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第三章

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 切なげに囁く言葉。

 あなたがほしい。

 熱を帯びた視線に、私は息をすることも出来ずに彼を見つめ返した。

「デルフィーヌは…オレのこと、恋しくなかった? オレはずっと会いたかった。会いたくて会いたくて…とっくに匂いはないのに、何度もこれに顔を埋めて、デルフィーヌを思っていたよ」

 そう言ってルウは黒光りする鎧の襟元から覗く、赤い布地を取り出した。

「それって…」

 ただのスカーフじゃないのか。そう思いながら間近で見ると、何かの記憶が脳裏を過ぎった。
 あれ? 何か…見覚えあるような…

「!!!!ルウ、それ!」

 思い当たって、まさかと驚いた。

「そう。これはデルフィーヌの衣装箱にあったやつ。勝負…下着? とか言って隠してたやつ」
「え、ええええ!」

 大空に私の驚きの声が響き渡った。

「おっと、危ない」 
「きゃっ!」

 身動ぎして危うく落ちそうになったところを、ルウが強く抱きしめた。

勝負下着。

 ちょっとお金に余裕があるときに、密かに王都から来た行商人の女性から買った、赤のベビードールランジェリーもどきのそれを、ルウが首に巻いている。
 前世では当たり前のように可愛い下着が溢れていた。
 けれど、この世界では実質重視で、あれを見た時は、テンションが上がった。
 他の女性たちとの激しい攻防の末に手に入れたそれは、ちょっと気合を入れたい時に、身に着けようと隠し持っていた。
 ルウが旅立ってから、ふと箱を探して見つからなかったもの。
 それが、正確には元がなんだったかわからない切れ端になって、ルウの首に巻き付いている。
 
「欲を言えば、新品じゃなくて、デルフィーヌがちゃんと着ているのを見てからの方が良かったけど、まあ、こっそり試着したりしてたから、使用済と考えていいかな」
「…っていうか…ルウ、あなた…それ、知って…」

 買ったその日に、こっそり着たきりだが、着たと言えば着たことになるのか。

「あのとき、オレも一緒に買い物に行ってたよね。デルフィーヌが挙動不審になってたから、何を隠しているのか気になって、後でこっそり探したんだ。出来るなら、あの夜にこれを着てオレを待っててほしかったけど、オレもそこまで演出に余裕がなくて、ごめんね」
「さ、探って…って…というか、それ、高かったのに」

 恥ずかしさに顔を赤くしながらも、一度も日の目を見ないままに、切り裂かれたことに涙ぐむ。

「何も着ていないデルフィーヌでもいいけど。着て嬉しそうにしているデルフィーヌを見られるから。ドレスでも下着でもいくらでも何だって、これよりいいのとか、もっといっぱいオレが買ってあげるよ」
「そういう問題じゃない。下着を首に巻き付けてとか…」
「それがさ、勝負に挑む時に、これに口づけして挑むと、不思議と勝てたんだよね。だから、仲間内では『勝利の赤』『祝福のスカーフ』とか言われて、戦いの士気を上げる必須道具と言われてるんだ」

 もうどう突っ込んだらいいか。怒るべきか、呆れてものが言えない。
 
「一応破れたり汚れたら交換しているけど、全部取ってあるから…ちょっとオレの性欲処理にも使ったけど」
「せ…」
「これを口に咥えてデルフィーヌのことを考えて、やると最高なんだ。でも、本物には敵わないけど」

 臆面もなく、自慰のオカズにしていたことも暴露する。

「誘惑はあったけど、浮気はしていないからね」

 怒る気力も失せてしまう。でも、そこまで思ってくれていたのかと思うと、彼のことを心配しながらも、日々の生活に忙殺されていたことに、申し訳ない気持ちになる。
 
「ねえ、それよりどこに向かってるの?」

 ふと自分がどこに向かっているのか気になった。

 てっきり王都へ向かっているのかと思ったが、どうも方角が違う。

「デルフィーヌに、見せたいところがあるんだ」
「見せたいところ?」
「そう。旅の終着地」
「え?」

 旅の終着地。それは、ゲームで言うところのラスボスとの対決の場所だ。

 ルドウィックは、そこへ私を連れて行こうとしていた。

 一体そこに、何があるのだろう。

 そう思いながら、ルウの着ている鎧に目をやる。

「ルウ、この鎧って、もしかして」
「そう。オレが…正確にはオレたちが倒した暗黒竜の皮で作ったものだ。軽くて寒さにも暑さにも強くて、おまけに丈夫。この世にふたつとない鎧だ」

 そういうルウの表情は、誇らしげでありながらどこか悲しそうに見えた。
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