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番外編
♪出版記念 アレスティスとメリルリースの初めての出会い後編 アレスティス視点
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何百年も前から多くの学者が研究を重ねてきたが、なぜその森に魔獣が発生するのかいまだに謎のまま。
わかっているのは大量発生する時期の予測とそれを駆逐する方法のみ。
発生を食い止める手立てがな無く、自分達にできるのは大軍を編成し、それらを抹殺することだけ。
最後の討伐隊が編成されたのは三百五十年前。文献によるとその前がおよそ六百九十年前。
周期でいえば、そろそろその兆しが現れる頃合いだった。
討伐隊の編成時期を見極めるのはランギルス森の近くに領地を持つ辺境伯の仕事だ。
辺境伯は領地運営のかたわら、数か月ごとに部隊を編成し、森の周囲を巡回している。
数年のうちに討伐を開始すると辺境伯から報告されれば、国は兵糧や武具などの整備を行い、十六歳から三十歳の年齢の男子が徴兵される。
その構成は志願兵が主だったが、王侯貴族の者も義務として参加が促される。
ギレンギース侯爵家の次男である僕は、もし当代で討伐隊が編成された場合、必ずそこに参加するだろう。
授業で魔獣討伐の歴史を学んだとき、自分の代でそんなことが起こるかどうかもわからないのに、なぜかそう思った。
命が惜しくないわけじゃない。
誰だって死にたくはない。
だからこそ、死なないですむように体を鍛え、腕を磨くことを厭わなかった。
僕には尊敬する立派な兄がいる。
そんな兄のためにも、自分のできることを頑張ろうと思った。
ルードヴィヒとは全寮制の学園に入学した時、たまたま寮で同室になった。
学園には十歳で入学し、社交界に出る十六歳まで六年間通う。
ほとんどの生徒が学園に入る前に家庭教師などから基礎的なことを学んでいるので、学園ではさらなる高等教育と武術などを学ぶ。
国の要職に就いたり、家督を継いで領地を運営したりするための知識以外にも、ここで過ごしている間に培った人脈が、将来役に立つ。
そのための寮生活だ。
最初、ルードヴィヒは単なるお調子者に見えた。
だが、抜け目のない観察眼を持ったやつだと話しているうちにわかった。
学園内では身分の分け隔てなく共に切磋琢磨せよ。
それが学園の方針とはいえ、階級意識を完全に払拭することは難しい。
一番位が高いのは王族。同列で他国からの王族だが、自分達の年代に年の合う王族はいない。
次に公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵。辺境伯は公爵と同位くらいになる。
僕の家は侯爵なので、身分でいえば上位の部類に入る。
ルードヴィヒはとくに富裕層でもない子爵家の後継ぎだ。
だが、彼は特にへりくだった感じもなく、爵位が上でいつも威張っている者たちも、なぜか彼には好意的だ。
それは彼の人柄なのだろうか。
お互いに読んだ本や、その日の授業で教わったことについて議論したりして、気がつけば単なる同室のルームメイト以上の互いに信頼し合えるいい友人になっていた。
学園に入って初めての帰省で、彼の家に招待された。
我が家でも両親が帰りを待っていてくれたが、兄も友人を伴って帰ると言っていたので、少し帰りが遅くなっても構わないと言われた。
彼の実家を訪ね、当主であるサリヴァン子爵は仕事のために不在だったが、彼の母親と姉に挨拶をした。
そして、ルードヴィヒの六歳下の妹は、客用のお菓子を食べたことを母親に怒られて、庭のどこかに隠れている最中ということだった。
ルードヴィヒと二人で庭を探しながら、彼から妹についての話を聞いた。
「泣けば魔獣のようだ」と彼はきついことを言うが、庭に探しにこようとするくらい心配していることがわかる。
生まれた時は誰だって猿みたいだと聞いたことがある。
それをルードヴィヒはバラリスみたいだったと表現した。
バラリスは顔がヒヒに似ていて、その体はバイソンのような四つ足の魔物だ。
体を覆う皮膚は鋼のように固く、大きな爪は岩をも打ち砕く。
初めて訪れた友人の家の庭なので、探してほしいと言われた場所がここで合っているだろうかと不安に思っていると、何かが聞こえてきた。
グスン…グスン……
誰かが鼻をすする音だが聞こえ、きっとルードヴィヒの妹だと思って辺りを見渡すと、垣根の向こうから泣き声と、がさがさという草木を揺らす音が聞こえてきた。
向こうからルードヴィヒが歩いてくるのが見えて、声をかけようと思ったが、大声を出したら彼女をびっくりさせてしまうだろう。
とりあえず、垣根の切れ目から回り込んで、姿が見えるところまで移動した。
子犬みたいに小さくうずくまった茶色い巻き毛の女の子は、下を向いて泣いていた。
薄い黄色のワンピースの裾は草や土で汚れている。
驚かせないように、少し離れて声をかけた。
「メリルリース?」
ビクリと、彼女が驚いてこちらを見た。
泣いて顔をはらした女の子は、ハシバミ色の目を大きく見開いてこちらを見ていた。
ぷくぷくした頬に鼻も口も小さくて、動いているのが不思議な感じだった。
バラリスになど少しも似ていない。
「だ………れ?」
恐る恐る聞いてきた。
「僕はアレスティス」
威圧的に見えないように膝をついて彼女と目線を合わせた。
「ア……ア……アレ……」
舌足らずなのはルードヴィヒの言うとおりだった。
「アレスティスだよ」
「ア……アチ……アチス」
アレスティスと言えず、『アチス』になってしまったが、それがかえって彼女を可愛らしいと思わせた。
「アレスティス……メリルリース、こんなところにいたのか、探したぞ」
追い付いてきたルードヴィヒが僕たちに気づいた。
「に、にいしゃま……」
ルードヴィヒの顔を見て、彼女がにっこり笑った。
初対面だから仕方ないが、僕を見たときに見せた警戒心は失せ、見知った兄の顔を見て警戒を解く様を見せられて少し寂しく思った。
「なんだ、まだ泣いていたのか……」
彼女の頬が濡れているのを見て、ポケットから取り出したハンカチでルードヴィヒは涙を拭いてやった。
黙って兄にされるがままになっている彼女の頬が、むにむにと動く。柔らかそうで僕も触りたくなった。
「よし、これでいいか……」
「にいしゃま……」
ちらりと彼女が兄を見て、物問いたそうに僕を指差す。
「ああ、彼は僕の友達のアレスティスだ。アレスティス、これがメリルリースだ」
ルードヴィヒにすり寄りながらも、僕に興味があるのか凝視している。
「よろしくね、 お花の妖精さん」
そう言われて悪い気はしないのか、彼女ははにかむ。
「お花の妖精? こんなふとっちょの妖精がいるわけがないだろう。重くて飛べない」
「にいしゃま、ひどい」
ぷっくりした頬をさらにぷうっと膨らませ、彼女がルードヴィヒを見上げて睨んだ。
「とにかく中に入ろう」
「や……」
手を引いて歩きだそうとするルードヴィヒにメリルリースが抵抗する。
「メリルリース、わがまま言うんじゃないよ。帰って来たばかりで、僕たちもゆっくりしたいんだ」
「や……かあしゃま……こわい……イーナ……きらい」
彼女がまたもや涙を溢れさせる。
母親に怒られたので、まだ戻りたくないのだろう。
「イアナはもういないよ。母上だって、もう怒っていないさ」
「うそだ……にいしゃまのうそつき」
「うそなんかじゃないよ」
いやいやと首を振るのを、ルードヴィヒは勘弁してほしいとため息を吐く。
「メリルリース、ルードヴィヒの言うことは本当だよ。でも、心配なら僕が一緒にいてあげる。僕はルードヴィヒの友達だから、君たちのお母様たちも僕には怒らないよ」
彼女の前に再び膝をついて、顔を覗き込む。
「ほんとう?」
ハンカチで目から溢れそうになった涙を掬うと、彼女は抵抗しなかった。
「僕が信用できない?」
「ううん」
少しだけど彼女から信頼を得られたことに変な達成感があった。
「アレスティス……あんまりメリルリースを甘やかすと、ずっとまとわりつかれるぞ」
「僕は構わないよ。妹がほしいって言ってるじゃないか。頼るより頼られる方がいいよ。じゃあ、メリルリース、僕と一緒に行こうか」
掌を上にして差し出すと、おずおずと彼女が手を乗せた。
小さくてぷくぷくした温かい手だった。
握りしめたら壊れてしまいそうで、そっと包み込んだ。
「アチス……絵本の王子しゃまみたいだね」
にっこりと彼女が微笑んだ。
「では、姫様、私とともにまいりましょう」
お姫様扱いされてメリルリースは喜んだ。
「王子様とお姫様ねえ……アレスティスがいいなら構わないけど……」
「にいしゃま……おてて」
右手を僕に繋がれ、左手をルードヴィヒに差し出す。
メリルリースを間に挟んで、ルードヴィヒと三人手を繋いで家の中に戻った。
それから休みの度に訪れる僕を、いつもメリルリースは体いっぱいの喜びで出迎えてくれた。
「何を考えているの?」
すやすやと眠っている小さな息子の手に指を乗せると、その手がきゅっと軽く握ってきた。
後ろからメリルリースが声をかけた。
「初めて会った頃の君を思い出していた。手を繋いでルードヴィヒと三人で歩いた時のことをね」
こんな風にぎゅっと握ってくれた時に、全幅の信頼を向けてくれたと思った。
彼女が腰に手を回してきたので、振り向いて彼女の唇にキスをする。
「もうすぐ夕食だから、早く着替えて」
帰ったばかりで上着を脱ぎ、シャツを脱ぎかけたままなので、胸元から傷が見えている。
襟の隙間からその中に手を滑り込ませて、彼女が脱がせにかかった。
傷に沿って指先を滑らせ、片方の手が釦を外していく。
「着替えを手伝ってくれているのか、それとも……単に脱がせたいのか?」
手伝うだけなら傷に指を這わせる必要はない。
見上げた彼女の目がとろんと熱を帯びているのを見て、彼女が何を期待しているのかわかり、わざとそう言った。
「だって……三日ぶりに会ったのですもの」
外国からの使節団に付き添って地方への視察に出向いていたため、家に帰るのは三日ぶりだった。
「夕食が……もうすぐ出きるんだろう?」
言いながらも抵抗もせず、彼女が肌に触れる感触にうっとりする。
シャツの前をすべてはだけ、脇腹から肩へと手を滑らせてシャツを脱がせられた。
「まだ風呂にも入っていないから……」
「だから、いつもよりアレスティスの香りがするわ」
胸に顔を埋め、すんと鼻で息を吸い込む。
「これ以上は何もしないから、しばら暫くこうさせて」
「拒むはずがないだろう」
抱き寄せた彼女からは石鹸と乳の香りがする。
「夕食を早くすませて、今夜はゆっくりしよう」
「賛成だわ」
もう一呼吸、互いに深呼吸し、眠っている息子の顔をもう一度二人で眺めてから、夕食後のお楽しみに胸を期待で膨らませながら、着替えをすませて食堂へ向かった。
わかっているのは大量発生する時期の予測とそれを駆逐する方法のみ。
発生を食い止める手立てがな無く、自分達にできるのは大軍を編成し、それらを抹殺することだけ。
最後の討伐隊が編成されたのは三百五十年前。文献によるとその前がおよそ六百九十年前。
周期でいえば、そろそろその兆しが現れる頃合いだった。
討伐隊の編成時期を見極めるのはランギルス森の近くに領地を持つ辺境伯の仕事だ。
辺境伯は領地運営のかたわら、数か月ごとに部隊を編成し、森の周囲を巡回している。
数年のうちに討伐を開始すると辺境伯から報告されれば、国は兵糧や武具などの整備を行い、十六歳から三十歳の年齢の男子が徴兵される。
その構成は志願兵が主だったが、王侯貴族の者も義務として参加が促される。
ギレンギース侯爵家の次男である僕は、もし当代で討伐隊が編成された場合、必ずそこに参加するだろう。
授業で魔獣討伐の歴史を学んだとき、自分の代でそんなことが起こるかどうかもわからないのに、なぜかそう思った。
命が惜しくないわけじゃない。
誰だって死にたくはない。
だからこそ、死なないですむように体を鍛え、腕を磨くことを厭わなかった。
僕には尊敬する立派な兄がいる。
そんな兄のためにも、自分のできることを頑張ろうと思った。
ルードヴィヒとは全寮制の学園に入学した時、たまたま寮で同室になった。
学園には十歳で入学し、社交界に出る十六歳まで六年間通う。
ほとんどの生徒が学園に入る前に家庭教師などから基礎的なことを学んでいるので、学園ではさらなる高等教育と武術などを学ぶ。
国の要職に就いたり、家督を継いで領地を運営したりするための知識以外にも、ここで過ごしている間に培った人脈が、将来役に立つ。
そのための寮生活だ。
最初、ルードヴィヒは単なるお調子者に見えた。
だが、抜け目のない観察眼を持ったやつだと話しているうちにわかった。
学園内では身分の分け隔てなく共に切磋琢磨せよ。
それが学園の方針とはいえ、階級意識を完全に払拭することは難しい。
一番位が高いのは王族。同列で他国からの王族だが、自分達の年代に年の合う王族はいない。
次に公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵。辺境伯は公爵と同位くらいになる。
僕の家は侯爵なので、身分でいえば上位の部類に入る。
ルードヴィヒはとくに富裕層でもない子爵家の後継ぎだ。
だが、彼は特にへりくだった感じもなく、爵位が上でいつも威張っている者たちも、なぜか彼には好意的だ。
それは彼の人柄なのだろうか。
お互いに読んだ本や、その日の授業で教わったことについて議論したりして、気がつけば単なる同室のルームメイト以上の互いに信頼し合えるいい友人になっていた。
学園に入って初めての帰省で、彼の家に招待された。
我が家でも両親が帰りを待っていてくれたが、兄も友人を伴って帰ると言っていたので、少し帰りが遅くなっても構わないと言われた。
彼の実家を訪ね、当主であるサリヴァン子爵は仕事のために不在だったが、彼の母親と姉に挨拶をした。
そして、ルードヴィヒの六歳下の妹は、客用のお菓子を食べたことを母親に怒られて、庭のどこかに隠れている最中ということだった。
ルードヴィヒと二人で庭を探しながら、彼から妹についての話を聞いた。
「泣けば魔獣のようだ」と彼はきついことを言うが、庭に探しにこようとするくらい心配していることがわかる。
生まれた時は誰だって猿みたいだと聞いたことがある。
それをルードヴィヒはバラリスみたいだったと表現した。
バラリスは顔がヒヒに似ていて、その体はバイソンのような四つ足の魔物だ。
体を覆う皮膚は鋼のように固く、大きな爪は岩をも打ち砕く。
初めて訪れた友人の家の庭なので、探してほしいと言われた場所がここで合っているだろうかと不安に思っていると、何かが聞こえてきた。
グスン…グスン……
誰かが鼻をすする音だが聞こえ、きっとルードヴィヒの妹だと思って辺りを見渡すと、垣根の向こうから泣き声と、がさがさという草木を揺らす音が聞こえてきた。
向こうからルードヴィヒが歩いてくるのが見えて、声をかけようと思ったが、大声を出したら彼女をびっくりさせてしまうだろう。
とりあえず、垣根の切れ目から回り込んで、姿が見えるところまで移動した。
子犬みたいに小さくうずくまった茶色い巻き毛の女の子は、下を向いて泣いていた。
薄い黄色のワンピースの裾は草や土で汚れている。
驚かせないように、少し離れて声をかけた。
「メリルリース?」
ビクリと、彼女が驚いてこちらを見た。
泣いて顔をはらした女の子は、ハシバミ色の目を大きく見開いてこちらを見ていた。
ぷくぷくした頬に鼻も口も小さくて、動いているのが不思議な感じだった。
バラリスになど少しも似ていない。
「だ………れ?」
恐る恐る聞いてきた。
「僕はアレスティス」
威圧的に見えないように膝をついて彼女と目線を合わせた。
「ア……ア……アレ……」
舌足らずなのはルードヴィヒの言うとおりだった。
「アレスティスだよ」
「ア……アチ……アチス」
アレスティスと言えず、『アチス』になってしまったが、それがかえって彼女を可愛らしいと思わせた。
「アレスティス……メリルリース、こんなところにいたのか、探したぞ」
追い付いてきたルードヴィヒが僕たちに気づいた。
「に、にいしゃま……」
ルードヴィヒの顔を見て、彼女がにっこり笑った。
初対面だから仕方ないが、僕を見たときに見せた警戒心は失せ、見知った兄の顔を見て警戒を解く様を見せられて少し寂しく思った。
「なんだ、まだ泣いていたのか……」
彼女の頬が濡れているのを見て、ポケットから取り出したハンカチでルードヴィヒは涙を拭いてやった。
黙って兄にされるがままになっている彼女の頬が、むにむにと動く。柔らかそうで僕も触りたくなった。
「よし、これでいいか……」
「にいしゃま……」
ちらりと彼女が兄を見て、物問いたそうに僕を指差す。
「ああ、彼は僕の友達のアレスティスだ。アレスティス、これがメリルリースだ」
ルードヴィヒにすり寄りながらも、僕に興味があるのか凝視している。
「よろしくね、 お花の妖精さん」
そう言われて悪い気はしないのか、彼女ははにかむ。
「お花の妖精? こんなふとっちょの妖精がいるわけがないだろう。重くて飛べない」
「にいしゃま、ひどい」
ぷっくりした頬をさらにぷうっと膨らませ、彼女がルードヴィヒを見上げて睨んだ。
「とにかく中に入ろう」
「や……」
手を引いて歩きだそうとするルードヴィヒにメリルリースが抵抗する。
「メリルリース、わがまま言うんじゃないよ。帰って来たばかりで、僕たちもゆっくりしたいんだ」
「や……かあしゃま……こわい……イーナ……きらい」
彼女がまたもや涙を溢れさせる。
母親に怒られたので、まだ戻りたくないのだろう。
「イアナはもういないよ。母上だって、もう怒っていないさ」
「うそだ……にいしゃまのうそつき」
「うそなんかじゃないよ」
いやいやと首を振るのを、ルードヴィヒは勘弁してほしいとため息を吐く。
「メリルリース、ルードヴィヒの言うことは本当だよ。でも、心配なら僕が一緒にいてあげる。僕はルードヴィヒの友達だから、君たちのお母様たちも僕には怒らないよ」
彼女の前に再び膝をついて、顔を覗き込む。
「ほんとう?」
ハンカチで目から溢れそうになった涙を掬うと、彼女は抵抗しなかった。
「僕が信用できない?」
「ううん」
少しだけど彼女から信頼を得られたことに変な達成感があった。
「アレスティス……あんまりメリルリースを甘やかすと、ずっとまとわりつかれるぞ」
「僕は構わないよ。妹がほしいって言ってるじゃないか。頼るより頼られる方がいいよ。じゃあ、メリルリース、僕と一緒に行こうか」
掌を上にして差し出すと、おずおずと彼女が手を乗せた。
小さくてぷくぷくした温かい手だった。
握りしめたら壊れてしまいそうで、そっと包み込んだ。
「アチス……絵本の王子しゃまみたいだね」
にっこりと彼女が微笑んだ。
「では、姫様、私とともにまいりましょう」
お姫様扱いされてメリルリースは喜んだ。
「王子様とお姫様ねえ……アレスティスがいいなら構わないけど……」
「にいしゃま……おてて」
右手を僕に繋がれ、左手をルードヴィヒに差し出す。
メリルリースを間に挟んで、ルードヴィヒと三人手を繋いで家の中に戻った。
それから休みの度に訪れる僕を、いつもメリルリースは体いっぱいの喜びで出迎えてくれた。
「何を考えているの?」
すやすやと眠っている小さな息子の手に指を乗せると、その手がきゅっと軽く握ってきた。
後ろからメリルリースが声をかけた。
「初めて会った頃の君を思い出していた。手を繋いでルードヴィヒと三人で歩いた時のことをね」
こんな風にぎゅっと握ってくれた時に、全幅の信頼を向けてくれたと思った。
彼女が腰に手を回してきたので、振り向いて彼女の唇にキスをする。
「もうすぐ夕食だから、早く着替えて」
帰ったばかりで上着を脱ぎ、シャツを脱ぎかけたままなので、胸元から傷が見えている。
襟の隙間からその中に手を滑り込ませて、彼女が脱がせにかかった。
傷に沿って指先を滑らせ、片方の手が釦を外していく。
「着替えを手伝ってくれているのか、それとも……単に脱がせたいのか?」
手伝うだけなら傷に指を這わせる必要はない。
見上げた彼女の目がとろんと熱を帯びているのを見て、彼女が何を期待しているのかわかり、わざとそう言った。
「だって……三日ぶりに会ったのですもの」
外国からの使節団に付き添って地方への視察に出向いていたため、家に帰るのは三日ぶりだった。
「夕食が……もうすぐ出きるんだろう?」
言いながらも抵抗もせず、彼女が肌に触れる感触にうっとりする。
シャツの前をすべてはだけ、脇腹から肩へと手を滑らせてシャツを脱がせられた。
「まだ風呂にも入っていないから……」
「だから、いつもよりアレスティスの香りがするわ」
胸に顔を埋め、すんと鼻で息を吸い込む。
「これ以上は何もしないから、しばら暫くこうさせて」
「拒むはずがないだろう」
抱き寄せた彼女からは石鹸と乳の香りがする。
「夕食を早くすませて、今夜はゆっくりしよう」
「賛成だわ」
もう一呼吸、互いに深呼吸し、眠っている息子の顔をもう一度二人で眺めてから、夕食後のお楽しみに胸を期待で膨らませながら、着替えをすませて食堂へ向かった。
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