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そっと扉を開けると部屋にはジーン様はいなかった。
サーフィス卿のところで長居しているのだろう。
私に宛がわれた部屋よりも少し広めの部屋には、人が五人は並んで寝られるくらい大きな寝台が壁を向いて置かれている。
窓は同じ方向についているので、見える景色は同じだが、女性的な隣の部屋とは違い、重厚で男らしい雰囲気を醸し出している。
「セレニア?」
扉が開いて、ジーン様が窓際に立つ私を見て明らかに驚いていた。
ふたつの部屋を繋ぐ扉が開け放たれているのを見て、私がそこから入ってきたことを確認する。
「あの鍵を使ったのか……ここに来るということがどういう意味かわかっているのか」
「あの……私……」
うっすらとした灯りの中で、ジーン様の少し低くなった声が響き渡る。
「待ちなさい」
隣とを繋ぐ扉に向かって走り出した私の手をジーン様が掴み引き留める。
決してきつく握りしめるのではなく、あくまでそっと掴む。
「何か明日ではだめな急用でもあったのか?何か言い忘れたことでも?」
ジーン様は私がこの部屋に来た別の理由を探している。
「サ……サーフィス卿は?」
「ああ……ここへ来るのに寝る間も惜しんで馬を走らせたため、お疲れになったようだ。単なる疲労らしい。ひと晩寝れば良くなるだろう。詳しくは朝になったらとティアナに追い出された」
「そうでしたか……大事なくてよかった。部屋に戻りますから、離し…あ」
振りほどこうとして握った手を動かすと、ジーン様がその手を自分の方に引き寄せたので、よろけそうになった私の腰にジーン様の腕が回った。
「サーフィス卿のことが聞きたかっただけか?私の思っていることなのか。あの扉は私のためではなく、君のために閉じていた」
「私の……ため?」
「そうだ。君の覚悟が……心の準備が整うまで。そのために君に鍵を預けた。カーターが薬を飲ませたせいで、君の身に起こったことは不幸な事故だ。だが、体は治っても心は簡単には傷は癒えない。そんな状態で君を再び抱くことはできない。だから待とうと思った。いつか君が隣の部屋にいる私を自ら訪れてくれるまで……セレニア……私は愚かにもそれが今だと勘違いしかけている。もし違うなら、そう言って欲しい。そうすればこの手をすぐに離すと約束しよう」
琥珀色のジーン様の瞳が真っ直ぐに私を射る。
違うと言えば、彼はこの手を離し、そして私はあの扉の向こうに消えるだけだ。
でも、私はそうせず、自分の欲望に忠実に従うことにした。
「いいえ、勘違いではありません。私は……ジーンが想像しているとおりの意味であの扉を開けました。ジーンが、自分を信じてくれと言ったから……信じてみようと……」
そこで言葉を切り、ごくりと唾を飲み込んだ。
ジーン様はただ黙って私の次の言葉を待つ。
琥珀色の瞳が期待に満ちて輝く。あまりに期待に溢れていて、答えが違っていたらどうしようかと不安になった。
でも決心したからには間違っていても突き進まなければ。
「ジーン……キスして下さい……」
「キスならさっき……」
「わかっているでしょ。ここじゃない。ここでもない……」
彼の額を指差し、頬を指差し、それから唇に持っていきかけ、そこで彼が腕を掴んだ。
代わりに彼の親指が私の下唇をなぞり、優しい口づけが降りてきた。
「あの時……口づけだけはしなかった。口づけする時は、君と本当の意味で結ばれる時だと決めた」
唇が離れ、ジーン様が言った。
キスが無かったと聞いて驚いた。完全に覚えているわけではないが、気づいていなかった。
「小さな拘りだが……それがけじめだと思った」
再び唇が降りてきて、今度は深く交わる。
ドキドキとして鼓動が速くなる。
ジーン様の腕が腰を引き寄せ、私も彼の背中に腕を回す。
この前よりももっと長く口づけされ、次第に呼吸が苦しくなってきたので僅かに唇を開いたところに、舌が滑り込んできた。
びっくりして身を引こうとした私の腰をジーン様は引き留める。
「怖がらないでいい。力を抜いて……舌を出して」
言われるままちろりと舌を出すと、ジーン様の舌が絡み付き、唇が覆い被さってきた。舌先が唇の輪郭をなぞり、口腔内を攻め立てられた。
ジーン様の舌が私の口の中で暴れまわる。
クチュクチュと水音がして、互いの唾液が混ざり合って堪らずその唾を飲み込んでいた。頭の芯がくらっとして、眩暈のようにものに襲われた。
「………!!!」
「おっと」
あまりの衝撃にかくんと膝が落ちた私をジーン様が抱き止めた。
「大丈夫か?」
「は……は」
あの夜のは単なる初心者のキスだった。深いキスというのは時間の長さではないことを初めて知った。
「とにかく座ろう」
片手で私の腰を支えたまま、ジーン様の腕が膝の下に回り、さっと抱えあげられた。
「ジ……ジーン!!」
「じっとしていなさい。落としてしまう」
すぐに寝台の端に下ろされたが、抱き上げられて体がふわりと浮いた瞬間、自分が小柄でか弱い女の子のようになった気がした。
サーフィス卿のところで長居しているのだろう。
私に宛がわれた部屋よりも少し広めの部屋には、人が五人は並んで寝られるくらい大きな寝台が壁を向いて置かれている。
窓は同じ方向についているので、見える景色は同じだが、女性的な隣の部屋とは違い、重厚で男らしい雰囲気を醸し出している。
「セレニア?」
扉が開いて、ジーン様が窓際に立つ私を見て明らかに驚いていた。
ふたつの部屋を繋ぐ扉が開け放たれているのを見て、私がそこから入ってきたことを確認する。
「あの鍵を使ったのか……ここに来るということがどういう意味かわかっているのか」
「あの……私……」
うっすらとした灯りの中で、ジーン様の少し低くなった声が響き渡る。
「待ちなさい」
隣とを繋ぐ扉に向かって走り出した私の手をジーン様が掴み引き留める。
決してきつく握りしめるのではなく、あくまでそっと掴む。
「何か明日ではだめな急用でもあったのか?何か言い忘れたことでも?」
ジーン様は私がこの部屋に来た別の理由を探している。
「サ……サーフィス卿は?」
「ああ……ここへ来るのに寝る間も惜しんで馬を走らせたため、お疲れになったようだ。単なる疲労らしい。ひと晩寝れば良くなるだろう。詳しくは朝になったらとティアナに追い出された」
「そうでしたか……大事なくてよかった。部屋に戻りますから、離し…あ」
振りほどこうとして握った手を動かすと、ジーン様がその手を自分の方に引き寄せたので、よろけそうになった私の腰にジーン様の腕が回った。
「サーフィス卿のことが聞きたかっただけか?私の思っていることなのか。あの扉は私のためではなく、君のために閉じていた」
「私の……ため?」
「そうだ。君の覚悟が……心の準備が整うまで。そのために君に鍵を預けた。カーターが薬を飲ませたせいで、君の身に起こったことは不幸な事故だ。だが、体は治っても心は簡単には傷は癒えない。そんな状態で君を再び抱くことはできない。だから待とうと思った。いつか君が隣の部屋にいる私を自ら訪れてくれるまで……セレニア……私は愚かにもそれが今だと勘違いしかけている。もし違うなら、そう言って欲しい。そうすればこの手をすぐに離すと約束しよう」
琥珀色のジーン様の瞳が真っ直ぐに私を射る。
違うと言えば、彼はこの手を離し、そして私はあの扉の向こうに消えるだけだ。
でも、私はそうせず、自分の欲望に忠実に従うことにした。
「いいえ、勘違いではありません。私は……ジーンが想像しているとおりの意味であの扉を開けました。ジーンが、自分を信じてくれと言ったから……信じてみようと……」
そこで言葉を切り、ごくりと唾を飲み込んだ。
ジーン様はただ黙って私の次の言葉を待つ。
琥珀色の瞳が期待に満ちて輝く。あまりに期待に溢れていて、答えが違っていたらどうしようかと不安になった。
でも決心したからには間違っていても突き進まなければ。
「ジーン……キスして下さい……」
「キスならさっき……」
「わかっているでしょ。ここじゃない。ここでもない……」
彼の額を指差し、頬を指差し、それから唇に持っていきかけ、そこで彼が腕を掴んだ。
代わりに彼の親指が私の下唇をなぞり、優しい口づけが降りてきた。
「あの時……口づけだけはしなかった。口づけする時は、君と本当の意味で結ばれる時だと決めた」
唇が離れ、ジーン様が言った。
キスが無かったと聞いて驚いた。完全に覚えているわけではないが、気づいていなかった。
「小さな拘りだが……それがけじめだと思った」
再び唇が降りてきて、今度は深く交わる。
ドキドキとして鼓動が速くなる。
ジーン様の腕が腰を引き寄せ、私も彼の背中に腕を回す。
この前よりももっと長く口づけされ、次第に呼吸が苦しくなってきたので僅かに唇を開いたところに、舌が滑り込んできた。
びっくりして身を引こうとした私の腰をジーン様は引き留める。
「怖がらないでいい。力を抜いて……舌を出して」
言われるままちろりと舌を出すと、ジーン様の舌が絡み付き、唇が覆い被さってきた。舌先が唇の輪郭をなぞり、口腔内を攻め立てられた。
ジーン様の舌が私の口の中で暴れまわる。
クチュクチュと水音がして、互いの唾液が混ざり合って堪らずその唾を飲み込んでいた。頭の芯がくらっとして、眩暈のようにものに襲われた。
「………!!!」
「おっと」
あまりの衝撃にかくんと膝が落ちた私をジーン様が抱き止めた。
「大丈夫か?」
「は……は」
あの夜のは単なる初心者のキスだった。深いキスというのは時間の長さではないことを初めて知った。
「とにかく座ろう」
片手で私の腰を支えたまま、ジーン様の腕が膝の下に回り、さっと抱えあげられた。
「ジ……ジーン!!」
「じっとしていなさい。落としてしまう」
すぐに寝台の端に下ろされたが、抱き上げられて体がふわりと浮いた瞬間、自分が小柄でか弱い女の子のようになった気がした。
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