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第一章

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 遠くで教会の鐘の音が聞こえる。
 教会の鐘は日に三度、朝と昼と夜に鳴らされる。

 私は畑の草引きの手を止めて、ほうっと一息吐いた。

「もうお昼か」

 立ち上がってう~んと腕を上げて伸びをした。

「デルフィーヌ、一旦家に戻ろう」
「うん」
 
 一緒に畑仕事をしていた父が声を掛け、私は衣服に付いた土をパンパンと払って、抜いた草を集め鎌を持った。

「今日中には何とか終わりそうね」

 前世はマンション住まいでベランダ菜園しか経験がなかった。
 しかし貧乏男爵家の娘として転生し、自分たちの食い扶持を賄うために小さい頃から畑仕事をしてきたため、今ではすっかり一人前になった。
 
「ルドウィックがいたらもうとっくに終わっているのにな」

 共に邸に帰りながら父が呟いた。
 ルドウィックが勇者の神託を受け、王都へと旅立ってからすでに半年が経った。
 
「お父さん、それは言ったら駄目よ。ルドウィックはこの世界を救う使命があるの。畑仕事は私たちの仕事。私たちはルドウィックみたいに暗黒竜を退治することができないんだから、私たちは私たちの出来ることをがんばろう」
「それはそうだが・・お前、ルドウィックとはどうなっているんだ?」
「どうって?」
「その・・あいつはお前のこと、好きだっただろ? 王都へ行く前の日、二人でちゃんと話し合ったんだろ」
「話し合った・・と言えるかな」

 あの晩、自分とルドウィックとの間に何があったか、両親は口にはしないが、勘づいているだろう。
 ルドウィックが私への想いを伝え、両親は自分たちを二人きりにした。
 その結果、私は彼に一晩中抱かれ、見送りすら出来ないくらいぐだぐだにされた。

「私たちにとは別にお前宛ての手紙だっていつも来るし、うまくいっているんだろ?」

 王都からここまで馬車を乗り継いでも一ヶ月かかる。手紙が来て返事を書いても届くのに一ヶ月かかり、返事もまた一ヶ月かかる。
 内容は王都での生活のことや訓練のこと。それからデルフィーヌに会いたい。デルフィーヌのために頑張る。と言ったようなことが書かれていた。
 私からの手紙はここでの暮らしぶりについてが主だった。
 大して書くこともないつまらない内容。ここの生活は生きていくのが精一杯で、娯楽と言えるものもない。

「異世界転生しても、何のチート能力もないモブだもん」
「え?」
「ううん、何でも無い」

 ぼそりと呟いた独り言に父が反応したが、慌てて何でも無いと打ち消した。

 この世界、魔法を使えるのはほんの一握りの才能がある者だけ。スキルもステータスウィンドウも、アイテムボックスも私は持っていない。
 
 「暗黒竜と双剣の勇者」の主人公はルドウィックで、彼は勇者として数多の困難を乗り越え、様々な能力を身につけ、ラスボスの暗黒竜を倒す。

「この前の手紙で、訓練を終えたからもうすぐ暗黒竜の巣のあるモビルック山へ出発するって書いてあったな」
「本当は一年かかるって言われていたらしいのに、皆驚いていたって」
「さすがルドウィックだな」
「そうだね」

 天は一人の人間に二物も三物も与えた。ゲームの世界だから序盤はそれほど力はないだろうが、やがて彼は真の勇者の力に目覚めることだろう。
 そして暗黒竜を倒す。
 ゲームでは総プレー時間何十時間かで終了してしまうが、実際はどれくらいの月日が掛かるんだろう。
 
「大きな怪我も無く無事に帰ってきてくれるかな」

 父が呟く。

「きっと大丈夫だよ。魔法使いや神官もいるし、聖女様もいるんでしょ」

 勇者は一人じゃない。討伐メンバーは国中から優秀な人材が集められている。

「それはそうだが・・やっぱり心配だ。子供のことを親が心配するのは当たり前だろ」
「それはそうだけど」

 主人公の勇者が死んだらこのゲームはゲームオーバーだ。しかし現実世界でもあるここは、リセットボタンはない。万が一と言うことはある。父の心配する気持ちもわかる。

「お前は心配じゃないのか。ルドウィックは小さい頃から一緒に育った従弟で家族で、お前の将来の夫なんだぞ」
「心配していないなんて言っていない」

 私にとってもルドウィックは家族だ。そして不意打ちだったとはいえ、初めての相手でもある。
 でも将来の夫かどうかはわからない。
 ルドウィックはずっと私が好きだと言った。
 私も彼が好きだが、これまで一人の男性として意識したことはなかった。
 あの夜、私を抱いた彼の腕は逞しく、奥深くまで挿入された彼の陰茎は、間違いなく男だった。
 何度も好意を告げ、腰が立たなくなるまで貫かれた。
 でもそれは、この辺境の地の人口わずか数千のオークレールでの、少ない選択肢の中から選んだものだ。
 王都に行けばいくらでも人はいる。綺麗に着飾った令嬢たちや妖艶なお姉様達。王女様だっている。
 畑仕事などで荒れて、日に焼けた田舎くさい義姉のことなど、すぐに忘れてしまうだろう。
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