【完結】彼女はまだ本当のことを知らない

七夜かなた

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出勤する者と退勤する者が入れ替わり立ち替わり窓口を通り、挨拶を交わしていく。
 マリッサも戻ってきて、書き終わった報告書を確認している間に、もう一人の日勤のエレノアも出勤し、フューリが戻ってきた。

「今日はラッキー! テイラー隊長と挨拶しちゃった。『いつもご苦労様』だって」
「嬉しいのはわかるけど、あんまり嬉しそうにしていたらダスティンが嫉妬するわよ」
「わかっているわよ。ただイケメンを見て喜ぶくらいはいいでしょ」
「それは人間の場合はそうだろうけど、獣人は業務上の会話でも異性と話していたら怒るって言うじゃない」

 フューリの夫は大柄な熊獣人で、職場結婚だった。ここに勤務を始めてすぐだったので驚いたが、相手が獣人なら納得だ。獣人は交際相手にものすごく執着する。特に番と認定した相手には、それこそ半径一メートル以内に近寄る男は誰一人許さないというように。
 獣人でない者はその溺愛と執着に憧れる者もいるが、重すぎる愛にヘロヘロになっている者もいる。

「テイラー隊長ならダスティンも黙認してくれているの。隊長は女性にもてるし、色んな女性と浮名を流しているけど、特定の相手がいる女性には手を出さないもの。獣人の番には特にね。だからダスティンも隊長の匂いがついていても怒らないわ」
「信頼されているのね。隊長って」
「そうよ。でも、隊長にまだ番がいないのよね。だからモテるんだろうけど」
「番って、絶対見つかるものなの? 会っただけでわかるってほんとかな」

 番を見つけた獣人はその相手を囲い込み、溺愛する。番を見つけると巣(家)作りに励みだしたりもするらしい。

「確かに私たち獣人じゃない者にとっては、その感覚はわからないわよね。私もまだよくわからないもの。ただダスティンに見つめられるとぽーっとなっちゃうし、声を聞いたり触られるとクラクラしちゃう。それに、むちゃくちゃ溺愛されるのって最高よ」

 獣人の多い騎士団だから、そう言った話は良く聞く。でも結婚適齢期十八歳から二十二歳の後半寄りの年齢のタニヤには、いまだ恋人の「こ」の字もないので、話を聞いてもピンとこない。
 人を好きになるってどういうことだろう。
 しかしタニヤにとって今は家族の生活を支える方が大事で、そっちの方が現実的だ。

「そう言えば、タニヤさんってまだいい人できないの? この前も合コンしてたよね」
「まあ、でもあれは友人に数あわせで連れて行かれただけなので、積極的に参加したわけじゃないんです」
「でも、それでもいいなと思う人とかいなかった? 一人や二人いたでしょ」
「本当に、何もありません」
「ええ、もったいない。タニヤも充分可愛いのに」

 エレノアはもっぱら婚活中であるが、彼女の場合なかなか特定の相手に絞れないだけで、別れてもいつもすぐに恋人が出来ている。まったく交際経験ゼロのタニヤとは熟練度合いが違う。

「ありがとうございます。でも、ほんとうに、もてなくて」

 ちょっといいなと思った人がいて、その場で意気投合して次に会う約束をしても、いつもドタキャンされる事が多い。そんなのが数回続けば、いい加減タニヤも自分がモテない人種だと気づく。

「私の周りでも結構タニヤのことがいいって人、聞くけど」
「それこそ気のせいでしょ。ぬか喜びさせないでよ」

 女性視点の「この子いい子だよ」という言葉は男性には響かないことが多い。その最たるものが今の言葉だ。

「それじゃあ、わたしたち、上がって良いかな」

 まったく芽が出ない恋バナに見切りをつけ、勤務時間も過ぎたため、帰ることにした。

「はい、どうぞお疲れ様です」

 荷物を片付けようとした私は、異変に気づいた。

「あ、あれ?」
「どうしたの、タニヤ」

 マリッサが彼女の様子を見て尋ねる。

「あ、あの・・・あれ・・」
「あれ?」
「あれ、マリッサがくれたやつが・・」

 下に落ちていないか、他の書類に混じっていないか、引き出しも探してみた。
 でも、どこにもない。

「え、あれ?」

 マリッサも一緒になって探すのを手伝ってくれるが、見つからなかった。

「タニヤさん、何がないんですか?」

 必死で探し回る二人にフューリとエレノアが尋ねる。

「え、えっと箱、だけど」

 何が入っているか言えず、それだけ言う。

「箱ってどんな箱ですか」
「えっと、これくらいの大きさで、厚さはこれくらいで色は黒」

 タニヤが捜し物の形状を伝えると、フューリが「ん?」という顔をした。

「それってテイラー隊長へのプレゼントじゃなかったんですか?」
「え?」

 タニヤの動きが止まった。

「フューリ、今、なんて?」
「え、だからテイラー隊長宛だと思ったから、さっき隊長のところへ持って行きましたよ」
「な、なんですってぇぇぇぇ」

(お、終わった)

 タニヤはサラサラと砂になって消えてしまいたいと思った。

 
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