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第二章
⑥
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最後に見た時より、ちょっと背が高くなっている。
最後に見た時より、肩幅も広くなっている。
最後に見た時より、一回りも二回りも逞しくなっている。
最後に見た時より、髪も伸びている。
最後に見た時より、眼光も鋭くなっていて、今は殺気立っているのがわかる。
それでもその青い瞳は幼い頃から見つめてきたのと同じ。
黒く艶々とした鎧を身に纏い、首元からちらりと赤い首巻きを覗かせ、高い位置で長い髪をポニーテールにしている。
両手に一本ずつ持った剣から滴り落ちる血は、飛び降りてここへ来るまでに斬りつけてきた山賊たちのものだろう。
「デルフィーヌ」
「ルウ」
ルウは、立ち尽くす私の全身にさっと視線を巡らす。
「怪我は?」
「うん、大丈夫」
私がそう言うと、彼はスイッと顔を背ける。その先にはルウが来たことにも気づかず、まだ山賊と向き合っている父がいた。
「ちょっと待ってて」
それだけ言うと、ルウは地面を蹴って父のところへ弾丸のような速さで駆けていった。
その途中にいる山賊達は、あまりの速さに己が切りつけられたことにも気づかないうちに、自らの腕や足が宙に舞うのを目にする。
そして少し遅れて、己の身に何があったか悟り、苦痛の叫びを上げて血飛沫と共に地面に倒れていった。
まさに電光石火。金色の髪の残像が、車のヘッドライトやテールランプが線状になった光跡写真のように見えた。
押され気味だった戦況が、ルウ一人の出現によってあっという間に決着を迎えた。
山賊達の中で、その場で息をしている者は誰もいない。
ルウが来る前に私達が倒した相手より、彼一人で殲滅した相手の方が遙かに多かった。
まるで早巻きで話を進めたかのように、一瞬で結末を迎えてしまった。
ビュンビュンと剣を振り回し、付着した血を飛ばしてから、彼はそれを両腰の鞘に収めて父に近づいていく。
「ルドウィックか?」
「父上」
目をしばたかせ、問いかける父に彼が笑いかけ、殺気立った気配が消え失せる。
「大丈夫ですか?」
「ああ、本当にルドウィックなのか?」
「ええ、そうです」
「本当に?」
信じられないのか父は何度も何度も確認して、そしてようやく危機を脱したと悟ったのか、腰が抜けたようにストンとその場に座り込んだ。
「助かった…のだな」
「そうです父上。間に合ってよかった。お元気でしたか? どこも怪我はしていませんか?」
「あ、ああ」
「ルドウィックですって!」
ガチャンと馬車の扉が開いて、母が転がり落ちるかという勢いで飛び出してきた。
「母上」
「ああ、本当に・・助けに来てくれたのね」
座り込んだ父を助け起こしながら、ルドウィックが母の方を見て笑顔を向ける。
ボンヌさんの言った「氷の勇者」の片鱗は少しも感じられない。
今両親に向き合っているルドウィックが、自分たちの知るルドウィックだ。
「ほ、本物の・・勇者様ですか?」
いつの間にか私の横に来ていたコートさんとベヌシさんが呟く。
つい先ほどまで死を覚悟していたのに、あっという間に事態は変わってしまった。
「そのようです」
「信じられない。なんて早技だ。剣さばきがまったく見えなかった」
「あれが勇者の実力・・」
こちらの被害は数人の護衛達が怪我を負ったものの、誰も命を落としていない。
反対に山賊達は、槍を突き刺された男を初めとして、全員が屍となり、あちこちにバラバラにされた手足や体が転がっていて、血の海に浮かんでいる。まさに地獄絵図のようだった。
「デルフィーヌ嬢、お怪我は?」
ベヌシさんがぐいっと側に寄って、私の肩に触れた。
その瞬間、竜巻のような風が起った。
「きゃっ」
「うわ!」
土埃が舞い上がり、思わず目を閉じた。
「な、なに」
そして目を開けると、目の前にルドウィックが立っていた。しかも青い瞳に鋭い殺気を滾らせて。
「ルウ」
瞬間移動でもしたのかと思った。
それよりなぜ彼は怒っているんだろう。
「あ、ありがとうございます。勇者・・様」
ベヌシさんがお礼を言ったが、それには答えずルウはガッと私の腰を掴んで肩に担ぎ上げた。
「ル、ルウ、何?!きゃあ!お、おろしてよぉ」
天地がひっくり返って慌てふためいていると、ルウが口笛を吹いた。
バサバサバサと突風を伴い羽を羽ばたかせながら、空から竜が舞い降りてきて地面に着いた。
それは一頭ではなく、何頭もいる。そこに一頭に一人ずつ人が乗っている。ルウの仲間なのだろう。
「りゅ、竜?」
「翼竜だ」
「え、きゃあああ!」
私を抱えたまま、ルウは最初に降りてきた翼竜にひらりと跨がった。驚いて舌を噛みそうになる。
「父上、母上。ここからは彼らが護衛に付きます。私はデルフィーヌを連れて先に行って待っています」
「わ、わかった」
「もう行ってしまうの?」
あまりにあっけない再会に、母が不満の声を漏らした。
「また後でゆっくり。デルフィーヌは預かっていきます」
「わ、私は荷物じゃないわ!」
担がれて荷物のように扱われて文句を言うと、「黙っていないと舌を噛むぞ」と、ルウが脅してきた。
最後に見た時より、肩幅も広くなっている。
最後に見た時より、一回りも二回りも逞しくなっている。
最後に見た時より、髪も伸びている。
最後に見た時より、眼光も鋭くなっていて、今は殺気立っているのがわかる。
それでもその青い瞳は幼い頃から見つめてきたのと同じ。
黒く艶々とした鎧を身に纏い、首元からちらりと赤い首巻きを覗かせ、高い位置で長い髪をポニーテールにしている。
両手に一本ずつ持った剣から滴り落ちる血は、飛び降りてここへ来るまでに斬りつけてきた山賊たちのものだろう。
「デルフィーヌ」
「ルウ」
ルウは、立ち尽くす私の全身にさっと視線を巡らす。
「怪我は?」
「うん、大丈夫」
私がそう言うと、彼はスイッと顔を背ける。その先にはルウが来たことにも気づかず、まだ山賊と向き合っている父がいた。
「ちょっと待ってて」
それだけ言うと、ルウは地面を蹴って父のところへ弾丸のような速さで駆けていった。
その途中にいる山賊達は、あまりの速さに己が切りつけられたことにも気づかないうちに、自らの腕や足が宙に舞うのを目にする。
そして少し遅れて、己の身に何があったか悟り、苦痛の叫びを上げて血飛沫と共に地面に倒れていった。
まさに電光石火。金色の髪の残像が、車のヘッドライトやテールランプが線状になった光跡写真のように見えた。
押され気味だった戦況が、ルウ一人の出現によってあっという間に決着を迎えた。
山賊達の中で、その場で息をしている者は誰もいない。
ルウが来る前に私達が倒した相手より、彼一人で殲滅した相手の方が遙かに多かった。
まるで早巻きで話を進めたかのように、一瞬で結末を迎えてしまった。
ビュンビュンと剣を振り回し、付着した血を飛ばしてから、彼はそれを両腰の鞘に収めて父に近づいていく。
「ルドウィックか?」
「父上」
目をしばたかせ、問いかける父に彼が笑いかけ、殺気立った気配が消え失せる。
「大丈夫ですか?」
「ああ、本当にルドウィックなのか?」
「ええ、そうです」
「本当に?」
信じられないのか父は何度も何度も確認して、そしてようやく危機を脱したと悟ったのか、腰が抜けたようにストンとその場に座り込んだ。
「助かった…のだな」
「そうです父上。間に合ってよかった。お元気でしたか? どこも怪我はしていませんか?」
「あ、ああ」
「ルドウィックですって!」
ガチャンと馬車の扉が開いて、母が転がり落ちるかという勢いで飛び出してきた。
「母上」
「ああ、本当に・・助けに来てくれたのね」
座り込んだ父を助け起こしながら、ルドウィックが母の方を見て笑顔を向ける。
ボンヌさんの言った「氷の勇者」の片鱗は少しも感じられない。
今両親に向き合っているルドウィックが、自分たちの知るルドウィックだ。
「ほ、本物の・・勇者様ですか?」
いつの間にか私の横に来ていたコートさんとベヌシさんが呟く。
つい先ほどまで死を覚悟していたのに、あっという間に事態は変わってしまった。
「そのようです」
「信じられない。なんて早技だ。剣さばきがまったく見えなかった」
「あれが勇者の実力・・」
こちらの被害は数人の護衛達が怪我を負ったものの、誰も命を落としていない。
反対に山賊達は、槍を突き刺された男を初めとして、全員が屍となり、あちこちにバラバラにされた手足や体が転がっていて、血の海に浮かんでいる。まさに地獄絵図のようだった。
「デルフィーヌ嬢、お怪我は?」
ベヌシさんがぐいっと側に寄って、私の肩に触れた。
その瞬間、竜巻のような風が起った。
「きゃっ」
「うわ!」
土埃が舞い上がり、思わず目を閉じた。
「な、なに」
そして目を開けると、目の前にルドウィックが立っていた。しかも青い瞳に鋭い殺気を滾らせて。
「ルウ」
瞬間移動でもしたのかと思った。
それよりなぜ彼は怒っているんだろう。
「あ、ありがとうございます。勇者・・様」
ベヌシさんがお礼を言ったが、それには答えずルウはガッと私の腰を掴んで肩に担ぎ上げた。
「ル、ルウ、何?!きゃあ!お、おろしてよぉ」
天地がひっくり返って慌てふためいていると、ルウが口笛を吹いた。
バサバサバサと突風を伴い羽を羽ばたかせながら、空から竜が舞い降りてきて地面に着いた。
それは一頭ではなく、何頭もいる。そこに一頭に一人ずつ人が乗っている。ルウの仲間なのだろう。
「りゅ、竜?」
「翼竜だ」
「え、きゃあああ!」
私を抱えたまま、ルウは最初に降りてきた翼竜にひらりと跨がった。驚いて舌を噛みそうになる。
「父上、母上。ここからは彼らが護衛に付きます。私はデルフィーヌを連れて先に行って待っています」
「わ、わかった」
「もう行ってしまうの?」
あまりにあっけない再会に、母が不満の声を漏らした。
「また後でゆっくり。デルフィーヌは預かっていきます」
「わ、私は荷物じゃないわ!」
担がれて荷物のように扱われて文句を言うと、「黙っていないと舌を噛むぞ」と、ルウが脅してきた。
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