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ジーン様が何をしようとしているのかわからなかったが、私に安心しろと目で訴えているのがわかった。
ジーン様にしろ誰にしろ、誰かに頼ることはしたくなかった。叔父たちのことは出来れば自分で解決したかった。
それが祖父からドリフォルト家のことを任された自分の責務だと思っていた。
だけど、帳簿の帳尻を合わせるのと違い、人の思いなど簡単には自分の思いどおりにはいかない。
家の切り盛りがどんなに上手くても、それを誉めてくれた祖父はもういない。
背ばかり高くなり、周りの異性から敬遠され、同性からは笑顔の裏でばかにされて、傷ついた私を慰めてくれた家族は、誰一人いなくなった。
邸の者たちは自分を大事にしてくれるが、家族として自分を対等に見てくれるわけではない。
無条件に私を愛し、甘やかしてくれる人はもういない。
だからなのだろうか。
頼らず生きていこうと思っていた傍から、任せておけと言って頼らせてくれる人がいることに、なぜか肩の力が抜けた気がした。
ジーン様はこの邸の主として、宴の責任者として無礼にも乱入してきた叔父たちを諌めようとしているだけなのに。
「私がドリフォルト家の内情に口出す権利がないと、そなたらは言うのだな」
「そ、そこまでは……まあ、閣下が気に病まれることではございませんな」
「確かにドリフォルト家は我が家の家臣として私の先祖の命を助けた功で土地と地位を得た。ビッテルバーク家の領地だったが、すでにドリフォルト家の土地として権利も書き変えているので、既に小作人でもない。ドリフォルト家は爵位はないが立派な領主だ。跡継ぎが誰になろうと、その者がどんな相手と結婚しようと、私には辺境伯として口を出すものではない」
「おわかりいただけたようですな。我々も閣下を巻き込むつもりはございません。あくまでも身内の問題ですから」
「だが、サミュエルが当主だったなら、そうかもしれないが、今は違う」
ジーン様はちらりと私を見て、微笑みを向けると、不意に私の手を取り軽く握りしめた。
「私とセレニアはいずれ結婚しようと話している。結婚しようとする相手の家の問題に、ましてや別の相手が結婚相手だと主張してきたら、関係ないでは済まされないのでないか?」
「え」
「な!」
ひときわ大きな声でジーン様がたった今言ったことをすぐには理解出来なかった。
でもそれは私だけでなく、ジーン様の声が聞こえた者全員がそうだったようで、叔父もカーターも、ヘドリックさんも目を見開きジーン様を凝視している。
「何ですって!」「驚きましたな」「いつの間に」
「ジ……」
一番驚いたのは私だ。一体今までのジーン様との話の中でいつ私たちが結婚の約束をしたというのだろう。
「は……ははは……ご冗談を……セレニアと閣下が?そんな話が出ているなど……信じられませんね」
「そ、そうです……あ、あり得ない……こんな女の」
「口を慎め。仮にも結婚すると息巻いていた相手をこんな女扱いするような男が、彼女を幸せにできると思うか」
カーターをジーン様が一喝し、その迫力に完全に固まってしまっている。
それは彼の為政者としての顔だった。
彼らを黙らせることができたが、寝耳に水な婚姻話に周りもざわついている。
「皆も驚かせてすまない。思わぬ恋敵の登場で私も焦ってしまった。実は今、彼女に私との結婚を考えてほしいと懇願しているところで、まだ正式には承諾をもらっていないのだ」
こちらを遠巻きに見ていた招待客にジーン様が振り返って説明すると、皆がまたもやざわつく。
「そうなんですね」「それでまだ発表されなかったのか」「なぜ返事を躊躇うんだ」
そう言った声が漏れ聞こえてくる。
返事を躊躇うも何も、何も言われていないのだから返事のしようがない。
「嘘ですわ……そんなこと、あり得ません。セレニアがジーンクリフト様となんて……そんなこと許されるはずがありません」
キャサリンが前に進み出て異論を唱える。カーターとの話の時は面白がっていたのに、相手がジーン様に変わると知って今や顔面蒼白だった。
「なぜあり得ないと言いきれる?私では彼女の相手は不足かな」
「逆ですわ!セレニアが閣下には不釣り合いです」
「そ、そうだ、どう考えてもおかしい。セレニアなどと」
「それを決めるのはそなたらではない!何を根拠に彼女が私とそぐわないと言うのか、これは私とセレニアの問題であって、そなたらが判断することではない」
怒鳴られキャサリンも叔父も「ひっ」と小さな悲鳴を上げる。
一瞬辺りは水を打ったように静まり返り、奏でられていた音楽も止まった。
「すまない、だが、今日の彼女を見れば彼女が十二分に魅力的だと皆も思うだろう?ましてや彼女の魅力はそれだけではない。それぞれに思う所もあるだろうが、言ったように彼女から色好い返事もまだ貰えていないので、申し訳ないが、先はどうなるかわからない」
その言い方では、返事を渋る私が悪者のようだ。
「そう言うわけだ。彼女との結婚を望む者同士、我々は対等だし私が口出しする資格も十分あると思うがどうだ?ましてやここは私の邸で、私が望まない客はお引き取り願うことも出来る。ごねるようなら強制的に退去していただくことも出来るが、いかがか」
騒ぎを聞きつけ現れていた警備の騎士が叔父たちの背後に立つ。丸腰の者に無体を働くことはないだろうが、ただでさえ叔父たちより上背があるのに、その上さらに威圧的に声に凄みを効かせたジーン様に、叔父たちは顔を屈辱に歪めすごすごと帰るしかなかった。
ジーン様にしろ誰にしろ、誰かに頼ることはしたくなかった。叔父たちのことは出来れば自分で解決したかった。
それが祖父からドリフォルト家のことを任された自分の責務だと思っていた。
だけど、帳簿の帳尻を合わせるのと違い、人の思いなど簡単には自分の思いどおりにはいかない。
家の切り盛りがどんなに上手くても、それを誉めてくれた祖父はもういない。
背ばかり高くなり、周りの異性から敬遠され、同性からは笑顔の裏でばかにされて、傷ついた私を慰めてくれた家族は、誰一人いなくなった。
邸の者たちは自分を大事にしてくれるが、家族として自分を対等に見てくれるわけではない。
無条件に私を愛し、甘やかしてくれる人はもういない。
だからなのだろうか。
頼らず生きていこうと思っていた傍から、任せておけと言って頼らせてくれる人がいることに、なぜか肩の力が抜けた気がした。
ジーン様はこの邸の主として、宴の責任者として無礼にも乱入してきた叔父たちを諌めようとしているだけなのに。
「私がドリフォルト家の内情に口出す権利がないと、そなたらは言うのだな」
「そ、そこまでは……まあ、閣下が気に病まれることではございませんな」
「確かにドリフォルト家は我が家の家臣として私の先祖の命を助けた功で土地と地位を得た。ビッテルバーク家の領地だったが、すでにドリフォルト家の土地として権利も書き変えているので、既に小作人でもない。ドリフォルト家は爵位はないが立派な領主だ。跡継ぎが誰になろうと、その者がどんな相手と結婚しようと、私には辺境伯として口を出すものではない」
「おわかりいただけたようですな。我々も閣下を巻き込むつもりはございません。あくまでも身内の問題ですから」
「だが、サミュエルが当主だったなら、そうかもしれないが、今は違う」
ジーン様はちらりと私を見て、微笑みを向けると、不意に私の手を取り軽く握りしめた。
「私とセレニアはいずれ結婚しようと話している。結婚しようとする相手の家の問題に、ましてや別の相手が結婚相手だと主張してきたら、関係ないでは済まされないのでないか?」
「え」
「な!」
ひときわ大きな声でジーン様がたった今言ったことをすぐには理解出来なかった。
でもそれは私だけでなく、ジーン様の声が聞こえた者全員がそうだったようで、叔父もカーターも、ヘドリックさんも目を見開きジーン様を凝視している。
「何ですって!」「驚きましたな」「いつの間に」
「ジ……」
一番驚いたのは私だ。一体今までのジーン様との話の中でいつ私たちが結婚の約束をしたというのだろう。
「は……ははは……ご冗談を……セレニアと閣下が?そんな話が出ているなど……信じられませんね」
「そ、そうです……あ、あり得ない……こんな女の」
「口を慎め。仮にも結婚すると息巻いていた相手をこんな女扱いするような男が、彼女を幸せにできると思うか」
カーターをジーン様が一喝し、その迫力に完全に固まってしまっている。
それは彼の為政者としての顔だった。
彼らを黙らせることができたが、寝耳に水な婚姻話に周りもざわついている。
「皆も驚かせてすまない。思わぬ恋敵の登場で私も焦ってしまった。実は今、彼女に私との結婚を考えてほしいと懇願しているところで、まだ正式には承諾をもらっていないのだ」
こちらを遠巻きに見ていた招待客にジーン様が振り返って説明すると、皆がまたもやざわつく。
「そうなんですね」「それでまだ発表されなかったのか」「なぜ返事を躊躇うんだ」
そう言った声が漏れ聞こえてくる。
返事を躊躇うも何も、何も言われていないのだから返事のしようがない。
「嘘ですわ……そんなこと、あり得ません。セレニアがジーンクリフト様となんて……そんなこと許されるはずがありません」
キャサリンが前に進み出て異論を唱える。カーターとの話の時は面白がっていたのに、相手がジーン様に変わると知って今や顔面蒼白だった。
「なぜあり得ないと言いきれる?私では彼女の相手は不足かな」
「逆ですわ!セレニアが閣下には不釣り合いです」
「そ、そうだ、どう考えてもおかしい。セレニアなどと」
「それを決めるのはそなたらではない!何を根拠に彼女が私とそぐわないと言うのか、これは私とセレニアの問題であって、そなたらが判断することではない」
怒鳴られキャサリンも叔父も「ひっ」と小さな悲鳴を上げる。
一瞬辺りは水を打ったように静まり返り、奏でられていた音楽も止まった。
「すまない、だが、今日の彼女を見れば彼女が十二分に魅力的だと皆も思うだろう?ましてや彼女の魅力はそれだけではない。それぞれに思う所もあるだろうが、言ったように彼女から色好い返事もまだ貰えていないので、申し訳ないが、先はどうなるかわからない」
その言い方では、返事を渋る私が悪者のようだ。
「そう言うわけだ。彼女との結婚を望む者同士、我々は対等だし私が口出しする資格も十分あると思うがどうだ?ましてやここは私の邸で、私が望まない客はお引き取り願うことも出来る。ごねるようなら強制的に退去していただくことも出来るが、いかがか」
騒ぎを聞きつけ現れていた警備の騎士が叔父たちの背後に立つ。丸腰の者に無体を働くことはないだろうが、ただでさえ叔父たちより上背があるのに、その上さらに威圧的に声に凄みを効かせたジーン様に、叔父たちは顔を屈辱に歪めすごすごと帰るしかなかった。
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