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プロローグ
勇者の旅立ち①
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「じゃあオレ、行ってくるよ」
弟のルドウィックが勇者となり、暗黒竜を討伐するために旅立つ。
早めに朝食を取り、身支度を済ませる。とは言っても持ち物はそれほど多くない。
数日分の着替えと僅かばかりの金銭だけ。後は全部後から揃えてくれるということだった。
「うん、いってらっしゃい」
そして私はそんな弟を物語の序盤で見送る。
そんな光景を私は想像し、それは確実に来る未来の筈だった。
弟とは言っても私達の本当の関係は従姉弟だ。私の母がルドウィックの父親と兄弟で、彼が小さい頃両親が事故で亡くなり私の両親が引き取ったのだった。
とは言え彼が生まれたときから側にいるのだから、姉弟同然だ。
けれどその容姿はまったく異なる。
茶色の巻毛と焦げ茶色の瞳、顔も平凡で特徴のない私に比べ、ルドウィックはお陽さまのような金髪に澄んだ青空のような青い瞳。背も高く、貧乏男爵の我が家は常に人手が足りないので、狩りも農作業もこなすため、よく日に焼けていて、意外に筋肉質なのを知っている。十三歳まで背丈は私のほうが勝っていたのに、いつの間にか追い越されて、今は頭一つ以上抜きん出ている。
そんな感じだから辺境の片田舎の領地で、ルドウィックは女の子にモテた。
いずれは我がブレアル男爵家を継いでくれると思っていた。
しかし、ある朝事態は一変した。
おびただしい馬の蹄の音がしたと思ったら、荒々しく玄関のドアが叩かれ、慌てて執事兼料理長兼馬丁頭のジョルジュが応対に出た。
「王都からのお客様です。ルドウィック様に御用だとか」
「王都からルドウィックに?」
父と母、私、そしてルドウィックは互いに顔を見合わせた。
私は心の中で―ついにこの時が来た―と思った。
「神託が下された。ルドウィック・ブレアルはただちに王都へ赴き、然るべき訓練を受けて、勇者として暗黒竜討伐の任を受けよ」
突然のことに両親は唖然としていた。私も驚いたふりをする。ルドウィックも驚いて当然なのに、なぜか彼は冷静だ。そして無言で使者の前に進み出て膝を突き、頭を垂れた。
「勅命、確かに承りました」
「ルドウィック!」
「ルウ」
両親も他の人もルドウィックと呼んでいたが、私だけがルウと呼んでいた。
跪いたまま、彼は私達を振り返り黙って頷いた。
最近暗黒竜が時折現れ、人が住む村や町を襲っているともっぱらの噂だった。今のところ被害は私達が住むオークレールとは遠く離れた山の向こうに集中しているが、翼を持つ竜のこと、いずれはここも狙われるだろう。そんな危機感を募らせていた。
勇者に選ばれることは名誉なことだが、そこには危険が伴うことも承知の事実だ。
両親の驚きもわかる。
私も努めて驚いた顔をしていたが、これは今から物語が動き出す、いわば序章の部分。ここでルウが勇者になるべく王都へ行かなければ、話は始まらない。
「心配しないで、オレは無事に帰ってくるから」
いきなりの出来事に戸惑う家族にルドウィックは確信があるのか、力強く告げた。
うん、知ってるよ。あなたとあなたのパーティーは必ず暗黒竜を打ち倒す。ただそれは簡単にはいかなくて、色々な困難や仲間の裏切りなどを乗り越えて行かなければいけない。
ことは急を要すること。一刻も早い出発をと使者が言うところを、家族との時間をと一日待ってもらった。
貧乏だけど、その中で最高のご馳走を用意した。食卓に出された肉は殆どルウが捕まえた獲物で、野菜は彼が丹精込めて育てたものだったけど。
「こんなご馳走…ありがとう、義父さん、義母さん、デルフィーヌ」
「もうルウったら、また呼び捨て? デルフィーヌ姉さんって呼んでよ」
昔はお姉チャンって呼んでくれていたのに、背を追い越した辺りから彼は私を呼び捨てにする。何度注意しても彼はガンとして聞き入れてくれなかった。
「だって、本当の姉ちゃんじゃないし」
その言葉に、少なからず私はショックを受けた。
「さあ、さあ、呼び方はこの際どうでもいいじゃない? 料理が冷めてしまうわ。それにルドウィックとは暫く会えなくなるんだから、ほら、食事を楽しみましょうよ」
気まずくなる雰囲気を母さんが打ち消そうと、パンと掌を打ち鳴らした。
「そ、そうだな…さあ、食べよう食べよう」
父さんもそれに同調して家族団欒の壮行会もどきが始まった。
私はと言えば、皆が楽しそうに食事を進める中、恨めしそうにルウを見ながら肉を食べた。
どうして? 私は彼が生まれたときから傍にいて、あんなに可愛がったのに。どうしてお姉チャンじゃないなんて言うの?
実は私には前世の記憶があった。
日本人としての記憶。詳しく覚えていないが、前世の私は事故か何かで死んだと思う。
ルドウィックが生まれた時に、それを思い出した。
そしてここが「暗黒竜と双剣の勇者」というRPGゲームと似た世界だと気づいた。
主人公の名前はもちろんプレイヤーが好きに変えられるが、初期設定は「ルドウィック」だった。
弟のルドウィックが勇者となり、暗黒竜を討伐するために旅立つ。
早めに朝食を取り、身支度を済ませる。とは言っても持ち物はそれほど多くない。
数日分の着替えと僅かばかりの金銭だけ。後は全部後から揃えてくれるということだった。
「うん、いってらっしゃい」
そして私はそんな弟を物語の序盤で見送る。
そんな光景を私は想像し、それは確実に来る未来の筈だった。
弟とは言っても私達の本当の関係は従姉弟だ。私の母がルドウィックの父親と兄弟で、彼が小さい頃両親が事故で亡くなり私の両親が引き取ったのだった。
とは言え彼が生まれたときから側にいるのだから、姉弟同然だ。
けれどその容姿はまったく異なる。
茶色の巻毛と焦げ茶色の瞳、顔も平凡で特徴のない私に比べ、ルドウィックはお陽さまのような金髪に澄んだ青空のような青い瞳。背も高く、貧乏男爵の我が家は常に人手が足りないので、狩りも農作業もこなすため、よく日に焼けていて、意外に筋肉質なのを知っている。十三歳まで背丈は私のほうが勝っていたのに、いつの間にか追い越されて、今は頭一つ以上抜きん出ている。
そんな感じだから辺境の片田舎の領地で、ルドウィックは女の子にモテた。
いずれは我がブレアル男爵家を継いでくれると思っていた。
しかし、ある朝事態は一変した。
おびただしい馬の蹄の音がしたと思ったら、荒々しく玄関のドアが叩かれ、慌てて執事兼料理長兼馬丁頭のジョルジュが応対に出た。
「王都からのお客様です。ルドウィック様に御用だとか」
「王都からルドウィックに?」
父と母、私、そしてルドウィックは互いに顔を見合わせた。
私は心の中で―ついにこの時が来た―と思った。
「神託が下された。ルドウィック・ブレアルはただちに王都へ赴き、然るべき訓練を受けて、勇者として暗黒竜討伐の任を受けよ」
突然のことに両親は唖然としていた。私も驚いたふりをする。ルドウィックも驚いて当然なのに、なぜか彼は冷静だ。そして無言で使者の前に進み出て膝を突き、頭を垂れた。
「勅命、確かに承りました」
「ルドウィック!」
「ルウ」
両親も他の人もルドウィックと呼んでいたが、私だけがルウと呼んでいた。
跪いたまま、彼は私達を振り返り黙って頷いた。
最近暗黒竜が時折現れ、人が住む村や町を襲っているともっぱらの噂だった。今のところ被害は私達が住むオークレールとは遠く離れた山の向こうに集中しているが、翼を持つ竜のこと、いずれはここも狙われるだろう。そんな危機感を募らせていた。
勇者に選ばれることは名誉なことだが、そこには危険が伴うことも承知の事実だ。
両親の驚きもわかる。
私も努めて驚いた顔をしていたが、これは今から物語が動き出す、いわば序章の部分。ここでルウが勇者になるべく王都へ行かなければ、話は始まらない。
「心配しないで、オレは無事に帰ってくるから」
いきなりの出来事に戸惑う家族にルドウィックは確信があるのか、力強く告げた。
うん、知ってるよ。あなたとあなたのパーティーは必ず暗黒竜を打ち倒す。ただそれは簡単にはいかなくて、色々な困難や仲間の裏切りなどを乗り越えて行かなければいけない。
ことは急を要すること。一刻も早い出発をと使者が言うところを、家族との時間をと一日待ってもらった。
貧乏だけど、その中で最高のご馳走を用意した。食卓に出された肉は殆どルウが捕まえた獲物で、野菜は彼が丹精込めて育てたものだったけど。
「こんなご馳走…ありがとう、義父さん、義母さん、デルフィーヌ」
「もうルウったら、また呼び捨て? デルフィーヌ姉さんって呼んでよ」
昔はお姉チャンって呼んでくれていたのに、背を追い越した辺りから彼は私を呼び捨てにする。何度注意しても彼はガンとして聞き入れてくれなかった。
「だって、本当の姉ちゃんじゃないし」
その言葉に、少なからず私はショックを受けた。
「さあ、さあ、呼び方はこの際どうでもいいじゃない? 料理が冷めてしまうわ。それにルドウィックとは暫く会えなくなるんだから、ほら、食事を楽しみましょうよ」
気まずくなる雰囲気を母さんが打ち消そうと、パンと掌を打ち鳴らした。
「そ、そうだな…さあ、食べよう食べよう」
父さんもそれに同調して家族団欒の壮行会もどきが始まった。
私はと言えば、皆が楽しそうに食事を進める中、恨めしそうにルウを見ながら肉を食べた。
どうして? 私は彼が生まれたときから傍にいて、あんなに可愛がったのに。どうしてお姉チャンじゃないなんて言うの?
実は私には前世の記憶があった。
日本人としての記憶。詳しく覚えていないが、前世の私は事故か何かで死んだと思う。
ルドウィックが生まれた時に、それを思い出した。
そしてここが「暗黒竜と双剣の勇者」というRPGゲームと似た世界だと気づいた。
主人公の名前はもちろんプレイヤーが好きに変えられるが、初期設定は「ルドウィック」だった。
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