【完結】彼女はまだ本当のことを知らない

七夜かなた

文字の大きさ
上 下
2 / 11

しおりを挟む
 タニヤは地方の貧乏貴族の娘で、家計を支えるために首都に出稼ぎに来ていた。勤務先は獣人が多く所属する王立騎士団の窓口係。来客の応対や郵便物の受け取り、隊員の連絡調整などが主な業務だ。

「またテイラー隊長への荷物ですか?」

 日勤の新人フューリが尋ねた。
 仕事は二十四時間体制で、三交代制。その日タニヤは夜勤で、今はちょうど交代の時刻。
 もう一人の夜勤の相棒のマリッサは、別の用事で他の部署へ行っている。
 その日の夜勤はことさら忙しく、酔っ払い同士の乱闘があったりして、受付はいつにも増してごった返していた。そこにひっきりなしに届けられる荷物。
 その殆どが騎士団所属の隊長で由緒正しい侯爵家の長男、ランスロット=テイラーへの贈り物だった。
 それというのも、もうすぐ彼の誕生日だから。しかしそれなら彼の家に届けられるべきなのだろうが、そこは由緒正しき侯爵家に直接贈り物を送るのが憚られる人もいる。
 いわゆる彼の私的なつきあいのある人たち。飲み屋のお姉さんや娼婦たちからの贈り物だ。
 ランスロット=テイラーはその腕っぷしや度胸もさることながら、血筋も良く男っぷりもいいので良くモテる。本人も女性が好きで、節操がないと有名だった。
 彼が巡回に出ると、通りには黄色い声が響き渡り、あちこちの店から是非うちの店で休憩していけという誘いや、あれも食べろ、これも食べろと差し入れが後を絶たず。巡回は他の隊の三倍は時間がかかり、隊員たちは彼の荷物持ちになってしまっている。

「一応、爆発物とか毒薬とか怪しいものはないかチェックは済んでいるから」
「じゃあ、私が持って行くわ。タニヤさんは報告書まだ書けていないでしょ」
「わ、ありがとう。助かる」

 業務日誌なる報告書を書かないと勤務終了にならないのだが、忙しくて時間中に書くことができなかったのだ。

「そう言えば、この前失くしたハンカチ見つかりましたか?」
「結局見つからなかったわ」

 フューリに尋ねられ、タニヤがふうっとため息を吐いて答える。
 最近、私物が時々失くなる。髪留めだったりハンカチだったり使っていたペンだったり、どこかへ置き忘れたか落としたか。そんな時はいくら探しても見つからない。

「誰かタニヤさんのストーカーでもいるんじゃない?」
「そんなわけないない。きっと探すのを止めたらどこからか出てくるわ」

 少し早くに出勤してくれたフューリに配達を任せ、タニヤは残りの報告書を書き上げた。

「ふう、出来た」

「やあおはよう」

 ようやく書き終わって伸びをしていると、ちょうどそこにテイラー隊長が出勤してきた。

「あ、お、おはようございます」

 伸びをしていて胸を張っているときに声を掛けられ、タニヤは慌てて姿勢を正した。
 普段窓口に座っていてカウンターの向こうからではわかりにくいが、タニヤは童顔に似合わず巨乳なのだ。

「お、お早いですね」

 時計をチラリと見ると、いつもの出勤時間より一時間も早い。

「ちょっと夕べ早く帰ってしまって、色々仕事が残っていてね。会議も朝からあるし、早く来たんだ」

 テイラーはタニヤの方を意味深に見てから、そう言った。
 下半身はだらしなくてチャラいが、仕事は意外とまじめにするので、私生活が派手でも彼の評判はそこそこいい。文句を言われないためにやっているのかも知れないが、その点では尊敬に値する。

「大変ですね」
「君はもうあがり? タニヤ」
「はい、夜勤でしたので」
「そう、お疲れ様」

 通り過ぎながらそう言って、彼は自分の執務室のある上階へ向かった。
 これがタニヤと彼とのいつものやりとり。彼女がここで働き始めた二年前から変わらず、窓口を通る度に彼は皆に声をかける。時間が無いときも軽く手を挙げて笑顔を向けてくるのだから、マメだなと思う。
 もちろん騎士団の女性職員は年齢職種を問わず全員の名前を覚えているらしい。
 タニヤが特別だからじゃないことはわかっている。それでもやっぱり嬉しいものだ。
 郵便を届けるときなどは上に上がることもあるが、基本的に彼女の行動範囲は一階部分に限られる。
 彼と会うのはほとんどこの場所だった。

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

獣人公爵のエスコート

ざっく
恋愛
デビューの日、城に着いたが、会場に入れてもらえず、別室に通されたフィディア。エスコート役が来ると言うが、心当たりがない。 将軍閣下は、番を見つけて興奮していた。すぐに他の男からの視線が無い場所へ、移動してもらうべく、副官に命令した。 軽いすれ違いです。 書籍化していただくことになりました!それに伴い、11月10日に削除いたします。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

婚約者が巨乳好きだと知ったので、お義兄様に胸を大きくしてもらいます。

恋愛
可憐な見た目とは裏腹に、突っ走りがちな令嬢のパトリシア。婚約者のフィリップが、巨乳じゃないと女として見れない、と話しているのを聞いてしまう。 パトリシアは、小さい頃に両親を亡くし、母の弟である伯爵家で、本当の娘の様に育てられた。お世話になった家族の為にも、幸せな結婚生活を送らねばならないと、兄の様に慕っているアレックスに、あるお願いをしに行く。

腹黒宰相との白い結婚

恋愛
大嫌いな腹黒宰相ロイドと結婚する羽目になったランメリアは、条件をつきつけた――これは白い結婚であること。代わりに側妻を娶るも愛人を作るも好きにすればいい。そう決めたはずだったのだが、なぜか、周囲が全力で溝を埋めてくる。

巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた

狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた 当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。

密室に二人閉じ込められたら?

水瀬かずか
恋愛
気がつけば会社の倉庫に閉じ込められていました。明日会社に人 が来るまで凍える倉庫で一晩過ごすしかない。一緒にいるのは営業 のエースといわれている強面の先輩。怯える私に「こっちへ来い」 と先輩が声をかけてきて……?

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

処理中です...