42 / 65
第五章
①
しおりを挟む
勇者の旅立ちを見送るモブの姉として転生した私は、この世界で生きているうちに身につけたのは、狩りの腕だけだと思っていた。
経理の知識は公認会計士として生きてきた前世のものだし、他には何の力も取り柄もなかった…はず。
ここにきてドラゴンテイマーだとかの能力が開眼し、それだけでも驚きなのに、まだ何かあるのだろうか。
「モブ…だったんじゃ…」
「え?」
「あ、な、なんでもない。それって、ただのルウの思い過ごしとかでしょ」
「そうかも知れないけど、何かあるのと考えたら、色々合点がいくんだ。オレの力は戦いの時以外は封印していて、でないと、扉や机とか食器とか軽く触れただけで粉々になってしまうんだ」
「え、そうなの?」
「扉を開けようとしたら、壁から剥がれるし、手を着いただけで机は粉砕するし、軽く押しただけで相手は吹っ飛んで骨折するしさ、おまけに食事だって力を抑えとかないと、自分で持って食べられないから、力を抑える訓練中は、食べさせてもらったんだ」
「へ、へえ…大変だね」
「だろ? おまけにメイドたちがオレの世話をしたがって喧嘩になるから、食べさせてくれるのは男ばっかりでさ、デルフィーヌだと思って目を瞑ってないと、やってられなかったよ」
しみじみと悲しげに語るルウには悪いが、その光景を想像してちょっと笑ってしまった。
「でも、デルフィーヌの側にいると、不思議なんだけど、気を張りつめなくても、力が抑えられている気がする。自分でやってた時も、デルフィーヌのことを思って何回も出したけど、こんなことはなかった。デルフィーヌの中に出した時みたいな、あんな爽快感は他にない」
「ちょっと、ルウ、ポチタマが聞いてる」
夜の夫婦生活の話を子供に聞かれそうになって、慌てているみたいになる。
「たとえ契約者でも、オレとデルフィーヌとの関係とは違うことを、理解させたほうがいい。デルフィーヌを啼かせられるのは、オレだけだから」
近づいて耳元で囁くついでに、腰のあたりを撫でてくる。
「それで、力はどうやって抑えるの? ポチタマもできる?」
その手をパチンと叩いてから、力を抑える方法について、教えてもらおうと尋ねた。
「抑えるのは簡単だけど、維持するのが大変なんだ。ちょっと気を許すとタガが外れたみたいに、放出してしまうから。オレも闘技場を崩壊させたことがある」
「そ、それは…すごいね」
最早人のレベルではない。
『ボクはドラゴンだぞ、出来ないことはない』
胸を突き出して得意げにポチタマが言い切った。
「出来るって言っているけど、大丈夫?」
「自信を持つのはいいことだが、そこまで言い切ると、出来なかった時に恥をかくぞ」
「またそんな意地悪を言う」
「本当のことだ」
「わかったわ。とにかく、力を抑える方法というのを教えて」
ルウとポチタマの関係は、共に時間を過ごしていくうちに、互いの良いところを見つけて理解するしかない。
「魔物もそうだが、一定以上に強くなると、体に覇気という強い気を纏うようになる。獣は特にその覇気の強さで相手の力量を測る」
ルウは自分のお腹の辺りに手を当てる。
「今のこいつは、ガラスの器の中に凶暴な本性を収めているようなもの。外から中身が丸見えになっている。それを見えない容器に入れて隠せばいい」
「理屈はわかるけど、どうやるの?」
「ここ、お腹の辺りに意識を向けて、外から見えない箱に自分の力を注ぐように想像する。できるか?」
ルウの言った通りに説明する。
卵から孵ってから、ルウとは険悪になっているポチタマだが、このときばかりは素直にルウの言うことを聞いていた。
「まだだ。力を無理矢理中に押し込めるんじゃない。そんなことをしたら、暴発する。丁寧に折り畳むようにして、力を封じ込めるんだ。あ、こら、言うことを聞け!」
ポチタマは存外に雑な性分のようで、なかなかルウの言うようには出来なかった。
無理矢理押さえつけようとして、逆に力が溢れたりして、竜の気に当てられたのか、近くの森から一斉に鳥が飛び立った。
そんなポチタマの失敗を嘲笑うかと思っていたルウが、意外にそんなことはなく、私を通訳にして何度も説明してやっていた。
ルウとポチタマが仲良くしているのを見て、私は何だかほっこりとした気持ちになった。
まるでキャッチボールやドリブルをする、父と息子みたいだと思った。
経理の知識は公認会計士として生きてきた前世のものだし、他には何の力も取り柄もなかった…はず。
ここにきてドラゴンテイマーだとかの能力が開眼し、それだけでも驚きなのに、まだ何かあるのだろうか。
「モブ…だったんじゃ…」
「え?」
「あ、な、なんでもない。それって、ただのルウの思い過ごしとかでしょ」
「そうかも知れないけど、何かあるのと考えたら、色々合点がいくんだ。オレの力は戦いの時以外は封印していて、でないと、扉や机とか食器とか軽く触れただけで粉々になってしまうんだ」
「え、そうなの?」
「扉を開けようとしたら、壁から剥がれるし、手を着いただけで机は粉砕するし、軽く押しただけで相手は吹っ飛んで骨折するしさ、おまけに食事だって力を抑えとかないと、自分で持って食べられないから、力を抑える訓練中は、食べさせてもらったんだ」
「へ、へえ…大変だね」
「だろ? おまけにメイドたちがオレの世話をしたがって喧嘩になるから、食べさせてくれるのは男ばっかりでさ、デルフィーヌだと思って目を瞑ってないと、やってられなかったよ」
しみじみと悲しげに語るルウには悪いが、その光景を想像してちょっと笑ってしまった。
「でも、デルフィーヌの側にいると、不思議なんだけど、気を張りつめなくても、力が抑えられている気がする。自分でやってた時も、デルフィーヌのことを思って何回も出したけど、こんなことはなかった。デルフィーヌの中に出した時みたいな、あんな爽快感は他にない」
「ちょっと、ルウ、ポチタマが聞いてる」
夜の夫婦生活の話を子供に聞かれそうになって、慌てているみたいになる。
「たとえ契約者でも、オレとデルフィーヌとの関係とは違うことを、理解させたほうがいい。デルフィーヌを啼かせられるのは、オレだけだから」
近づいて耳元で囁くついでに、腰のあたりを撫でてくる。
「それで、力はどうやって抑えるの? ポチタマもできる?」
その手をパチンと叩いてから、力を抑える方法について、教えてもらおうと尋ねた。
「抑えるのは簡単だけど、維持するのが大変なんだ。ちょっと気を許すとタガが外れたみたいに、放出してしまうから。オレも闘技場を崩壊させたことがある」
「そ、それは…すごいね」
最早人のレベルではない。
『ボクはドラゴンだぞ、出来ないことはない』
胸を突き出して得意げにポチタマが言い切った。
「出来るって言っているけど、大丈夫?」
「自信を持つのはいいことだが、そこまで言い切ると、出来なかった時に恥をかくぞ」
「またそんな意地悪を言う」
「本当のことだ」
「わかったわ。とにかく、力を抑える方法というのを教えて」
ルウとポチタマの関係は、共に時間を過ごしていくうちに、互いの良いところを見つけて理解するしかない。
「魔物もそうだが、一定以上に強くなると、体に覇気という強い気を纏うようになる。獣は特にその覇気の強さで相手の力量を測る」
ルウは自分のお腹の辺りに手を当てる。
「今のこいつは、ガラスの器の中に凶暴な本性を収めているようなもの。外から中身が丸見えになっている。それを見えない容器に入れて隠せばいい」
「理屈はわかるけど、どうやるの?」
「ここ、お腹の辺りに意識を向けて、外から見えない箱に自分の力を注ぐように想像する。できるか?」
ルウの言った通りに説明する。
卵から孵ってから、ルウとは険悪になっているポチタマだが、このときばかりは素直にルウの言うことを聞いていた。
「まだだ。力を無理矢理中に押し込めるんじゃない。そんなことをしたら、暴発する。丁寧に折り畳むようにして、力を封じ込めるんだ。あ、こら、言うことを聞け!」
ポチタマは存外に雑な性分のようで、なかなかルウの言うようには出来なかった。
無理矢理押さえつけようとして、逆に力が溢れたりして、竜の気に当てられたのか、近くの森から一斉に鳥が飛び立った。
そんなポチタマの失敗を嘲笑うかと思っていたルウが、意外にそんなことはなく、私を通訳にして何度も説明してやっていた。
ルウとポチタマが仲良くしているのを見て、私は何だかほっこりとした気持ちになった。
まるでキャッチボールやドリブルをする、父と息子みたいだと思った。
141
お気に入りに追加
610
あなたにおすすめの小説


冷徹義兄の密やかな熱愛
橋本彩里(Ayari)
恋愛
十六歳の時に母が再婚しフローラは侯爵家の一員となったが、ある日、義兄のクリフォードと彼の親友の話を偶然聞いてしまう。
普段から冷徹な義兄に「いい加減我慢の限界だ」と視界に入れるのも疲れるほど嫌われていると知り、これ以上嫌われたくないと家を出ることを決意するのだが、それを知ったクリフォードの態度が急変し……。
※王道ヒーローではありません

じゃない方の私が何故かヤンデレ騎士団長に囚われたのですが
カレイ
恋愛
天使な妹。それに纏わりつく金魚のフンがこの私。
両親も妹にしか関心がなく兄からも無視される毎日だけれど、私は別に自分を慕ってくれる妹がいればそれで良かった。
でもある時、私に嫉妬する兄や婚約者に嵌められて、婚約破棄された上、実家を追い出されてしまう。しかしそのことを聞きつけた騎士団長が何故か私の前に現れた。
「ずっと好きでした、もう我慢しません!あぁ、貴方の匂いだけで私は……」
そうして、何故か最強騎士団長に囚われました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

騎士団長のアレは誰が手に入れるのか!?
うさぎくま
恋愛
黄金のようだと言われるほどに濁りがない金色の瞳。肩より少し短いくらいの、いい塩梅で切り揃えられた柔らかく靡く金色の髪。甘やかな声で、誰もが振り返る美男子であり、屈強な肉体美、魔力、剣技、男の象徴も立派、全てが完璧な騎士団長ギルバルドが、遅い初恋に落ち、男心を振り回される物語。
濃厚で甘やかな『性』やり取りを楽しんで頂けたら幸いです!

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる