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9 婚約とお妃教育

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お嬢様が十歳になった時、シナリオ通り王子様との婚約が決まった。
その発表を聞いて、意外に思ったのか「考え直して貰う」と言ってすぐにお嬢様は王宮へ向かわれたが、戻ってきた時には結局婚約を受け入れることになったとおっしゃった。

ただし、互いにあくまで仮にということで成人した時に正式に婚約するということだった。

シナリオでは仮なんて付いていたかな?仮ということでも婚約破棄騒動が起きるのだろうか?

お嬢様はそれからほぼ毎日、お妃教育のために王宮へ通われることになった。

相変わらず私を側に置いて溺愛して可愛がってくれるが、以前ほど構ってはくれなくなった。

あの七歳の時に二週間近くお嬢様と離れて寂しく思ったが、そっけなくされるとそれはそれで気にはなるものだ。

お妃教育が始まって一年後。お嬢様はまた倒れられた。

「コリンヌ、ねえねは?ねえねはどうしたの?」
「アシュリー様は少しお疲れが出たみたいですね。大丈夫ですよ。ビアンカ様が生まれたばかりの頃もすぐに元気になりましたから」

自分に言い聞かせるように離れに移された姉君も心配するビアンカ様に説明したが、心配が顔に出ないようにするのが大変だった。

三年前に通り抜けられた離れへと通じる穴は、今の私ではもう抜けることができなくなっていた。
メイド長にも様子を訊ねるが、大事ないから心配は無用だとの一辺倒だった。

今度も体の成長に薬の効果が合わなくなってきたからだと言われたが、そもそも何の病なのかまったく聞かされていないので、ますます心配になる。

「お嬢様、お加減はよろしいのですか?」

ようやくお嬢様の体調が良くなり、離れから戻ってきたのは一週間経ってからだった。

「コリンヌ。ええ、心配かけたわね」

心なしかやつれて肌も青白く見えたが、心配させまいとして微笑んでいる。

「何か私に出来ることはありませんか? お好きなチーズケーキでも焼きましょうか? それともクッキー? ケーク・サレ?」

甘いものが苦手なお嬢様が口にするのは、甘さ控え目のニューヨークチーズケーキかハーブのクッキーか、ハムやチーズ、野菜を混ぜたケーク・サレだ。それも料理長が作ったものではなく、私が作ったものだけ。
 嫌いなだけで、別にアレルギーがあるわけではないので、お茶会に参加するときは、主催者を気遣って、無理矢理口にしているのだが、帰ってくると、口直しに私の特性ハーブティーを飲む。

「ありがとう。でも、今は何もいらないわ。お腹が空いていないの」
「でも…」

病み上がりの人間がいらないと言っているのに、あれこれ食べろとは言えない。
何もしてあげられなくて、無力なのを嘆いていると、じゃあ、とお嬢様が提案してきた。

「今夜は一緒に寝てくれる?」
「え?」
「だめ? コリンヌが側にいなくて寂しかったの。コリンヌは? 寂しかった?」 

使用人の私がお嬢様に添い寝とか。普通に考えれば無理に決まっている。

「いくら私でも主であるお嬢様と同じ寝台になど…」

ウルウルした目で見つめられて、私に否とは言えるはずもなく。
メイド長には内緒にするという条件で引き受けた。

「私は別にバレてもいいけど」
「駄目です、絶対に! 仕えるお嬢様と同じ寝台で寝るなんてメイド長に知られたら、もうお嬢様付きではいられなくなるかも知れません」
「それは困るわ。だってあなたには、学園に入学する時についてきてほしいもの」
「が、学園…」

それは「青い薔薇と救世の乙女」のメイン舞台であるあの学園のことだ。
そこで攻略対象たちとヒロインが出会い、そしてアシュリーお嬢様が婚約破棄される。


結局私はお嬢様の願いを断れず、寝る支度をして夜にひっそりとお嬢様の部屋にやってきた。

互いに手を広げて寝てもぶつからないくらい広い寝台で、なぜかお嬢様は私にピタリと身を寄せてくる。

「ここまで寄り添わなくても…」
「そんなの一緒に寝る意味がないわ。私はこうしてコリンヌの体温を感じるくらい近くにいたいの。お祝いなんだから、私のしたいようにさせて」
「わかりました…」

 お妃教育も始まり、体調を崩し、ようやく元に戻ったのだから、私で出来る我儘は聞いてあげよう。
 でないと、どこに悪役令嬢へと進むルートが潜んでいるかわからない。
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