【完結:R18】女相続人と辺境伯

七夜かなた

文字の大きさ
上 下
59 / 68

58

しおりを挟む
そっと扉を開けると部屋にはジーン様はいなかった。

サーフィス卿のところで長居しているのだろう。

私に宛がわれた部屋よりも少し広めの部屋には、人が五人は並んで寝られるくらい大きな寝台が壁を向いて置かれている。

窓は同じ方向についているので、見える景色は同じだが、女性的な隣の部屋とは違い、重厚で男らしい雰囲気を醸し出している。

「セレニア?」

扉が開いて、ジーン様が窓際に立つ私を見て明らかに驚いていた。

ふたつの部屋を繋ぐ扉が開け放たれているのを見て、私がそこから入ってきたことを確認する。

「あの鍵を使ったのか……ここに来るということがどういう意味かわかっているのか」

「あの……私……」

うっすらとした灯りの中で、ジーン様の少し低くなった声が響き渡る。

「待ちなさい」

隣とを繋ぐ扉に向かって走り出した私の手をジーン様が掴み引き留める。
決してきつく握りしめるのではなく、あくまでそっと掴む。

「何か明日ではだめな急用でもあったのか?何か言い忘れたことでも?」

ジーン様は私がこの部屋に来た別の理由を探している。

「サ……サーフィス卿は?」
「ああ……ここへ来るのに寝る間も惜しんで馬を走らせたため、お疲れになったようだ。単なる疲労らしい。ひと晩寝れば良くなるだろう。詳しくは朝になったらとティアナに追い出された」
「そうでしたか……大事なくてよかった。部屋に戻りますから、離し…あ」

振りほどこうとして握った手を動かすと、ジーン様がその手を自分の方に引き寄せたので、よろけそうになった私の腰にジーン様の腕が回った。

「サーフィス卿のことが聞きたかっただけか?私の思っていることなのか。あの扉は私のためではなく、君のために閉じていた」
「私の……ため?」
「そうだ。君の覚悟が……心の準備が整うまで。そのために君に鍵を預けた。カーターが薬を飲ませたせいで、君の身に起こったことは不幸な事故だ。だが、体は治っても心は簡単には傷は癒えない。そんな状態で君を再び抱くことはできない。だから待とうと思った。いつか君が隣の部屋にいる私を自ら訪れてくれるまで……セレニア……私は愚かにもそれが今だと勘違いしかけている。もし違うなら、そう言って欲しい。そうすればこの手をすぐに離すと約束しよう」

琥珀色のジーン様の瞳が真っ直ぐに私を射る。

違うと言えば、彼はこの手を離し、そして私はあの扉の向こうに消えるだけだ。

でも、私はそうせず、自分の欲望に忠実に従うことにした。

「いいえ、勘違いではありません。私は……ジーンが想像しているとおりの意味であの扉を開けました。ジーンが、自分を信じてくれと言ったから……信じてみようと……」

そこで言葉を切り、ごくりと唾を飲み込んだ。
ジーン様はただ黙って私の次の言葉を待つ。
琥珀色の瞳が期待に満ちて輝く。あまりに期待に溢れていて、答えが違っていたらどうしようかと不安になった。

でも決心したからには間違っていても突き進まなければ。

「ジーン……キスして下さい……」
「キスならさっき……」
「わかっているでしょ。ここじゃない。ここでもない……」

彼の額を指差し、頬を指差し、それから唇に持っていきかけ、そこで彼が腕を掴んだ。

代わりに彼の親指が私の下唇をなぞり、優しい口づけが降りてきた。

「あの時……口づけだけはしなかった。口づけする時は、君と本当の意味で結ばれる時だと決めた」

唇が離れ、ジーン様が言った。
キスが無かったと聞いて驚いた。完全に覚えているわけではないが、気づいていなかった。

「小さな拘りだが……それがけじめだと思った」

再び唇が降りてきて、今度は深く交わる。
ドキドキとして鼓動が速くなる。

ジーン様の腕が腰を引き寄せ、私も彼の背中に腕を回す。

この前よりももっと長く口づけされ、次第に呼吸が苦しくなってきたので僅かに唇を開いたところに、舌が滑り込んできた。

びっくりして身を引こうとした私の腰をジーン様は引き留める。

「怖がらないでいい。力を抜いて……舌を出して」

言われるままちろりと舌を出すと、ジーン様の舌が絡み付き、唇が覆い被さってきた。舌先が唇の輪郭をなぞり、口腔内を攻め立てられた。
ジーン様の舌が私の口の中で暴れまわる。

クチュクチュと水音がして、互いの唾液が混ざり合って堪らずその唾を飲み込んでいた。頭の芯がくらっとして、眩暈のようにものに襲われた。

「………!!!」
「おっと」

あまりの衝撃にかくんと膝が落ちた私をジーン様が抱き止めた。

「大丈夫か?」

「は……は」

あの夜のは単なる初心者のキスだった。深いキスというのは時間の長さではないことを初めて知った。

「とにかく座ろう」

片手で私の腰を支えたまま、ジーン様の腕が膝の下に回り、さっと抱えあげられた。

「ジ……ジーン!!」

「じっとしていなさい。落としてしまう」

すぐに寝台の端に下ろされたが、抱き上げられて体がふわりと浮いた瞬間、自分が小柄でか弱い女の子のようになった気がした。
しおりを挟む
感想 35

あなたにおすすめの小説

紀尾井坂ノスタルジック

涼寺みすゞ
恋愛
士農工商の身分制度は、御一新により変化した。 元公家出身の堂上華族、大名家の大名華族、勲功から身分を得た新華族。 明治25年4月、英国視察を終えた官の一行が帰国した。その中には1年前、初恋を成就させる為に宮家との縁談を断った子爵家の従五位、田中光留がいた。 日本に帰ったら1番に、あの方に逢いに行くと断言していた光留の耳に入ってきた噂は、恋い焦がれた尾井坂男爵家の晃子の婚約が整ったというものだった。

密室に二人閉じ込められたら?

水瀬かずか
恋愛
気がつけば会社の倉庫に閉じ込められていました。明日会社に人 が来るまで凍える倉庫で一晩過ごすしかない。一緒にいるのは営業 のエースといわれている強面の先輩。怯える私に「こっちへ来い」 と先輩が声をかけてきて……?

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

腹黒宰相との白い結婚

恋愛
大嫌いな腹黒宰相ロイドと結婚する羽目になったランメリアは、条件をつきつけた――これは白い結婚であること。代わりに側妻を娶るも愛人を作るも好きにすればいい。そう決めたはずだったのだが、なぜか、周囲が全力で溝を埋めてくる。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

黒の神官と夜のお世話役

苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

処理中です...