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第二章

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 私が母のいる馬車に戻り、剣を掴んだと同時に、怒声と夥しい数の馬の蹄の音が響き渡った。

「来た」
「デルフィーヌ、気をつけて」
「はい、お母様」

 私が狩りに出ることに、最初父の方が反対した。
 しかし、母が才能に性別は関係ないという考えで、父を説き伏せてくれた。
 日本では縁のなかったことも、ここでは覚えないと生きていけない。
 命のやりとりは未だに慣れないが、殺らなければ殺られる世界に生まれ変わってしまったからには、ここでの生き方に慣れるしかない。

「声をかけるまで開けないでください」
「わかっているわ」

 母も一応は剣を扱えるが、あまり上手とは言えない。あくまで自衛のために少し扱えるという程度だ。
 相手が女だということで油断すれば、一矢報いるチャンスもある。

 すうっと深い呼吸をしてから、私は馬車から降り立った。

「デルフィーヌ」

 すぐに父が側に駆け寄ってきた。
 前の商隊はすでに乱闘が始まっていて、こちらにも数人が走り込んで来ているのが見える。
 背後からも数人が馬に乗ってこちらへ向かっている。

「あなた、気をつけて」

 馬車の窓から母が声をかける。

「わかっている。まだまだ腕は鈍っていないさ。お前は出来るだけ窓から離れていろ」

 そう言って鞘から剣を抜く。
 私も同じように剣を抜いて構えた。

 普段からドレスではなく、平民が着るようなワンピースを着ていたが、旅の間は長めのチュニックの下にズボンを履いていた。 
 
 こちらの護衛が馬に向かって矢を放つと、何人かはそれを受けて馬から落ちたが、それでも数は五分五分と言える。
 前の商隊がなかったら、あの倍はいたことになる。

「来るぞ、気をつけろデルフィーヌ」

 人が良くて、普段は優しい父の張り詰めた声に、私は頷いた。

「お父様も」
「なあに、まだまだ腕は鈍っていないよ」

 そうして二人で鞘から剣を抜いた。


 *****

 ガキン ガキン とあちこちから鋼がぶつかる音がする。
 雄叫びや馬の嘶き、悲鳴に弓の弦が撓る音も。
 
「増えたな」

 すでに数人の盗賊を、私と二人でいなした父が背後で呟いた。
 
「どうやら向こうの商隊が、奴らの手に落ちたようだ」

 ちらりとそちらに目を向ければ、数人の男たちがこちらに合流するため向かってくるのが見えた。

 コートさんや護衛の人達が善戦してくれているが、あの人数が合流すれば、戦況は一気に傾く。
 力はどうやら均衡している。持久戦になれば、数に限りがあるこちらが不利になるのは目に見えている。
 息も上がり、汗が目に入るのを拭う間もない。
 
「クッ」

 力任せに剣を振りかざす輩の剣戟を払い除ける。
 どうやら私と父がいるここが、一番脆弱だと敵が思ったようで、コートさんたちよりこちらに人が集まってきている。

「どりゃああああ、覚悟しろ」

「あ!」

 私よりひときわ大きな体格の男が、力任せに上から剣を振り下ろし、その重さに耐えきれず体勢が崩れた。

「デルフィーヌ!」

 私のところへ駆けつけようとする父の姿が、視界の隅に見えたが、間に合わない。

 覚悟を決めて目を瞑った瞬間、ビュンっと何かが風を切る音が聞こえ、「ぐわぁっ」とくぐもった声が聞こえた。

 閉じた目を開けると、今にも私に襲いかかろうとしていた男の胸を突き刺す大きな刃先が見えた。

「ゴボッ」

 男の口から血が吹きこぼれ、私の髪と頬に落ちた。

「デルフィーヌ!」

 父ではない声に呼ばれて、はっとして前に倒れかかってきた男の体から、咄嗟に見を転じて逃げた。
 私が今までいた場所の地面に男が大きな音を立てて、うつ伏せに倒れた。
 背中には大きな槍が刺さっている。
 どこから誰が投げたのか。

「な、何が…」

 そう思った瞬間、地面に大きな影が差し、バサリバサリと大きな翼が羽ばたく音に上を向いた。

 太陽の光を妨げるように大空に大きな翼の生き物が浮かび、そこから何かが飛び降りてくるのが見えた。

 まっすぐ地面に向かって飛び降りてきたのは人だった。

 シュタッとその人物が少し離れたところに着地する。
 陽光が反射してここからは人であることしかわからない。

 その人物は両手に何かを持って、一目散にこちらへ走り抜けてくる。
 まるで電光石火のような早業で、彼が通り過ぎた後に少し遅れて、山賊たちが血飛沫を上げて倒れていく。

「うそ…」
 
 上空の大きな影を落とす生き物が光の反射を遮り、ようやくその人物の姿がはっきり見えたと思った頃には、目の前で立ち止まった。
 
「ルウ」」

 輝く金髪に黒く光る硬い甲冑。長身のその人物の姿は、すっかり逞しくなっていたが、記憶にあるその人だった。
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