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第二章

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 最初の六日間は順調だった。
 天気も良くて、そのうちの半分は野宿だったが、旅慣れたベヌシさんたちは野営の準備も手際よく、特に不便さは感じなかった。
 食事もザ・キャンプ飯という感じだったが、贅沢は言っていられない。
 途中の宿も高級とは言えないまでも、部屋は清潔で料理も美味しく、自分たちだけではこうはいかなかった。
 ネットなどで星がついたホテルや、実際泊まった人のコメントを見て確認するわけにもいかない。
 かつて父が王都へ行った時には、もっと安くて汚い宿だったそうだ。

「ありがとうございます。貴方のお陰でここまで快適に過ごすことができました」

 父がベヌシさんにお礼を言う。

「こちらこそ、通い慣れた道ですが、楽しく過ごせました。デルフィーヌ嬢からも色々お話が聞けましたし、有意義な時間でした」

 宿や野宿の野営場所などで、私は彼に帳簿の付け方や複式簿記のことについて、マニュアルを教本にして教えた。道中の馬車でも、二人きりになることを父に禁じられたので、父や母と同席のもと、彼の質問に答えた。

「しかし、順調なのはここまでです。これから王都までの道のりで一番の難所であるトレリル山を越えなければなりません」
「そうですな」

 私達は宿の窓から見える大きな山を眺める。
 これまで比較的平地を通ってきたが、ここからは山道を越えていかなければならない。
 トレリル山の周辺は日本アルプスの立山連峰のような場所だ。唯一トレリル山だけが馬車などで通れる。しかしそこを通るしかないということは、そこを通る商隊などを狙って山賊などが潜んでいる可能性が高い。
 これまでも何度か国が討伐隊を編成していたが、ひとつの集団を捕らえても、また新しい集団がいつの間にか生まれている。結局は貧しさなどから略奪に走る者は後を絶たず、さらには暗黒竜に荒らされた町や村から流れてきた者なども、盗賊に身を落としていく。数ヶ月前にも討伐隊が編成されたらしいが、また新たな一団が生まれている頃合いかもしれない。
 数百年に一度の暗黒竜の襲撃より、人の手による惨劇の方が頻度が多いというのは、何とも皮肉な話だ。

「ここへ来る時はどうされたんですか?」
「北回りで山脈を迂回しました。しかし今回王都に着く日に限りがありますから、ここを通るしかありません」

 迂回をすれば更に一週間は時間がかかる。しかも迂回先の街は物価も高く、宿泊費も嵩む。時間とお金に余裕があるなら別だが、危険を冒してまであそこを通る人がいるのは、そういう理由だ。

 次の日の朝早く私達は出発した。山中で野宿は危険なので早く出発して陽が暮れるまでには山を越えたいところだ。コートさんたち護衛だけでなくベヌシさんも戦いに備えて支度を整えた。
 私も父も同じように支度をして、私達はトレリス山に一番近い町から出発した。

 山道を警戒しながら登っていく。少し前を私達とは別の商隊が登っているのが見える。彼らも冒険者ギルドで警護を雇っているのか、武装した男性達が周りを囲んでいる。
 ベヌシさんのように私設の護衛を持っている人は平民ではあまりいない。
 都度雇う冒険者の護衛とは違い、常に護衛を雇うということはそれなりに維持費はかかるからだ。

「若、ちょっと様子がおかしい」

 先頭を行っていたコートさんが後ろに下がってきて言った。

「おかしい・・とは?」

 開いていた書類を閉じて、ベヌシさんが緊張した面持ちで問いかけた。

「そろそろ山の中腹なのに、反対側からくる者がいない」

 道は一本道。私達が登ってきた場所から向こうへ行く者もいれば、反対から登ってくる者もいる。
 旅は初めての私は気づかなかったが、旅慣れている彼らはそれを「異常事態」だと感じたらしい。

「ちょっと様子を見てきます」

 そう言いながら、コートさんは腰の剣に触れた。

「気を付けろ」
「はい、若も」

 そして周囲の他の者にも視線を動かし、無言のまま手振りで何かを指示してから彼は進行方向へと馬を走らせた。

 コートさんが立ち去ると、べヌシさんは私と父に向き直った。

「ブレアル男爵、デルフィーヌ嬢、お覚悟を」
「デルフィーヌ」
「はい、お父様」

 父に名を呼ばれ、私達は互いに顔を見合わせてから頷いた。
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