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第一章
⑥
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「はじめまして、ファルビオと言います。あなたがデルフィーヌ・ブレアルさんですか?」
「はい、そうです」
デルフィーヌが答えると、彼は少し意外そうな顔をした。
ファルビオと名乗った男性は、カイラが言うように品のある風情のイケメンだった。
紺色の髪は肩の辺りまで切り揃えられ、細い縁のメガネの奥のグレーの瞳には、理知的な光が垣間見える。
細身で背は高く、口調も丁寧で、冒険者ではなく商人だとわかる。
「商業ギルドにご用ですか? ここは冒険者ギルドと職人ギルド、商業ギルドすべてのギルドの受付です。ご用はこの受付のカイラさんに…」
なぜ彼が私を見て少し驚いたように目を見開いたのか。
国中に出回っている勇者の絵姿から、勝手に姉である私の姿を想像し、それと違うと言われることには慣れている。
「すみません、商業ギルドに用というか、私は王都の商業ギルド本部から、ブレアルさんに会いたくて来たのです」
「本部から…? 私に会いに?」
「だからデルフィーヌにお客さんだって言ったでしょ」
カイラさんが、自分はちゃんと客の目的を伝えたのにと、口を尖らせる。
「あ、そうだね。ごめんなさい。でも、本当かどうか疑ってて、何しろルドウィックの関係以外で私を訪ねてくる人はいなくて、あなたもそうだと…」
「ああ、そう言えば、あなたは勇者のお身内でしたね」
初めてルドウィックがおまけみたいなことを言われて、今度は私が驚いた。
「あの、それで私に用とは?」
彼が私に会いに来た目的は何だろう。
「これを作ったのは、あなただそうですね」
彼は持っていた鞄から封筒を取り出した。
封筒の表には中身が何なのか書いてある。
それは随分前に私が作成してギルド本部へ送った、この街の各ギルドの決算書だった。
「はい、そうです。あ、もしかしてどこか間違っていましたか?」
もしかしてわざわざ間違いを指摘し、出し直しを指示しに来たのかな。
私より頭一つ背が高い彼を見上げると、彼は首を横に振った。
「いえ、その逆です。間違いなど何一つない、完璧な決算書でした。しかも簡潔でわかりやすく、これまで見たどの決算書より素晴らしい」
キラキラ目を輝かせ、食い気味に彼は言った。
「あ、ありがとう…ございます」
「これを見て、私は雷に打たれたような衝撃とともに、作った人物がどんな人だろうと、想像しました。まさか、こんなに若くて美しい女性とは思わず、驚きました」
「は、え、あ、ど、どうも…」
単純に褒められ照れてお礼を言った。いつも勇者の姉とか、ブレアル男爵家のおまけのように言われていたので、直接的に褒められると、対応に困ってしまう。
「あの、それを言いにわざわざ?」
ここまで王都から馬車でかなりかかる。まさかそんなことはないだろうとは思いながら、尋ねた。
「いえ、もともとバーニャカラザまで所用があったので、その帰りに少し足を伸ばして立ち寄りました」
バーニャカラザはオークレールに一番近い港のある都市だ。海を渡れば隣国のタールマハトがある。ここは王都とバーニャカラザとを結ぶ交易路からは少し北に逸れたところにある。
わざわざ来ようと思わなければ、人の来ない街だった。
「そうなんですね」
わざわざ私に会いに来たと言われても困ったので、ちょっと安心する。
「でも、会いたいと思っていたので、用事を一日早く終わらせて来ました」
「ねえ、デルフィーヌ、ここで立ち話も悪いから、奥に入ってもらったらどうかしら」
リタさんが後ろに来て耳打ちする。
「わざわざ来ていただいたのですから、お茶でもとうぞ」
「いえ、お構いなく」
「そんなこと言わず、美味しいお菓子もありますから、とうぞ」
「そうです、どうぞ」
カイラさんとリタさんが、逃さないとばかりにファルビオさんの両脇に周り、腕を回す。二人に挟まれて彼は逃げられなくなる。
イケメンを逃さまいとする二人の魂胆が手にとるようにわかった。
「え、でも…」
「町長…ギルド長ももうすぐ外出先から戻ってきますので、本部からのお客様をおもてなしもせず帰したとあっては、私達が怒られますから」
「私達も王都の話とか聞かせてください」
「わ、わかりました。そんなに引っ張らないでください」
二人に掴まれた腕を、ファルビオさんは大した力も加えず解く。
そして私を振り返った。
「ブレアルさん、あなたの決算書についても、お話をうかがってよろしいですか?」
「あ、は、はい」
「本当に、あなたの書類は素晴らしい」
「ありがとうございます。そこまで褒めていただけて嬉しいです」
「書類も完璧ですが、作ったのがあなたのような人だとは、嬉しい誤算でした。ここまで足を伸ばした甲斐があります」
どうやら私の書類を、彼はいたくお気に召したようだ。
チート能力はなかったけど、この世界で前世の知識が少しでも日の目を見ることが出来た。
「暗黒竜と双剣の勇者」とそっくりの世界で、モブに生まれた私だけど、勇者の姉という役割以外に自分の存在価値があり、前世で勉強したことが役に立って、私も大満足だった。
「はい、そうです」
デルフィーヌが答えると、彼は少し意外そうな顔をした。
ファルビオと名乗った男性は、カイラが言うように品のある風情のイケメンだった。
紺色の髪は肩の辺りまで切り揃えられ、細い縁のメガネの奥のグレーの瞳には、理知的な光が垣間見える。
細身で背は高く、口調も丁寧で、冒険者ではなく商人だとわかる。
「商業ギルドにご用ですか? ここは冒険者ギルドと職人ギルド、商業ギルドすべてのギルドの受付です。ご用はこの受付のカイラさんに…」
なぜ彼が私を見て少し驚いたように目を見開いたのか。
国中に出回っている勇者の絵姿から、勝手に姉である私の姿を想像し、それと違うと言われることには慣れている。
「すみません、商業ギルドに用というか、私は王都の商業ギルド本部から、ブレアルさんに会いたくて来たのです」
「本部から…? 私に会いに?」
「だからデルフィーヌにお客さんだって言ったでしょ」
カイラさんが、自分はちゃんと客の目的を伝えたのにと、口を尖らせる。
「あ、そうだね。ごめんなさい。でも、本当かどうか疑ってて、何しろルドウィックの関係以外で私を訪ねてくる人はいなくて、あなたもそうだと…」
「ああ、そう言えば、あなたは勇者のお身内でしたね」
初めてルドウィックがおまけみたいなことを言われて、今度は私が驚いた。
「あの、それで私に用とは?」
彼が私に会いに来た目的は何だろう。
「これを作ったのは、あなただそうですね」
彼は持っていた鞄から封筒を取り出した。
封筒の表には中身が何なのか書いてある。
それは随分前に私が作成してギルド本部へ送った、この街の各ギルドの決算書だった。
「はい、そうです。あ、もしかしてどこか間違っていましたか?」
もしかしてわざわざ間違いを指摘し、出し直しを指示しに来たのかな。
私より頭一つ背が高い彼を見上げると、彼は首を横に振った。
「いえ、その逆です。間違いなど何一つない、完璧な決算書でした。しかも簡潔でわかりやすく、これまで見たどの決算書より素晴らしい」
キラキラ目を輝かせ、食い気味に彼は言った。
「あ、ありがとう…ございます」
「これを見て、私は雷に打たれたような衝撃とともに、作った人物がどんな人だろうと、想像しました。まさか、こんなに若くて美しい女性とは思わず、驚きました」
「は、え、あ、ど、どうも…」
単純に褒められ照れてお礼を言った。いつも勇者の姉とか、ブレアル男爵家のおまけのように言われていたので、直接的に褒められると、対応に困ってしまう。
「あの、それを言いにわざわざ?」
ここまで王都から馬車でかなりかかる。まさかそんなことはないだろうとは思いながら、尋ねた。
「いえ、もともとバーニャカラザまで所用があったので、その帰りに少し足を伸ばして立ち寄りました」
バーニャカラザはオークレールに一番近い港のある都市だ。海を渡れば隣国のタールマハトがある。ここは王都とバーニャカラザとを結ぶ交易路からは少し北に逸れたところにある。
わざわざ来ようと思わなければ、人の来ない街だった。
「そうなんですね」
わざわざ私に会いに来たと言われても困ったので、ちょっと安心する。
「でも、会いたいと思っていたので、用事を一日早く終わらせて来ました」
「ねえ、デルフィーヌ、ここで立ち話も悪いから、奥に入ってもらったらどうかしら」
リタさんが後ろに来て耳打ちする。
「わざわざ来ていただいたのですから、お茶でもとうぞ」
「いえ、お構いなく」
「そんなこと言わず、美味しいお菓子もありますから、とうぞ」
「そうです、どうぞ」
カイラさんとリタさんが、逃さないとばかりにファルビオさんの両脇に周り、腕を回す。二人に挟まれて彼は逃げられなくなる。
イケメンを逃さまいとする二人の魂胆が手にとるようにわかった。
「え、でも…」
「町長…ギルド長ももうすぐ外出先から戻ってきますので、本部からのお客様をおもてなしもせず帰したとあっては、私達が怒られますから」
「私達も王都の話とか聞かせてください」
「わ、わかりました。そんなに引っ張らないでください」
二人に掴まれた腕を、ファルビオさんは大した力も加えず解く。
そして私を振り返った。
「ブレアルさん、あなたの決算書についても、お話をうかがってよろしいですか?」
「あ、は、はい」
「本当に、あなたの書類は素晴らしい」
「ありがとうございます。そこまで褒めていただけて嬉しいです」
「書類も完璧ですが、作ったのがあなたのような人だとは、嬉しい誤算でした。ここまで足を伸ばした甲斐があります」
どうやら私の書類を、彼はいたくお気に召したようだ。
チート能力はなかったけど、この世界で前世の知識が少しでも日の目を見ることが出来た。
「暗黒竜と双剣の勇者」とそっくりの世界で、モブに生まれた私だけど、勇者の姉という役割以外に自分の存在価値があり、前世で勉強したことが役に立って、私も大満足だった。
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