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15 お嬢様の頼み

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「ただいま、コリンヌ」
「ぴぎゃあ!」

 突然背後から抱きつかれ、私は驚いて変な声を出してしまった。

「そんなに驚いた?」
「お、お嬢様、どうして?」

 抱きついたのは当然アシュリーお嬢様だけど、考え事をしていたので、気づかなった。

「今日はオリエンテーションだけだから、早く戻ってくるって言っていたでしょ?」

 不思議そうにお嬢様が小首を傾げて私を見る。

「え、もうそんな時間ですか?」

 時計を見るとあれから二時間が経っている。
 朝見た光景について考えているうちに、すっかり時間が過ぎてしまっていた。

「さっきから名前を呼んでいたのに、コリンヌったらちっとも返事をしてくれないんだもの。どうしたの? 気分でも悪い?」

私の顔を覗き込み、額に手を当ててくる。

「だ、大丈夫です。熱はありません」
「そうみたいね」

手を動かしたお嬢様の視線が、額に注がれる。
額に付いた傷を見ているのだとわかる。

「随分薄くなりました」
「うん、でも、まだ残っている」
「こうして前髪で隠していれば大丈夫です。あの、それより、そろそろ離してくださいますか?」

最初に抱きついたまま、お嬢様は私から離れようとしない。

「二時間もコリンヌと離れていたのよ。コリンヌを補充させて」
「補充ってなんですか」
「そのままの意味よ。あ~明日から授業が始まるわ。お昼までコリンヌに会えないなんて、辛すぎるわ」
「お昼? 明日は夕方まで授業があるはずでは?」

一応お嬢様の学園でのタイムスケジュールは確認している。
明日は夕方までばっちり授業がある。

「お昼休みには戻ってくるわ。一緒に食べましょう」
「え、お昼は皆様学園で取られるので、寮の厨房は休みですよ?」
 
 お昼休みは二時間もある。貴族の子息たちはゆったりと食事を取り、その後残りの時間は自由に過ごす。

 前世から見たら、昼休みが二時間なんて考えられない。

 もともと学園に通うのは社交のためでもあり、基礎課程はほぼ終了している。
 そういうカリキュラムになっていて、食事も本人が希望すればコースでいただける。

「じゃあ、コリンヌが何か作っておいて。一緒に食べましょう」
「そんなことでいちいち帰ってくるのは大変でしょう?」
「そんなこと? コリンヌと一緒に食べることは、私にとって大事なことよ」
「ですが、社交のためもあるのです。私とより、他のご令嬢方と仲良くされた方がよろしいのでは?」

 シナリオでは、お嬢様は触れれば切れるナイフのようにキレキレで、他の令嬢方に対しては殿下を狙うハイエナ扱いだった。
 でも今のお嬢様なら、友人の一人や二人出来そうだ。
 ヒロインとのエンカウントは避けたいところだけど、せっかくいい方向に変わったのだから、お嬢様にはもっと視野を広げてもらいたい。

友人が増えれば、断罪イベントが起こったとしても、誰かが助けてくれそうだ。

「コリンヌは、私が他の人と仲良くしているのを見ても平気なの?」

 お嬢様は、ちょっと拗ねて頬をぷくりと膨らます。

「え、平気なのかって、私がお嬢様の交友関係に意見するなどできませんわ」

もしお嬢様がヒロインとライバルではなく、仲良く歩く道という裏ルートに発展すれば、断罪は免れる。
朝の光景を見て、それもありかもと思った。

「そういえば今朝、どなたかとお話してましたよね。何て方なのですか?」
「え?」

 さりげなく、ヒロインとの出会いについて、あの時なぜ四人でいたのか探りを入れてみた。

「今朝?」
「はい。お嬢様を見送ってから、学園の生徒さんにお会いして、講堂への道を尋ねられたので教えてさしあげたんです。気になって追いかけたら、殿下とお嬢様と、もう一人赤毛の男性がいらっしゃいました」 
「見ていたの?」
「はい、あ、その覗くつもりは…」

考えてみれば、物陰から盗み見たことになる。
慌てて言い訳をした。

「コリンヌ」

 相変わらず私にひっついたまま、少し低めの声でお嬢様に呼ばれた。

「はい、何でしょうか」
「実はあなたに協力してほしいことがあるの」
「え、協力…ですか?」
「ええ、あなたが今朝見たという女生徒のことよ」
「え、あの方のこと…とは?」

まさか王子に近づいたのが気に入らないと、私にヒロインをいじめろとでも言うのだろうか。
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