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私の両肩を掴みこちらを見るジーン様の琥珀色の瞳を見つめ、灯りに吸い寄せられるように見入る。
「セレニア、どう思った?」
「…………」
嫉妬した。彼女になりたいと思った。
でもそれを言ったら、私が彼をどう思っているのか打ち明けることになる。
それがジーン様の聞きたい答えなのか自信がない。
「セレニア、私も元来我慢強い方だとは思うが、目の前に君がいて、いつまでもお預けされては忍耐にも限りがある。もし、私に不満があるなら言って欲しい」
「不満など、ただ、ジーンには、ティアナさんの他にも結婚を考えられた方がいらっしゃったのですよね」
「そのことは否定しないし、隠すつもりもない事実だ。私が女性に対して及び腰になっていたことは話したが、その人はなぜか嫌悪感もなく接することができた。結局はその人にはずっと慕い続けていた男性がいて、だから私には靡かなかったからだったとわかった」
「でも、またいずれそういう方が現れるかもしれません。でも、私には……カーターのようにすり寄ってくる者はいても、他にはきっといない。ジーンしか……それを失ったら……そう思うと……手が届かないなら諦められる。でも、もう私は……あなたに護られることの心強さや安心感。触れた時の心地好さや抱かれた時の歓びを知ってしまった。それを失ったら……この先どうやって生きていけばいいのかわからない。あれ程誇りに思っていたドリフォルト家の……先祖から受け継いだ家名も事業も、あなたが傍にいないなら全てが空しく色褪せてしまって……あなたしか見えなくなってしまっている自分が怖いんです」
私は胸に抱いていた不安を一気に吐き出した。
これから先、それこそジーン様の前に現れるであろう数多の魅力的な女性たちに、私が敵うはずもない。
告白してジーン様に背を向けられたら、そう思うと恐ろしかった。
「セレニア……」
私の告白を聞いてジーン様が私の顔をそっと両手で包み込んで上を向かせる。
琥珀色の瞳が蜂蜜を溶かしたように甘く輝いている。その口元は口角が上がり、彼がとても喜んでいるのがわかった。
私はと言えば、彼の笑顔があまりに眩しくて、くらくらとしてくる上に、今自分で言ったことで恥ずかしくて死にそうだ。
「君の不安はわかった。そして君の気持ちも。こんなに嬉しいことはない」
ぎゅっと抱き締められて、自分も抱き締め返す。
本当にこの腕に身を委ねていいのだと実感し、涙が込み上げてきた。
「先に何があろうと、私の君への思いは変わらない。君が自分の魅力を信じられなくても、それは信じて欲しい」
自分のことは信じられなくても、ジーン様を信じる。
自分の容姿に自信がなくて、いざとなると後ろ向きになってしまう私に、ジーン様が向けてくれた言葉。
「ジーンを……疑うなんてできません。今日だって、私のために色々と考えて動いてくれたことは嬉しかった。私はそのことにどう応えればいいかわかりません」
「お礼が欲しくてしたわけではない」
「でも…」
そう言われると考えてしまう。『すいません』でなく『ありがとう』と言えばいいということはわかる。
それ以外に私ができることで、ジーン様が喜んでくれることが何か思い付かない。
いや、思い付いてはいるが、それが彼の喜ぶことなのか自信がない。
「あの、そう言えばキャサリンや伯爵は……どうなるのですか?」
その後始末にジーン様が遅くまで出掛けていたことを思い出して訊ねると、少しつまらなさそうにため息を吐かれた。
「ヴェイラート伯爵……もうすぐ爵位は剥奪されるが、彼は首都へ護送されて王立裁判所で裁きを受ける。キャサリンはまだ君のことについて取り調べ中だが更生施設のある収容所に入ることになる。共に今は警吏に拘束されている。ついでに言えば夫人もカーターに手を貸したことや夫の所業に気がついていたのに黙認していた疑いがあるため、家で軟禁している。罪が確定されれば、軽犯罪者用の拘置所送りになるだろう」
「伯爵家はどうなるのでしょう」
「伯爵夫妻双方の親類の中から爵位を継ぐのに相応しい者がいれば、その者が継ぐ。もしいなければ、領地も邸宅も国の管理下に置かれる」
気の毒だとは思わなかった。薬の件もカーターの件も、ジーン様たちが駆けつけてくれなかったら、今頃私はどうなっていたかわからない。
「サーフィス卿の様子を見てこなければ……彼もティアナも我が家の客人だからね。君も今日は色々あって疲れただろう。今日はもうお休み」
そう言って額にキスを落とす。
彼の唇が触れた場所に手を触れ、私は部屋へ向かった。
すぐに寝仕度を整えたが、さっきのジーン様の抱擁の熱が体に残っていて、何とも切ない。
鏡台へと近づき、引出しを開けて鍵を取り出した。
この前渡された二つの部屋を繋ぐ扉の鍵。
鍵を両手で握りしめ、祈るように握った拳を額に擦り付ける。
「どうか勇気を」
呟いて覚悟を決めると、私は扉に向かった。
「セレニア、どう思った?」
「…………」
嫉妬した。彼女になりたいと思った。
でもそれを言ったら、私が彼をどう思っているのか打ち明けることになる。
それがジーン様の聞きたい答えなのか自信がない。
「セレニア、私も元来我慢強い方だとは思うが、目の前に君がいて、いつまでもお預けされては忍耐にも限りがある。もし、私に不満があるなら言って欲しい」
「不満など、ただ、ジーンには、ティアナさんの他にも結婚を考えられた方がいらっしゃったのですよね」
「そのことは否定しないし、隠すつもりもない事実だ。私が女性に対して及び腰になっていたことは話したが、その人はなぜか嫌悪感もなく接することができた。結局はその人にはずっと慕い続けていた男性がいて、だから私には靡かなかったからだったとわかった」
「でも、またいずれそういう方が現れるかもしれません。でも、私には……カーターのようにすり寄ってくる者はいても、他にはきっといない。ジーンしか……それを失ったら……そう思うと……手が届かないなら諦められる。でも、もう私は……あなたに護られることの心強さや安心感。触れた時の心地好さや抱かれた時の歓びを知ってしまった。それを失ったら……この先どうやって生きていけばいいのかわからない。あれ程誇りに思っていたドリフォルト家の……先祖から受け継いだ家名も事業も、あなたが傍にいないなら全てが空しく色褪せてしまって……あなたしか見えなくなってしまっている自分が怖いんです」
私は胸に抱いていた不安を一気に吐き出した。
これから先、それこそジーン様の前に現れるであろう数多の魅力的な女性たちに、私が敵うはずもない。
告白してジーン様に背を向けられたら、そう思うと恐ろしかった。
「セレニア……」
私の告白を聞いてジーン様が私の顔をそっと両手で包み込んで上を向かせる。
琥珀色の瞳が蜂蜜を溶かしたように甘く輝いている。その口元は口角が上がり、彼がとても喜んでいるのがわかった。
私はと言えば、彼の笑顔があまりに眩しくて、くらくらとしてくる上に、今自分で言ったことで恥ずかしくて死にそうだ。
「君の不安はわかった。そして君の気持ちも。こんなに嬉しいことはない」
ぎゅっと抱き締められて、自分も抱き締め返す。
本当にこの腕に身を委ねていいのだと実感し、涙が込み上げてきた。
「先に何があろうと、私の君への思いは変わらない。君が自分の魅力を信じられなくても、それは信じて欲しい」
自分のことは信じられなくても、ジーン様を信じる。
自分の容姿に自信がなくて、いざとなると後ろ向きになってしまう私に、ジーン様が向けてくれた言葉。
「ジーンを……疑うなんてできません。今日だって、私のために色々と考えて動いてくれたことは嬉しかった。私はそのことにどう応えればいいかわかりません」
「お礼が欲しくてしたわけではない」
「でも…」
そう言われると考えてしまう。『すいません』でなく『ありがとう』と言えばいいということはわかる。
それ以外に私ができることで、ジーン様が喜んでくれることが何か思い付かない。
いや、思い付いてはいるが、それが彼の喜ぶことなのか自信がない。
「あの、そう言えばキャサリンや伯爵は……どうなるのですか?」
その後始末にジーン様が遅くまで出掛けていたことを思い出して訊ねると、少しつまらなさそうにため息を吐かれた。
「ヴェイラート伯爵……もうすぐ爵位は剥奪されるが、彼は首都へ護送されて王立裁判所で裁きを受ける。キャサリンはまだ君のことについて取り調べ中だが更生施設のある収容所に入ることになる。共に今は警吏に拘束されている。ついでに言えば夫人もカーターに手を貸したことや夫の所業に気がついていたのに黙認していた疑いがあるため、家で軟禁している。罪が確定されれば、軽犯罪者用の拘置所送りになるだろう」
「伯爵家はどうなるのでしょう」
「伯爵夫妻双方の親類の中から爵位を継ぐのに相応しい者がいれば、その者が継ぐ。もしいなければ、領地も邸宅も国の管理下に置かれる」
気の毒だとは思わなかった。薬の件もカーターの件も、ジーン様たちが駆けつけてくれなかったら、今頃私はどうなっていたかわからない。
「サーフィス卿の様子を見てこなければ……彼もティアナも我が家の客人だからね。君も今日は色々あって疲れただろう。今日はもうお休み」
そう言って額にキスを落とす。
彼の唇が触れた場所に手を触れ、私は部屋へ向かった。
すぐに寝仕度を整えたが、さっきのジーン様の抱擁の熱が体に残っていて、何とも切ない。
鏡台へと近づき、引出しを開けて鍵を取り出した。
この前渡された二つの部屋を繋ぐ扉の鍵。
鍵を両手で握りしめ、祈るように握った拳を額に擦り付ける。
「どうか勇気を」
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