令嬢娼婦と仮面貴族

七夜かなた

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1巻

1-2

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 そして、医師から突き付けられた言葉。
 完全な失明は免れたものの、ガビラの吐息に含まれた毒により神経が傷つき、わずかな光でも過剰な反応をすると言われた。
 医師は自分が動揺し、騒ぎ立てるのではと覚悟していたようだが、不思議と心は凪いでいた。
 目の前で多くの仲間が命を失ったのを見てきた。
 中には四肢が千切れたり、上半身や下半身を失ったりした遺体もあった。
 それを見てきたためか、多少の不便や制限があっても自分は生きているのだと、取り乱しはしなかった。

「辺境伯閣下は無事か?」

 自分の体の状態について説明を受けた後、医師に訊ねた。

「はい。何度もこちらに足を運ばれ、容体をお聞きになっておられました。討伐の後処理のために今は首都に戻られておりますが、お目覚めになられたらすぐにお知らせするよう、申しつかっております」

 それを聞いて安心した。
 目覚めて一週間後、病院へ両親と兄が面会にやってきた。
 無事とは言えないが、生きている息子を見て号泣していた。

「イアナは?」

 当然来ているはずの妻がいないことに疑問を抱き、訊ねた。
 派手好きで、常に異性からの称賛を糧としているような女性だった。自分以外の者に心を砕くような慈愛に溢れた聖女とはとても言い難いが、夫の窮地きゅうちに何を置いても駆けつけるくらいの優しさはあると思っていた。

「イアナは……イアナはね」

 言い淀む母の声が震えている。父も兄も言葉に窮している。
 それで何かが彼女の身に起こったのだと察した。

「どこか具合でも悪いのですか?」

 目を包帯で覆われているため、家族の表情を見ることはできないが、明らかに動揺している様子に、ただ事でない雰囲気を感じ取る。

「正直に言ってください。気休めの言葉や嘘は聞きたくありません」

 傷を負い、視覚に障害を持った時から、腫れ物に触るような周りからの空気に嫌気がさしていた。
 毅然きぜんとした言い方に、両親は重い口を開いた。

「事故…」

 しかもそれは自分が傷を負う少し前のことで、彼女の訃報は、自分がここに運び込まれるのと行き違いに届けられたようだ。

「亡くなる前、彼女は私とのことについて何か、言っておりませんでしたか?」

 少し前、彼女に送った手紙のことを思い出す。
 討伐もそろそろ終わり、何とか生きて帰れそうだとわかった時、夫婦の今後について自分の考えを書いて送った。
 思えばあれが彼女に送った最後の手紙だった。
 そうと分かっていたなら、もう少し言葉を選んで書いたものを。
 自分勝手な言い分だったと思いながら、死別ということで夫婦生活に突然終止符が打たれた。

「いえ、特に何も……彼女はずっと実家にいて、我が家にはほとんど近寄りませんでしたし……」
「そうですか……事故」

 ほぼ新婚生活もないまま、討伐に出征した自分との結婚は、彼女にとってどのようなものだったのだろう。
 彼女に対して、自分は優しい言葉の一つもかけたことがあっただろうか。
 死を覚悟して出征した討伐隊遠征。跡継ぎでない貴族の子弟にとって、参加は義務のようなものだ。
 仲間たちが、同じく討伐に参加する何人かとともに華々しく壮行会を開いてくれた。
 その日はなぜか酒の回りが早く、それほどの量を呑んでもいないのに泥酔してしまった。


 目が覚めると、同じ寝台に裸のイアナが横たわっていた。



   第二章 闇に浮かぶ灯火


 馬車が家の前に着くと同時に玄関の扉が開いた。

「お帰りが遅いから心配していたんですよ」
「ごめんなさい……アーチーと話をしていたから」

 中からクロエが飛び出してきて、馬車から降りた私に抱きついた。
 馬車は私を降ろすと、すぐに来た道を戻っていった。

「さあ、お疲れでしょう、体を拭いて差し上げますからね。それからゆっくりお休みください」

 クロエは私を労るように背中を押し、二人で家に入った。
 彼に名前を訊かれ、咄嗟に彼女の名前を告げた。クロエは姉の乳母だったタリサの娘で、私が四歳になるまで我が家にいた。私にとってはもう一人の姉のような人だった。アレスティスが我が家に出入りするようになった頃にはタリサは亡くなっていた。父親とともに彼女は我が家からいなくなっていたので、彼は知らないはずだ。
 アーチーが用意してくれた小さな二階建ての家は入るとすぐに台所兼食堂があり、奥にひと部屋がある。その部屋をクロエが使っていて、私は二階にある一室を使っていた。

「さあ、服を脱いで待っていてください」

 彼女は私より七歳年上で、すでに未亡人だ。彼女の夫も魔獣討伐の一員として出征し、そして昨年亡くなった。二人の間には子どももいなかったので、彼女は夫の死後、再び私の実家、サリヴァン子爵家に戻ってきていた。
 クロエとアーチー、そしてドリスの三人が私の協力者だった。
 服を脱いで待っていると、クロエがお湯の入った桶を持って戻ってきた。
 何も言わず彼女は首から肩、背中、胸からお腹と拭いてくれる。胸には彼が吸い上げた痕が点々と付いている。

「あ、そこは……」

 彼女が足の間に手を伸ばすと思わずびくりとなった。

「痛みますか?」
「少し……」
「後でお薬を塗りますね」

 男慣れしている風を装うため、痛みを堪えて彼を受け入れたけれど、男性との性交が初めての私に、彼のものはあまりに大きかった。
 私が今回のことを考えついた時、ドリスもアーチーも反対した。でも、クロエだけは反対せず、協力してくれた。
 夫を魔獣討伐で亡くした彼女は、大切な人を失う辛さを知っている。
 アレスティスは運良く生きて帰ってきたが、いつまたどうなるかわからない。それならば後悔しないように、というのが彼女の考えだった。
 もちろん、その先の私の人生にいい未来はないだろう。純潔が必ずしも花嫁の条件とは言えない平民と違い、貴族の令嬢は夫が初めてでなければならない。もっとも結婚後はその部分も緩くなり、互いの配偶者以外の相手と体の関係を持つ人も少なくない。

「あのね、彼……アレスティスは一度も笑わなかったの」

 記憶にある彼の笑顔はお日さまのように私の心を照らした。今の彼は凍てついた氷のようだった。長きにわたって命のやり取りをしてきて、最後に大きな後遺症を伴う大怪我を負った。そして戻ってきたら妻は事故で亡くなっていた。彼が世を儚み、引きこもった気持ちもわかる。
 彼をもう一度笑顔にする力が自分にあるとは思っていない。だが肉欲があるならば、生への執着が芽生え、また前向きに考えてくれるのではないか。
 いつでも彼の捨てゴマになる覚悟はできている。

「それで……乱暴なことでもされましたか?」
「ううん……酷いことは何も……彼の弱味につけこんだようで申し訳ないけど、一生ないと思って諦めていたことだから」
「お嬢様はそれでいいのですか? 後悔しないようにとは言いましたけど、一生思いを伝えないつもりですか?」
「……彼はまず自分を取り戻すことが最優先。私のことは後でいいわ。偉そうなことを言っても、必ず彼を昔の彼に戻す自信もないし、方法もわからない。これが正しいのか、確証もないわ」
「お嬢様……」

 体を拭き終わり、木綿でできた寝間着をすっぽりと頭から着せてから、クロエは私を抱き締めた。

「何があってもクロエは味方です。お嬢様が胸に秘めているあの方への思慕も、罪の意識も、全部わかっています。あの方に抱かれて、どうでしたか? やはりお辛いですか? もしお辛いなら、今から辞めても……」
「いいえ! 辞めない」

 思わず反論していた。クロエが仕方ないなと笑うのを見て、ひっかかったと思った。

「その……嫌……ではなかったわ。暗くてほとんど彼の顔も姿も見えなかったけど……邸にこもって半年なのに、まだ体には筋肉があって……傷だらけだったけど、私の体に触れて彼が興奮して……好きな人に抱かれるってあんな気持ちになるのね」

 開き直って思ったままを口にした。クロエに取り繕っても仕方がない。まだ彼の力強い腕と熱が体に残っている。もし夕べ一度だけで終わるなら、それでいいと思っていた。
 でも一度では満足できない気持ちに自分でも驚いている。彼も同じ気持ちなのか、また今晩も来いと言ってくれた。
 次こそは最後かもしれないが……


「お腹は空いていらっしゃいますか? 何かご用意しましょうか?」
「大丈夫。アーチーが軽食を出してくれたから」
「ですが、夕べも何も召し上がらなかったでしょう?」

 討伐から傷だらけで帰ってきて、私とは顔を合わせる間もなく、アレスティスは領地へと引きこもった。
 それから半年。初めて今の状態のアレスティスに会うことになった昨夜は、緊張して何も喉が通らなかった。
 正確に言えば、彼の所へ行くと決意してから、緊張の連続でまともに食べていない。
 お陰で少し痩せることができた。
 クロエにはそれ以上痩せる必要はないと言われたが、腰回りが細くなった。
 それでもアレスティスと結婚式を挙げた時のイアナの腰回りにはまだ遠く及ばない。

「では、いつでもお腹が空いたら食べられるように、何かお作りしておきますね」
「ありがとう、クロエ」

 お礼を言うと彼女は黙って何でもないと首を振った。

「お疲れでしょう、時間になったら起こして差し上げますから、お休みになってください」

 そう言って部屋の鎧戸よろいどを閉めて、クロエは部屋を出ていった。


 鎧戸よろいどの隙間から微かに零れる日の光に、ほこりがきらきらと舞うのをぼんやりと眺める。
 体は疲れているはずなのに、頭は冴えてすっきりしている。
 昨夜のことは実は自分の願望で、まだ夢を見ているのでないだろうか。
 初めて会った時、彼は十歳だった。少年らしさの中にすでに大人の雰囲気を醸し出していて、同じ年の兄が幼く見えたほどだ。
 それから年を追うごとに背も伸び、声も変わり、少年の面影は消え、社交界デビューの頃にはすっかり青年へと変わっていった。
 そんな彼の変化に気付いたのは私だけではない。
 彼と年の近い令嬢たちはすっかりアレスティスに夢中になった。
 年二回の長期休暇には必ず兄とともに我が家に顔を出してくれてはいたが、そのうちデートで忙しくなっていった。
 それでも、会えばいつも優しい笑顔を向けてくれた。
 ――魔獣討伐隊が編成されるらしい。
 ランギルスの森近くに領地を持つビッテルバーク辺境伯からそんな便りが届いたのは、彼が二十一歳。私が十五歳の頃。
 サリヴァン子爵家を継ぐルードヴィヒ兄さまと違い、ギレンギース侯爵家の次男であるアレスティスは、貴族令息の務めとして討伐隊に徴兵された。
 そして私にとっては最大の悪夢、イアナとアレスティスの婚約が発表された。
 討伐にアレスティスが赴くということだけでも衝撃だったのに、まさに青天の霹靂へきれき
 花婿として祭壇に立つアレスティスは、胸が締め付けられるほどに素敵だった。
 でも彼は私の花婿ではない。
 それがどんなに悲しく苦しかったか。最後まで涙を見せることなくのり切った自分を褒めてやりたい。
 夕べ私を抱いたアレスティスは、これまで私が知っているどの彼とも違っていた。
 欲望をたぎらせた雄の彼を初めて知った。
 いったい何人の女性があの腕に抱かれたのか。
 包み込む大きな手。広く厚い胸板。温かく滑らかな肌には、触れただけで無数の傷があるとわかった。
 誰にも触れさせたことのない秘所を彼の熱い陰茎が貫き、敏感な部分を擦った時の体中を突き抜ける快感は忘れない。
 肌を合わせ、深い部分で繋がったからこそわかる。
 彼の心には今でも誰かが住んでいる。
 それが誰なのか、聞かなくてもわかる。

「心が遠いわ、アレスティス」

 どんなに深く繋がっても、彼の心の奥にはたどり着けない。
 私はうっすらと涙を浮かべながら、いつしか眠りについていた。


 夕べと同じ部屋に通されると、昨日と同じように彼は待っていた。
 言われる前に彼に近づき、手に持った燭台しょくだいを置いて服と下着を脱いだ。

「昨日と違って手際がいい」
「頭は悪くないの。それに時間を無駄にしたくないもの」
「賢明だな。私も無駄は嫌いだ。そういう賢さは嫌いではない」
「ありがとう。生意気だと思われなくてよかったわ」

 彼が私の言動に好感を抱いてくれて嬉しく思えた。
 すべて脱ぎ終えると蝋燭ろうそくを吹き消した。

「なぜ消す? それではそちらは何も見えないだろう」
「私はそうですがあなたは違うでしょう。その仮面を外せば見えると聞いています」
「執事に聞いたか」
「ご主人様の目のことだもの、大事なこと。蝋燭ろうそくわずかな灯りでも目に入ると大変だって……」
「そうだ……」
「だから灯りを消したの。私は見えなくても、あなたが見えているなら何も問題はないわ」

 手を伸ばすと彼の体に当たった。そのまま間合いを詰めてもっと近づく。
 ふっと彼が息を吐く音が聞こえ笑ったのがわかった。

「驚くな……もし腰が引けても逃げられないぞ」
「逃げるのは性に合わないの」

 彼が立ち上がるのがわかった。怒った? 生意気な口をききすぎただろうか。
 しかし布が擦れる音がして彼が服を脱いでいるのがわかった。夕べは服を着たままだったが、今夜は彼も裸になってくれるみたいだ。惜しむらくは私には何も見えないこと。
 暗闇の中、じっと息を詰めて聞こえる物音と動く空気で彼がしていることを想像する。
 やがて闇夜に二つの灯りが灯った。
 空中に浮かんだその灯りが彼の目だと気付く。
 彼がようやく仮面を外した。
 あの愛情深かった深緑の瞳でなく、闇夜の猫の目のように彼の目が光っている。

「私の目について、どこまで知っている?」

 瞳が私の頭から爪先まで眺め回しているのがわかる。私からは見えないが、彼にはよく見えているみたいだ。

「魔獣討伐で怪我を負ったと……」
「そうだ。ガビラの吐息を浴びた。そのせいで目の神経がやられ、わずかな光にも過敏に反応する。お陰で昼間は仮面が離せないが、夜目は利くようになった」

 ガビラがどんな魔獣なのか見たことがない私に、姿は蛇に似ていると教えてくれた。その体液は毒そのもので、全身が硬いうろこで覆われているそうだ。

「今は?」
「くっきり見える。大きな胸も細い腰も、すらりと伸びた手足も……」

 彼が手を伸ばし、腰に手を当てて寝台の上に私を横たえる。

「足を開け」

 言われたとおり、膝裏を持って膝を胸まで持ち上げる。
 彼の手が太ももの内側から中心に向かって滑っていく。そのまま中心の花弁を割り広げる。
 暗闇で彼の目が光り、自分でも見たことのない部分をじっくりと見られていると思うと、それだけでじんわりと奥から勝手に愛液が滲み出て来た。

「見られるだけで感じているのか」

 滲み出た液を彼が指ですくい、粘りを広げるように全体に塗りつけ、花芽かがをつまみ上げた。

「あ……ん」

 腰が浮いて声が漏れる。ぐりぐりと指で擦ったり弾いたり、とんとん叩いたりと色々な刺激を加えられ、私はびくびくとその度に腰を揺らした。

「ひっ……あ……いや……」

 ずぶりと膣口に指が入れられ、長い指が花芽かがの裏側部分を刺激すると、またもや腰が跳ねて一瞬でイってしまった。

「あ……はあ……あん……」

 その後も彼は指をさらに増やしぬちゅっ、ぬちゅっと何度も出し入れを繰り返す。指先が縦横無尽に中で動き回り、膣壁を突き回された。

「気持ちいいか?」
「は……ああ……はあ……き、気持ち……いい……おかしくな……る」

 アレスティスが自分でさえ触れたことのない場所に触れている。心を寄せている相手に自分のすべてをさらけ出し、彼が与える刺激に翻弄されていく。
 彼が誰を思い何を考えているかわからないが、この瞬間、この上なく親密な時間を共有している事実がさらに私の快感を呼び起こしている。
 愛液がお尻の方まで流れ、シーツを濡らしていく。汲めども汲めども涸れない泉のように後からどんどん溢れてくる。誰にでもこうなるのかわからないが、クロエに男女の睦事について教えてもらったとおりのことが、自分の体に起こっている。それがこんなに刺激的で気持ちのいいものだとは思わなかった。

「イっ……イっちゃうっ……あひ……あ……ん……」

 彼が体を動かして顔を覗き込む。夜行性の獣のようなギラギラした目が視界に入り、彼の指先が気持ちよくなる箇所に当たるように自分から腰を動かす。

「あ、あ、あ……ああん」

 乳房に熱い口が吸い付き、舌が乳首を押し潰した。ざらつく舌が敏感な先端に触れる。
 反対側の乳首はくにくにと指で捏ねくり回され、上と下両方からの刺激に絶頂が押し寄せてきた。
 びくびくと彼の指を引き込むように、中が痙攣けいれんする。
 差し込まれていた指が引き抜かれ、代わりに彼の屹立きつりつが擦り付けられた。
 すぐに入れてもらえると思ったのに、彼は陰唇に擦り合わせるだけでなかなか入れてくれない。

「何が欲しい」
「いや……いじわる……しないで……ください……あなたの……早く……入れて」

 自ら腰を持っていく。指では届かない奥に触れてほしい。

「これが欲しいのか?」

 私の懇願に亀頭の部分が蜜口にめり込む。

「ああ……そう……それ……もっと……」

 こくこくとうなずき、腰を浮かせ、自分から迎えに行く。
 熱く硬い彼のものが膣壁を擦りながらわけ入ってくるだけで、絶頂に達した。

「く……相変わらず狭い……イくのはいいが、そんなに締め付けるな……」

 そういう彼も中でまた少し大きくなったと感じる。
 ようやくすべてが入り、こつんと先端が奥を突く。

「ひゃあ……あ……いい……気持ち……いい」

 あまりの気持ちよさに無意識に彼を締め付ける。
 彼の光る目が細められ、彼も我慢しているのがわかる。
 ぐいっと片足が持ち上げられ、膝を彼の肩に乗せられると、さらに彼が奥を突いてきた。

「ひあ……ら、らめ……そんな……奥……」

 体勢を変えられて中に入ったままぐりっと彼のものが回転すると、また違う部分が擦れてびくっとなった。

「ここか? ここはどうだ?」

 少しずつ当たる場所を変えながら私の反応を確認していく。

「あん……ひゃあ……いい……ああっ……」

 色々な所を突かれ、その上花芽かがまでぐりぐりと指でいじられる。
 それからゆっくりと彼は律動を繰り返す。彼には私の様子が見えているので、抜いたり突いたりしながら、さっき私が感じた場所を的確に強く刺激してくる。
 私には自分に触れる彼の感触と息づかい、そして闇にギラギラと光る彼の目しかわからない。彼のために灯りを消したのは自分だけれど、様子がわからないだけに余計に興奮する。
 アレスティス……アレスティスが私の側にいて、今この瞬間、親密な時を過ごしている。
 初めて彼に会った四歳の時。彼は私の初恋の人になった。華やかな姉と優秀な兄に比べて、太っちょで食べることや読書しか興味のなかった私に、彼はとても親切だった。こんな妹が欲しかった、とも言ってくれた。幼い頃はそれでも嬉しかった。こんな私でも彼の特別になれるのだ。
 年を経るにつれ、妹としてでなく異性として意識してほしいと思い始めた頃、色々な女性との噂が聞こえてきた。
 彼と噂になるのは美人と評判の人ばかり。交際相手の女性たちと自分の明確な違いに愕然がくぜんとする。なぜ私は兄のように黄褐色の瞳でないのか、なぜ姉のように目の覚める赤毛ではないのか。二人の特徴的な色味を暗く地味にしたのが私の目と髪だった。加えて運動が苦手な私は、いつまでもぽっちゃりとしていた。
 そんな私をイアナはいつも意地悪くからかった。私たちの母と彼女の母が姉妹だったが、向こうは伯爵、こちらは子爵。彼女は蝶よ花よと育てられ、いつも人の輪の中心にいた。彼女が明るい光なら、私はその光に照らされた影だった。
 アレスティスは他の男の子たちと違う。そう思っていたのに、二人が婚約したと聞いてショックで寝込んでしまった。
 二人の結婚式など出たくはなかった。
 なのに、イアナから姉と二人で花嫁付添人を頼まれた。姉はそうではなかったが、イアナは私が彼を好きなことに気付いているようだった。
 イアナの家でイアナも含めて付添人の衣裳合わせをしている時、二人の婚姻の事実を知って驚いた。
 爵位を継がないアレスティスが魔獣討伐に行くことになり、仲間内で激励会を行い、酔い潰れた彼をイアナが寝台に押し込み、既成事実を作った。それから妊娠の可能性を告げ、彼女は彼の妻という立場を勝ち取ったというのだ。
 彼女が欲しかったのは人妻という地位。アレスティスは夫としても申し分なく、そしてすぐ魔獣討伐でいなくなる。人妻という立場は彼女を簡単には手に入れることのできない女のように思わせ、それだけで男たちが群がってくるようになる。彼女はそれを狙っていた。

「そんな……ひどい。だまして彼と結婚するの?」

 それは不誠実ではないかと言う私に、イアナが答えた。

「もちろん、アレスティスのことは好きよ。でも特別じゃないわ。彼が私に与えてくれる価値が欲しかったの。この先、一人の人に縛られるなんて、考えただけでぞっとするわ。私は自由に恋愛を楽しみたいの」

 彼女が語る真実に吐き気がし、そんなイアナを憎んだ。

「あなたのような人にはわからないでしょうね」

 イアナが私に言った。
 それはどういう意味なのか、私は訊ねなかった。
 私とイアナは違う。そんなことはわかっている。アレスティスが選んだのは彼女で、私ではない。
 それが一番私の心を傷つけた。


 ぐっときつく胸を掴まれ、はっとする。

「何を考えている。余裕だな、私の相手をしながら他の……好きな男のことでも考えているのか」

 痛いくらいに乳房を掴まれ、思わず顔を歪めたのを見て彼がぱっと手を離した。
 暗くて表情はわからないが、その声には怒りが混じり、目には剣呑けんのんな色が浮かんでいた。

「違います……」

 あなたのことを思っていました。その言葉を呑み込み、腕を伸ばして彼の顔に触れる。

「やめろ」


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