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それからティアナさんを迎える準備が急いで行われた。
まず私の使う部屋が変わった。
ジーン様の部屋と続き部屋になる所に。かつて辺境伯夫人が使っていた部屋だ。
客間を空けるためと、ティアナさんに示すためだ。私がどういう立場の者かということを。
ジーン様のお母様が亡くなった頃から使われていなかったため、掃除と模様替えで二日間要した。
家具などはそのままだが、カーテンやファブリック類は一新された。私好みに。
明日はいよいよティアナさんがやってくるという日の晩餐で、私のために模様替えをしてくれたことにお礼を言った。
「あの部屋の家具は母が輿入れに持ってきたものが殆どだ。代々の辺境伯夫人が自分の好きなように変えてきた。いずれは家具も君の好きなように揃えてくれればいいが、とりあえずはあれで我慢して欲しい」
「そこまでしていただかなくても、このままで十分素敵です。私には良し悪しがわかりませんし、まだ新品同様ではありませんか。こういうのは使い込んだ方が味が出ると言います」
「君がそう思うならそのままでもいいが」
私が遠慮しているとジーン様は思ったようだが、言うなればここの物はジーン様のお母様の形見だ。処分するには忍びない。
「私のような者がジーン様のお母様の物を使うことになるなんて、逆に光栄です。このまま使わせてください」
「私のような者とか言わないで欲しい。私の妻になる人に使ってもらえて母も喜ぶ。メリッサが君ならそう言ってくれるだろうと言っていた。人や物の思いを汲んで行動できる人だと。私よりよっぽど君のことをわかっている。私もまだまだだな」
メリッサさんがそんな風に思っていてくれたことは嬉しい驚きだった。
「メリッサさんは祖母とも仲が良くて、ジーン様のお留守の間も親しくしてくれていましたから」
ジーン様が私のことを自分より知っていると、メリッサさんに対抗心を燃やしているように見えた。
「君は、知れば知るほど興味深い。一緒にいるだけで毎日新しい発見がある」
ジーン様の瞳に映る私とはどんなだろう。
見た目の派手さはないが、少しは好意的に映っているのであれば嬉しい。
「ところで、乗馬の腕前は?」
「人並みには……」
「なら、明日は朝早く一緒に馬で出掛けないか?」
「はい、是非」
あの事があってから自分の家とここの邸の中だけで過ごしていた。
そろそろ本格的に外に出なくてはとは思っていたが、なかなか機会がなかった。
「もし構わなければ、茶畑の方も行ってもいいですか?管理人にも話がありますし」
「君のしたいようにすればいい。私も久々にドリフォルト家の茶畑を見てみたい。五年前より畑も広がったと聞いている。どうなっているか興味がある」
「そんな大したものではありませんが、ジーン様をご案内できることを楽しみにしています」
「……セレニア、『様』は必要ないと言っただろう?」
「あ、すいません……つい……」
「今日はもういいが、明日、二人で出かける時には『様』はなしで頼むよ」
「鋭意……努力します」
「そんなに難しいものか……」
「だって、生まれてからずっとそう呼んできましたので、なかなか急には変えられません。私にとってジーン様はご領主様で辺境伯閣下で、年上で……」
「だが、今は婚約者だ。そして未来の夫でもある」
「それは……そうですが」
わかっているが、ジーン様の口から改めて言われると妙な気分だ。たかが呼び方と言っても、呼び方ひとつで心の距離が変わってくる。
「では、明日、私がもしジーン様を呼ぶときに『様』を付けたら、ほっぺをつねってもおでこを指で弾いてくれてもいいです。体で覚えた方が早く慣れますから」
そう提案するとジーン様は一瞬ポカンとして、すぐに笑いだした。
「はは……体でね……面白いことを言う。確かに動物の躾によく使われる手ではあるな。じょうずにできたら褒美におやつを与えたりして。セレニアがそう言うなら、そうするとしよう。ククク」
「ど、動物の……確かに……」
笑ってくれたのは嬉しいが、ちょっと複雑な気持ちだ。
「今日は明日に備えて早く休みなさい。仕事は大丈夫なのだろう?」
食事が終わるとジーン様が立ち上がってそう言った。
「はい。今日はもうありません」
私の方に歩いてきて、差し伸べてくれる手に手を添える。
この数日でよくジーン様がやってくれるので、殆ど条件反射で手が出せるようになった。
名前の呼び方もこういうことなのだろう。
「おやすみ。枕が変わると眠れないと言うが、大丈夫か?」
今夜から新しい部屋で寝泊まりするので、ジーン様が心配してくれた。
「大丈夫です。客間で使っていたものと同じですし、そこまで繊細ではありませんから。おやすみなさい」
「それはよかった……ああ、そうだ」
ジーン様は立ち去りかけて、ふといい忘れたことがあったのか、もう一度振り返っていたずらっぽく微笑む。
「間の扉は鍵を掛けている。鍵は君に預けておく」
「え」
ポケットから小さな石の付いた鍵を出して私の手の上に乗せると私を置いて、隣の自分の部屋に入っていった。
間の扉?ジーン様の部屋と私が使う部屋の?
それがどういう意図で作られている扉かわからないほどバカではない。
それが施錠されているということは、行き来できないと言うことで、婚約者だからと言っても、正式に夫婦になるまでは控えた方がいいとは思う。そういう配慮だ。
でもそれを物寂しく感じるのは、私がおかしいのだろうか。
まず私の使う部屋が変わった。
ジーン様の部屋と続き部屋になる所に。かつて辺境伯夫人が使っていた部屋だ。
客間を空けるためと、ティアナさんに示すためだ。私がどういう立場の者かということを。
ジーン様のお母様が亡くなった頃から使われていなかったため、掃除と模様替えで二日間要した。
家具などはそのままだが、カーテンやファブリック類は一新された。私好みに。
明日はいよいよティアナさんがやってくるという日の晩餐で、私のために模様替えをしてくれたことにお礼を言った。
「あの部屋の家具は母が輿入れに持ってきたものが殆どだ。代々の辺境伯夫人が自分の好きなように変えてきた。いずれは家具も君の好きなように揃えてくれればいいが、とりあえずはあれで我慢して欲しい」
「そこまでしていただかなくても、このままで十分素敵です。私には良し悪しがわかりませんし、まだ新品同様ではありませんか。こういうのは使い込んだ方が味が出ると言います」
「君がそう思うならそのままでもいいが」
私が遠慮しているとジーン様は思ったようだが、言うなればここの物はジーン様のお母様の形見だ。処分するには忍びない。
「私のような者がジーン様のお母様の物を使うことになるなんて、逆に光栄です。このまま使わせてください」
「私のような者とか言わないで欲しい。私の妻になる人に使ってもらえて母も喜ぶ。メリッサが君ならそう言ってくれるだろうと言っていた。人や物の思いを汲んで行動できる人だと。私よりよっぽど君のことをわかっている。私もまだまだだな」
メリッサさんがそんな風に思っていてくれたことは嬉しい驚きだった。
「メリッサさんは祖母とも仲が良くて、ジーン様のお留守の間も親しくしてくれていましたから」
ジーン様が私のことを自分より知っていると、メリッサさんに対抗心を燃やしているように見えた。
「君は、知れば知るほど興味深い。一緒にいるだけで毎日新しい発見がある」
ジーン様の瞳に映る私とはどんなだろう。
見た目の派手さはないが、少しは好意的に映っているのであれば嬉しい。
「ところで、乗馬の腕前は?」
「人並みには……」
「なら、明日は朝早く一緒に馬で出掛けないか?」
「はい、是非」
あの事があってから自分の家とここの邸の中だけで過ごしていた。
そろそろ本格的に外に出なくてはとは思っていたが、なかなか機会がなかった。
「もし構わなければ、茶畑の方も行ってもいいですか?管理人にも話がありますし」
「君のしたいようにすればいい。私も久々にドリフォルト家の茶畑を見てみたい。五年前より畑も広がったと聞いている。どうなっているか興味がある」
「そんな大したものではありませんが、ジーン様をご案内できることを楽しみにしています」
「……セレニア、『様』は必要ないと言っただろう?」
「あ、すいません……つい……」
「今日はもういいが、明日、二人で出かける時には『様』はなしで頼むよ」
「鋭意……努力します」
「そんなに難しいものか……」
「だって、生まれてからずっとそう呼んできましたので、なかなか急には変えられません。私にとってジーン様はご領主様で辺境伯閣下で、年上で……」
「だが、今は婚約者だ。そして未来の夫でもある」
「それは……そうですが」
わかっているが、ジーン様の口から改めて言われると妙な気分だ。たかが呼び方と言っても、呼び方ひとつで心の距離が変わってくる。
「では、明日、私がもしジーン様を呼ぶときに『様』を付けたら、ほっぺをつねってもおでこを指で弾いてくれてもいいです。体で覚えた方が早く慣れますから」
そう提案するとジーン様は一瞬ポカンとして、すぐに笑いだした。
「はは……体でね……面白いことを言う。確かに動物の躾によく使われる手ではあるな。じょうずにできたら褒美におやつを与えたりして。セレニアがそう言うなら、そうするとしよう。ククク」
「ど、動物の……確かに……」
笑ってくれたのは嬉しいが、ちょっと複雑な気持ちだ。
「今日は明日に備えて早く休みなさい。仕事は大丈夫なのだろう?」
食事が終わるとジーン様が立ち上がってそう言った。
「はい。今日はもうありません」
私の方に歩いてきて、差し伸べてくれる手に手を添える。
この数日でよくジーン様がやってくれるので、殆ど条件反射で手が出せるようになった。
名前の呼び方もこういうことなのだろう。
「おやすみ。枕が変わると眠れないと言うが、大丈夫か?」
今夜から新しい部屋で寝泊まりするので、ジーン様が心配してくれた。
「大丈夫です。客間で使っていたものと同じですし、そこまで繊細ではありませんから。おやすみなさい」
「それはよかった……ああ、そうだ」
ジーン様は立ち去りかけて、ふといい忘れたことがあったのか、もう一度振り返っていたずらっぽく微笑む。
「間の扉は鍵を掛けている。鍵は君に預けておく」
「え」
ポケットから小さな石の付いた鍵を出して私の手の上に乗せると私を置いて、隣の自分の部屋に入っていった。
間の扉?ジーン様の部屋と私が使う部屋の?
それがどういう意図で作られている扉かわからないほどバカではない。
それが施錠されているということは、行き来できないと言うことで、婚約者だからと言っても、正式に夫婦になるまでは控えた方がいいとは思う。そういう配慮だ。
でもそれを物寂しく感じるのは、私がおかしいのだろうか。
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