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第四章
③
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それは私が知っているどの卵より大きかった。
私が腕を回して、ぎりぎり抱え込めるくらいの大きさの卵が、カタカタと自ら小刻みに震えている。
「デルフィーヌ!」
前にいたルウの体を押しのけて、私はその卵へ駆け寄った。
「何があるかわからないんだ。もっと慎重に」
ルウの制止も聞かず私は卵に駆け寄った。
私より足が速いルウは、先に駆け出した私とほぼ同時に卵の前に辿り着いた。
「ヒビが…」
良く見るとヒビが入り、一部が欠けている。その欠けた穴から何かが蠢いているのが見えた。
「殻が硬いから自分で破る力もないんじゃ?」
親がいれば殻を破る手助けをしただろうが、ここにはいない。
何の卵か、どんな生き物が出てくるのかわからない。
でも、それは必死にそこから出ようと助けを求めている。
「ルウ、その剣貸して」
私のは元の場所に置いてきたので、ルウの腰に差したもう一振りの剣を貸してもらおうと、手を差し出す。
「オレがする。デルフィーヌは…」
「だめ、ルウにはこの中にいる子の声が聞こえないんでしょ。この子は私に助けを求めているの。私がやらなきゃいけないの」
なぜか人の手を借りたくないと思った。
私にだけ声が聞こえるのはなぜか。
何の卵かもわからないのに、不思議と警戒心はなく、ただただ何とかしてあげたいという気持ちが募る。
私の必死な様子にルウはそれ以上何も言わず、腰から鞘ごと剣を渡す。
「ありがとう」
「オレはその笑顔に弱い」
微笑んでお礼を言うと、ルウは惚れた弱みだと言って苦笑した。
「ルウ」
「ん?」
名前を呼んで彼の服の胸元を掴んで、引っ張った。
そしてチュッとその唇にキスをした。
「………!!!」
目を瞠るルウを尻目に、顔を赤くしながら私はルウの剣の柄で卵の殻を叩いた。
カン、カン、ガン、ガン、ガン、ガン
「待ってて。今すぐ出してあげるから」
最初は少し弱く。それからもう少し強く。数度叩き続ける。
私の声が聞こえて、意味がわかっているのか、中からの声は今は聞こえない。
ガッ、ビキビキ。バリン
少し欠けた場所からヒビが入り、そこから卵は二つに大きく割れた。
「キュ」
背中を丸めていたそれはコロリと転がり出て、可愛らしい声を出して、顔をこちらに向けた。
縦に細長い黒い瞳孔の、人でいう白目の部分は金色の目がこちらを見る。
鈍色の鱗に覆われた体、背中には蝙蝠のような羽を持ち、尻尾は蜥蜴のようで先っぽはノコギリザメの刃のようにギザギザだ。
「キュウ、キュウ」
それは可愛らしい声を出しながら、私の方に身を寄せてくる。モフモフではないが、頭でっかちの人間の赤ちゃんよりひと回り大きな生き物は、とても可愛かった。
「この子って、竜?」
「そうみたいだ」
「まさか、暗黒竜の?」
「それはわからない。だが、可能性は高い。ここに隠すようにあったのが怪しい」
「でも、なんで今になって」
私が疑問を呟くと、生まれたばかりの竜の赤ちゃんは、「キュウ」と鳴いて私の方を仰ぎ見た。
「『助けて』って言ったのは、あなた?」
確かめるように問いかけると、生まれたばかりの竜の赤ちゃんは、愛くるしい目で私を見つめ返してきた。
「こいつ、デルフィーヌに抱きつくなんて、馴れ馴れしいな」
私に抱きつく竜の赤ちゃんにルウが焼き餅を焼いて、引き離そうとした。
「あ、ルウ」
「グルルルルル」
赤ちゃんは手を伸ばしてきたルウに威嚇するように唸った。
「なんだこいつ。オレに楯突くのか」
「ちょっとルウ、まだ生まれたばかりの赤ちゃんに、何を本気で怒っているのよ」
「赤ちゃんとか関係ない。オレ以外がデルフィーヌに抱きつくのは嫌だ。しかもそんな風にデルフィーヌに守ってもらえるだなんて」
「そんなの。ルウは私よりずっと大きくて強いんだから、守る必要はないでしょ」
「好きな女を守りたいと思うのは雄の性だ。そのためにオレは強くなって暗黒竜も倒した。オレが強くなったのはデルフィーヌのためだ。でも、同時にオレもデルフィーヌに守られたい。さっきみたいにオレのものをデルフィーヌに包まれるのは、とっても気持ちいい」
「・・・ちょ、何言っているのよ。それとこれとは・・」
「デルフィーヌもオレのを咥え込んで、気持ちよかっただろ?」
とろりとした目で見つめられ、体の奥が疼いた。
「もう、今そんな話はいいでしょ」
顔が赤くなる。生まれたばかりの赤ちゃん竜の前でそんなことを言われると、まるで子供の前で夫婦の夜の生活について知られたような、そんな気まずさを感じた。
私が腕を回して、ぎりぎり抱え込めるくらいの大きさの卵が、カタカタと自ら小刻みに震えている。
「デルフィーヌ!」
前にいたルウの体を押しのけて、私はその卵へ駆け寄った。
「何があるかわからないんだ。もっと慎重に」
ルウの制止も聞かず私は卵に駆け寄った。
私より足が速いルウは、先に駆け出した私とほぼ同時に卵の前に辿り着いた。
「ヒビが…」
良く見るとヒビが入り、一部が欠けている。その欠けた穴から何かが蠢いているのが見えた。
「殻が硬いから自分で破る力もないんじゃ?」
親がいれば殻を破る手助けをしただろうが、ここにはいない。
何の卵か、どんな生き物が出てくるのかわからない。
でも、それは必死にそこから出ようと助けを求めている。
「ルウ、その剣貸して」
私のは元の場所に置いてきたので、ルウの腰に差したもう一振りの剣を貸してもらおうと、手を差し出す。
「オレがする。デルフィーヌは…」
「だめ、ルウにはこの中にいる子の声が聞こえないんでしょ。この子は私に助けを求めているの。私がやらなきゃいけないの」
なぜか人の手を借りたくないと思った。
私にだけ声が聞こえるのはなぜか。
何の卵かもわからないのに、不思議と警戒心はなく、ただただ何とかしてあげたいという気持ちが募る。
私の必死な様子にルウはそれ以上何も言わず、腰から鞘ごと剣を渡す。
「ありがとう」
「オレはその笑顔に弱い」
微笑んでお礼を言うと、ルウは惚れた弱みだと言って苦笑した。
「ルウ」
「ん?」
名前を呼んで彼の服の胸元を掴んで、引っ張った。
そしてチュッとその唇にキスをした。
「………!!!」
目を瞠るルウを尻目に、顔を赤くしながら私はルウの剣の柄で卵の殻を叩いた。
カン、カン、ガン、ガン、ガン、ガン
「待ってて。今すぐ出してあげるから」
最初は少し弱く。それからもう少し強く。数度叩き続ける。
私の声が聞こえて、意味がわかっているのか、中からの声は今は聞こえない。
ガッ、ビキビキ。バリン
少し欠けた場所からヒビが入り、そこから卵は二つに大きく割れた。
「キュ」
背中を丸めていたそれはコロリと転がり出て、可愛らしい声を出して、顔をこちらに向けた。
縦に細長い黒い瞳孔の、人でいう白目の部分は金色の目がこちらを見る。
鈍色の鱗に覆われた体、背中には蝙蝠のような羽を持ち、尻尾は蜥蜴のようで先っぽはノコギリザメの刃のようにギザギザだ。
「キュウ、キュウ」
それは可愛らしい声を出しながら、私の方に身を寄せてくる。モフモフではないが、頭でっかちの人間の赤ちゃんよりひと回り大きな生き物は、とても可愛かった。
「この子って、竜?」
「そうみたいだ」
「まさか、暗黒竜の?」
「それはわからない。だが、可能性は高い。ここに隠すようにあったのが怪しい」
「でも、なんで今になって」
私が疑問を呟くと、生まれたばかりの竜の赤ちゃんは、「キュウ」と鳴いて私の方を仰ぎ見た。
「『助けて』って言ったのは、あなた?」
確かめるように問いかけると、生まれたばかりの竜の赤ちゃんは、愛くるしい目で私を見つめ返してきた。
「こいつ、デルフィーヌに抱きつくなんて、馴れ馴れしいな」
私に抱きつく竜の赤ちゃんにルウが焼き餅を焼いて、引き離そうとした。
「あ、ルウ」
「グルルルルル」
赤ちゃんは手を伸ばしてきたルウに威嚇するように唸った。
「なんだこいつ。オレに楯突くのか」
「ちょっとルウ、まだ生まれたばかりの赤ちゃんに、何を本気で怒っているのよ」
「赤ちゃんとか関係ない。オレ以外がデルフィーヌに抱きつくのは嫌だ。しかもそんな風にデルフィーヌに守ってもらえるだなんて」
「そんなの。ルウは私よりずっと大きくて強いんだから、守る必要はないでしょ」
「好きな女を守りたいと思うのは雄の性だ。そのためにオレは強くなって暗黒竜も倒した。オレが強くなったのはデルフィーヌのためだ。でも、同時にオレもデルフィーヌに守られたい。さっきみたいにオレのものをデルフィーヌに包まれるのは、とっても気持ちいい」
「・・・ちょ、何言っているのよ。それとこれとは・・」
「デルフィーヌもオレのを咥え込んで、気持ちよかっただろ?」
とろりとした目で見つめられ、体の奥が疼いた。
「もう、今そんな話はいいでしょ」
顔が赤くなる。生まれたばかりの赤ちゃん竜の前でそんなことを言われると、まるで子供の前で夫婦の夜の生活について知られたような、そんな気まずさを感じた。
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