い。

「デルフィーヌ、怒っているの?」
「当たり前でしょ、うちのルウは暗黒竜を倒した勇者なのよ。なのに、そんな客寄せパンダみたいに」
「パン?」
「あ、う、ううん、な、なんでもない。えっとパンが食べたいなって・・・」

 笑って誤魔化す。パンダはこの世界には多分いない。

「パンが食べたいの? もっと良い物もあるよ」
「えっと、ほら、白くて柔らかいパンが食べたい。硬くて黒いのじゃなくて・・」

 黒パンじゃなく白パンが食べたいとか、昭和のアニメじゃないが、黒いパンはこの世界では一般的で、小麦粉ではなくライ麦でつくるのは、前世と同じだ。
 それはそれで味があって美味しいのだけど、食パンや菓子パンを食べてきた記憶がある者としては、時々無性に食べたくなる。日本人としてはお米を食べたいところだけど、そこはまあ、記憶はあっても体はこの世界の人間なので、パンでも十分に満足はしている。

「そんなこと、そう言えば言ってたね。チャールズ、そんなパンある?」
「お任せください」

 ルウが尋ねると、チャールズさんは恭しく答えた。

 庭に面したドアから邸に入ると、そこに使用人と思しき人たちが三人待っていた。
 三人の中で、一番前にいた女性がすっと顔を上げた。

「お帰りなさいませ、ルドウィック様」
「うん、ただいま、セシル」

 薄い茶色の髪を綺麗に一つに束ね、襟の詰まった黒いブラウスと、同じく黒い踝までの長さのスカートを身につけた女性は、ルウに挨拶をしてから私の方を見た。

「ようこそ、デルフィーヌ様ですね。この邸の侍女長を務めます、セシル・バトゥと申します」
「バトゥ?」

 チャールズさんも同じバトゥだと気づき、二人を見比べる。

「チャールズは私の夫です」
「あ、そうなんですね。よろしくお願いします。デルフィーヌです」
「セシル、厨房に行ってすぐに食事の支度を。ルドウィック様とデルフィーヌ様は、料理が出来るまで、お部屋でお寛ぎください」

 チャールズさんがそう言うと、セシルさんはおや、という顔をした。

「ルドウィック様、チャールズから伝令について・・」
「わかっている。でも、帰ってきたばかりで、オレも身綺麗とは言えないし、腹も減っている。何より今は休暇中なんだから、慌てて出向く必要もない」

 きっぱりと言い切るルウに、彼女は反論するべきでないと悟ったのか、それ以上は言わなかった。
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