令嬢娼婦と仮面貴族

七夜かなた

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新婚旅行編

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ヴェルサスからデラハートまではマルタナとガハティという二つの小国をつき抜け、馬車で五日、マルタナと接する国境を越えて一番近い街、カナタナから王都ウサリまで更に二日かかる。

ウサリに辿り着くと、街に入る街道付近にヴェルサスの騎士団が待ち構えていた。

馬車が止まり、暫くすると扉の外から声がかかった。

「私は国王陛下の命を受け、王都までお二方の警護を仰せつかりました、近衛騎士団第二隊長のルーヴェン・クロンビーと申します。ヴェルサスの親善大使、ギレンギース卿並びに奥方のご一行でいらっしゃいますね」
「クロンビー!」

名前を聞くとアレスティスは窓のカーテンを開け外の人物の顔を確認すると、慌てて扉を開けて外に躍り出た。

「ルーヴェン!」
「ギレンギース!」

メリルリースが見た時には、騎士が肩と胴廻り、腕と膝に身に付けた甲冑がカチャカチャと鳴らしながら二人は既に抱擁しあっていた。

「メリルリース、紹介しよう。彼がルーヴェンだ」

馬車の中から様子を伺っていたメリルリースにアレスティスが手を伸ばし、馬車からその手を取り彼女が降り立った。

「ルーヴェン・クロンビーと申します。奥方様にはお初にお目にかかります。討伐のおりには彼に大変お世話になりました」
「初めまして、メリルリース・ギレンギースです」

差し出した彼女の手の甲に、クロンビー卿が軽くキスをする。

「世話になったのは私の方だ」

クロンビー卿の手が離れるのを見計らってアレスティスがメリルリースを引き寄せる。
儀礼で男性が女性の手の甲にキスをすることは良くあることだが、いつもアレスティスは絶妙なタイミングで彼女を引き寄せる。
彼女が必要以上に男性と触れあうのを嫌っているからだ。
殆どがアレスティスのその自然な行動に気がつかないが、クロンビー卿は口角を面白そうに上げた。
アレスティスは相手が気がついていようといまいと気に掛けたことはないが、クロンビー卿が気づいたことはわかったようだ。

「王都までご一緒してもよろしいでしょうか」

クロンビー卿の行動があくまでも儀礼に則ったもので、特に他意はないことはわかっていたが、出会う男性全てにこのような態度を取るのではと心配になり、二人になったら注意しなければとメリルリースは思った。

「是非」

当然ながら馬車の中でメリルリースとアレスティスが隣同士で座り、対面にクロンビー卿が座った。

「手紙を読んで想像はしていましたが、なかなか似合っていますね」

馬車が動きだしてからクロンビー卿が自分の右目を指差した。

「治療は大変でしたか?」

面白がってそう聞いてくる人は何人かいたが、クロンビー卿の言葉は心の底から心配しているのがわかる。

「楽ではなかったが、堪えられると思っていた。これを乗り越えれば、大事な人との未来があると思えば、どんな苦しみも苦にならなかった。もう二度と失いたくないものがあったから」

アレスティスはクロンビー卿と向き合いながら右手で右目の眼帯を押さえ、左手で隣に座るメリルリースの手を握った。

「今は両手に収まりきれないほど大事なものを抱えて幸せだ」

「アレスティス」

握った手に力を込めてメリルリースと見つめ合うアレスティスの表情は愛で満ち溢れていた。

「私もです」

微笑み返すメリルリースの表情にも、アレスティスに対する熱い思いがうかがえる。

この人を諦めなくて良かった。

方法は誉められたものではなかったかも知れないが、あの時、身分を偽って彼の胸に飛び込んだことを彼女は後悔していない。

自分の思いきった行動が、今の幸せに繋がっているのだ。

「それ以上は独り身には辛いから、勘弁してくれ」

馬車の中に充満する二人の熱に当てられて、クロンビー卿が現実に引き戻す。

「運命の人はまだ訪れないか?」
「運命の人?ロマンチックね」
「女性はそういった話が好きだね。ルーヴェンは、運命の女性がこの世のどこかにいると、信じて探し続けているそうだ」

「いつまでも夢みたいなことを言っていると、親たちにも呆れられているよ。でも、兄と違って私は何がなんでも結婚して後継ぎを作らないといけないわけではない。こうやって生きて帰れたのだから、気長に探すさ」

「そう言って、少し気になった女性に片っ端から声をかけるものだから、世間では気が多いと評判になっていて、年頃の娘を持つ親から警戒されているそうだ」
「それは大袈裟だ。女性の方も私のことを値踏みして近づいてくるんだから、お互い様だ」

キャラメルを溶かしたような明るい茶色の瞳と陽を浴びて淡く輝く金色の髪を持つクロンビー卿は、誰が見ても男前の部類に入る。

「クロンビー卿は素敵ですもの。その内素晴らしい女性が現れますわ」

黒髪のアレスティスとは対象的で、アレスティスしか見えていないメリルリースにはまったく心は動かないが、客観的に見て殆どの女性は目を奪われるに違いない。

「ルーヴェンとお呼び下さい。アレスティスより先にお会いしたかったです。アレスティスに嫌気がさしたら私のことを思い出してください」

静閑な顔立ちの騎士姿が板についたクロンビー卿にそう言われたら、殆どの女性は落ちるだろう。

アレスティスからの愛情表現に慣れてきたメリルリースだったが、まだ他の男性からのこう言った会話には怖じ気づいてしまう。

「すまない、ルーヴェン、妻はそう言った軽口は慣れていないんだ。何しろこんなに美しくて私を魅了して止まないのに、未だに自分がそうだと自覚していないのだ。それに、先に会っていたとしても、メリルリースは私を選ぶ。そうだね?」

彼女の同様を察したアレスティスが繋いだ手を持ち上げ、手の甲に唇を寄せる。

赤くなり恥ずかしげに俯くのを嬉しそうに見守るアレスティスを見て、ルーヴェンは呟いた。

「ご馳走さま」
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